皆様のご意見を & でお待ちしています |
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| 6. 6 |
幸せは自分の中に
家族がいて、健康で、それほどお金にも困らない生活をしていても、いつも愚痴を言いながら、自分は不幸だと思って暮らしている人がいる。病気をしても、この病気があったからこそ、大切なことに気づく事が出来て幸せだという人もいる。同じような境遇にあっても、幸せな人、不幸な人がいるのは何故だろう。
私達は心に自由を与えられている。何を思うのも自由だ。誰かに嫌な事を言われたり、されたりした時に、それに怒りを感じるのも、傷つき落ち込むのも自由、何かを学びとった後は、あっさりと水に流すのも自由。一時間で気持ちを切り替える自由もあれば、何ヶ月も悩む自由もある。つまり、全ては心が決める。
当たり前だと思ってなにげなく暮らしている日常。でも当たり前のことなんて何もない。家も、お金も、家族も、仕事も、ミサイルが飛んでこない平和な国も・・・。
今与えられているものの多さに気づいた時、自分がいかに幸せな日々を過ごしているかに気づく。幸せは自分の中にある。自分の心が決める。
この世に生まれ、多くの人に縁をいただいて今在ることに 心から感謝している。今日は記念日。
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| 6. 5 |
素直になれる人との出会い
私達は毎日、いろいろな人に出会い、いろいろな経験をして 様々なことを学ぶ。
昨日より今日、今日より明日と 毎日なにかしらを得ていけば、何年かたった時に、欠点だと思っていた部分が 少し気にならなくなったり、それまで気付かなかった自分の良さが育っていたり・・・と 以前より成長した自分に気づくことがある。これは いくつになっても、とてもうれしいことだ。
しかし、自分が成長してゆくためには、自分自身の気付きの他に 他の人からの指摘・アドバイスが必要な事もあり、この「人からの指摘」を素直に聞くことが、なかなか難しい。
「人と人」というのは、お互いに相性があって、正しい事を言っていることはわかっていても、素直に聞けない相手というのがある。自分が間違っているのに、素直に聞けないのは 人間として未熟だからだと言われれば、その通りだけれど、最初の段階としてはこうした思いをもつのも、仕方がないかなぁと思う。人間死ぬまで修行なのだから・・・。
反対に、相性の良い人と 信頼関係ができると、厳しいことを言われても、ぐさっとくることを言われても 何故か素直に聞くことができて、自分を反省し、自己変革していくことができる。これはとても幸せな事だし、そうした出会いを大切にしたいと思う。
まず最初は「素直になれる人」の言葉を聞き、だんだんに 自分を思って言ってくれる人の全ての言葉を 素直に聞き入れることのできる人になりたいと思う。
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| 6. 4 |
察すること・言葉で伝えること
日本では、「察する」ということが結構、重要視されているように思う。「あの人は察しのいい人だ」という時は、よく気がつく、ゆき届いた良い人という誉め言葉だし、「察しが悪い」という時は、気がきかない・鈍感といった あまり良くない意味に使われる事が多い。社交辞令のような儀礼的な挨拶もある。これを真にうけると、察しが悪いということになる。
現代のように、電話やネットのような顔のみえない交流が盛んになると、「察すること」は益々難しくなる。察したつもりが見当外れということもあるし、たとえ身近にいても、忙しさの中で、察してほしいという気持ちに気付かないことさえある。
だからこそ、自分の思いや考えを、自分の言葉で相手に伝える事が大切だなあと思う。もちろん、言葉にすれば 全て理解しあえるというわけではないかもしれないけれど、そうしたやりとりの後に 心を開く事が出来たなら、それは素晴らしい関係が築ける第一歩だと思う。ネットの世界でも可能な事だ。
「察すること」も大切だとは思うけれど、やはり私は 日々の生活の中でも、「自分の思いを言葉に出す」ということを心がけてゆきたい。言わなければ伝わらないと思うから。
そして、もっと「言葉」を正しく使えるようにならなくては・・・と思っている。
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| 6. 3 |
第三者の冷静な目
毎日の生活の中で、自分の言動を冷静に見つめる第三者的な目が大切だといつも思っている。
そして、そうした目を持っている自信もあった。しかし、自分を公平に見るということは難しいものだなぁと、つくづく思う。冷静に見ているつもりでも、やはり自分に有利なように、自分の思いに偏った見方をしている事に気付かされた。
自分の目が間違っていたことに気付いた時には、他人の、それも事情を全く知らない人の目が ありがたい。「事情も知らない人に とやかく言われたくない」という声も聞くけれど、そうでもないなぁと思う。事情を知ってしまえば 身近な人に同意することも多くなる気がするし、事情を知らないからこそ、公平に見られることもあるのではないかと思うから。
公平な目でみて、思ったことをハッキリと言ってくれる信頼できる人の存在は、本当にありがたいものだと思う。素直な心で、耳をかたむけたい。そして、自分びいきではなく、本当に公平に見られる目を持ちたいと改めて思う。
多くの人に出会い、多くのことを学ぶ。自分を育ててくれる そうした出会いの全てに感謝したい。
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| 6. 2 |
それぞれの方法で
我家のふたりのこどもたちは、男と女ということを考慮したとしても、本当に全く別のタイプで、よくまぁこんなに違う子が育ったものだと笑えるくらい、やることなすこと、性格から行動パターンに至るまで違っている。個性というのは、親が育てるというより、本人の資質だなぁとつくづく思う。
長男は 自分を受け入れてくれる人に対しては、とても素直に自分を出すけれど、自分が嫌いだと感じてしまった場合、自分に対して否定的だったり、好意を持っていないと感じると、交渉を絶ってしまう。自分のことをどう思われようが平気で、そっぽを向く。それも、ほとんどが直感的なものだ。
その対象が学校に行っている頃は 先生だったから、始末に悪かった。
こんな人づきあいが社会に出て通用するのかしらと、少し心配もしたけれど、今になってみると 結構友人も多く、その人間関係もなかなかユニークだ。何よりも 自分が付き合いたい人とだけ付き合って 毎日暮らしていけるって幸せな子だなぁと思う。もちろん、仕事ではいろいろな人と出会うけれど、そうした人達は別のコミニュケーションのとり方を 彼に学ばせてくれているようだ。 思春期と言われる頃、あまり話をしてくれることもなかったので、どのような経験が彼にそうした人間関係の作り方を身につけさせたのかわからないけれど、ひとつだけ目に焼き付いている光景がある。
まだ可愛らしかった中1の時、卓球場で 彼がうれしそうに一人の先輩に、手を振りながら「○○くん」と声をかけた。本当に目の前で。そしてその時、驚いた事にその先輩は彼を無視した。私はビックリして、なんて可哀想なことをと思ったけれど、何も言えなかった。その夜、彼はそのことについてひとことも話さなかったし、私も聞かなかった。ただ、彼は二度とその先輩に声をかけなかった。
親の知らないところで、こどもたちはいろいろな経験をして、生きていく術を身につけていく。
ひとりひとり 自分にあった方法を・・・。
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| 6. 1 |
他人と暮らす
去年の2月11日。娘は寮生活に憧れ、入学の日を待たずに私達のもとを 飛び立った。
練習は厳しいけれど、先輩もいい人ばかり。とてもいいチームに恵まれて、娘の充実した寮生活が始まった。最初の頃は、ルームメイトとうまくいかないで、電話の向こうで泣いていたが、次第にそんな電話もかからなくなり、彼女なりのペースを作っていった。それから、1年3ケ月。
いろいろな人がいて、いろいろな考え方があって、同じ事を言われても、解釈が違ったり、解釈が同じでも それによって起きる感情が違う。そんな 当たり前で、だけどなかなか 気付かないことを 彼女は見事に理解できるようになっていた。他人の中で暮らすということは、こんなにも人を成長させるものかと、正直驚いた。
実力の世界というのは、結構厳しい。でも、その中で 皆が険悪にならずに、少しずつぶつかり合いながらも、お互いに成長していく。それぞれが 自分の立場で最善の努力をして、チームに貢献する。素晴らしい指導者に恵まれ、こうした経験ができるのは、とても幸せなことだと思う。
人から言われて、嫌だと感じる事は最小限に受け止め、自分を傷つけたり 卑下したりしない。さらっと流して、こだわらない。納得がいかないことは、一度は聞いてみる。誤解をしたままにしない。
本当に自分のためを思って 言ってくれる人の言葉は、たとえ その時点で理解できなかったとしても、素直に受け止め、その言葉を実現すべく努力をする。自分一人のことを考えないで、相手の気持ちを考える。
そして、一番大事なのは、相手を信頼し、信じること。自分の気持ちにウソをつかないこと。
こんなあんなを 伝えながら、もう何処へ行っても 自分らしく生きていけるかなと少しだけ思った。
他人に育ててもらうということを実感した3日間だった。豆台風のような娘が、埼玉へ帰って行った。
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| 5.31 |
できていない事とわかっていない事は同じか?
こどもに注意をした時に「わかっているよ」という返事が返ってくること ありませんでしたか?こちらから見ると わかっていれば、そんなことはしないだろうに、相変わらずしているということはわかっていないんじゃないかと思い、重ねて注意をして、益々反抗的な返事をもらう・・・。
結構厳しい練習の毎日をすごしている娘が、7ケ月ぶりに試合の為に帰ってきた。注意をされた時にどう思うかという話をしていたら、彼女は「気付いていないことを教えてもらうのはいいけれど、わかっていてもできないで、イライラしている時に、わかっていることを注意されると 嫌だ」と言った。一緒に話していた人が、「でも、できていないってことは わかっていないんだと普通は思うんじゃない?」と言うと、「それは違うよ。特に試合前なんかには、自分でやらなければならないこともわかっているし、でも、出来ないで考えながら、一生懸命にやっている時に そのことを指摘されると、『わかってるんだから黙ってて』と言いたくなる」と。思い返せば、私もそういう思いをしたことがある。思わず涙が出たっけ。
「できていない」ということひとつでも、いろいろな意味があるんだなぁと あらためて気付いた。
・わかっていない
・わかっているけれど できない。できるよう努力の途中。
・わかっているけれど できないからあきらめた。
・わかっているけれど やる気がない。
そうなんだね。これからは「わかっている」と言われたら、二度と同じことを言わないようにしよう。
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| 5.30 |
裏表のないこと
仲良しだと思っていた友達が、「本当はね、私この子のこと好きじゃないんだけど、練習場が一緒だから仕方なく付き合ってるの」自分のことをそんなふうに話しているのを聞いたら、どんな気持ちがするだろう。合宿の夜、娘が眠っていると思って話していた友達の声。娘は目が覚めて聞いてしまった。高校一年の春。
合宿から帰った娘は そのことを泣きながら話し、涙腺の弱い私も一緒に泣いた。「いつかは、わかってくれるよ。どちらの友達もね」私は彼女の涙が止まるまで話し続けた。
次の日からも 娘は変わらぬ態度でそのお友達とつきあっていた。私には少し理解できなかったけれど、それが彼女の選択だった。半年くらい経った頃、いつも表面上は仲良くしながら、蔭で悪口を言ってしまう彼女の性格が 皆にわかってきて、その友達が他の子達から仲間はずれにされる事態がおきた。その時娘は、自分が合宿の夜に話を聞いてしまった事、とても淋しかった事を初めて彼女に話した。そして、「皆もそうしたことがわかってきたから、仲間ハズレにされちゃったんだよ」と伝えた。
彼女のお母さんは、誰でも蔭で悪口は言うものだから、表面上だけ良い顔をしていればいいと 言っていたらしい。
私は悪口を言うくらいなら付き合わないほうがいいと思う。世の中、これだけ人がいるんだもの。合う人合わない人がいるのも当たり前。悪口を言いながら 仲が良いふりをする必要はどこにもない。そんなことより、心地よいと思う人と付き合って、成長しながら多くの人と付き合っていけるようになった方がいいんじゃないかな。この一件があってから そのお友達と娘は本当の友達になった。
あまりにあっけらかんとして、時には誤解もされる娘は、時がたつごとに理解してもらえて、いつのまにか良い人間関係をつくっている。たいていその前に2,3度泣くけれど。
裏表なく、いつもありのままの自分でいる事。そうすればいつかはわかってもらえる。
娘は 私に大切な事を教えてくれた。その娘が・・・昨日帰ってきた。一段と逞しくなって。
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| 5.29 |
修行への道は 日々の発見であり 日々の感動である
妹が私に届けてくれた「開運一転語」 今 このことを 心がけながら、日々過ごしている。
毎日が、ドラマチックな出来事で埋め尽くされている人は まずいないし、そんな生活は 疲れてとてもできることではない。たいていの人は、朝起きて、仕事に行くなり、家事をして、三度の食事をし、同じような人に囲まれて、変わり映えのない毎日をすごしている。これを退屈でたまらないという人もいる。平凡な幸せに気付かない人・・・。
でもね、私達は毎日変化している。体だって 細胞は一日として、同じではないし、様々な経験から心の状態も、考え方も変わっていく。毎日何を見つめ、何を感じていくかが大切だと思う。
仕事や 家事の仕方ひとつでも、昨日より 能率的な方法はないかなと工夫してみる。今まで以上の方法が 見つかるとうれしいよー。これも 日々発見、日々感動。
きれいな花にきづくことも、自分の心が以前より 穏やかになっていることに気付くのも、これまた日々発見、日々感動。時々、ドカンと課題が落ちてくる事もあるけれど、それは「貴方の修行の成果を確かめてみなさい」ということなのかもしれない。何の心配もない、悩みもない暮らしは 一見幸せそうだけれど、得るものも少ない。魅力ある人というのは たいていの場合、悩み・苦しみを経験して、それを乗り越えてきた人が多い。
こうして私達は人生という修行を続けていくのだなぁと思っています。
明日は今日より素晴らしい・・・それを信じて。
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| 5.28 |
ありのままの私を
Cross my mindをアップして、メールの受信をしながら 掲示板を見たときから 昨日の一日が始まりました。私にとって、気づく事 学ぶ事の多かった、そして多分忘れる事の出来ない一日が。
私がここで書いている事は 自分の思いです。特定の人に対してのメッセージではありませんし、誰かを批判したり、傷つけたり、嫌な思いにさせようという気もちは全くありません。
これを読んで元気になったよという メッセージをもらうことは とても嬉しいことだし、それを願って書いてもいるけれど、励ましのメッセージを書いているつもりが、それを読んで責められている気持ちになる人がいると知ると、少し迷いが出てきたりもします。そんな時は これは40代の人間が書いているたわ言だと さらっと読み流して欲しいと心から願っています。
もし、私の言葉が 不快な感情をおこさせたのなら、それを直接 言ってもらうのも、多分うれしいことだと思います。十分に思いが伝わっていない事があるかもしれないし、私自身の考え方が間違っているかもしれないから・・・。
私はこれからも、ここに、素直な思いと、こうありたいという自分の姿を書いていきます。もちろん、人間だからいろいろな感情にゆれることはあるけれど、私が戻ってくる心・思いはここに書いてある私なのです。
「あなたは、どんな人間か」と尋ねられたら、躊躇することなく 「Cross
my mind で書いてあるようなことを考えている人間です」と答えます。私は 神や仏と呼ばれる存在を信じるものですから、二枚舌ということは決してありません。
縁あって、出会えた人達、これを読んでいてくれている人達に心から感謝しています。
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| 5.27 |
良い事は大きく、悪い事は小さく
「大失業時代?最悪なら5.1%」という新聞の見出しに思わず目を奪われた。よくよく、読んでみたら、今のまま 有効な経済・雇用対策を打ち出せない限り、2010年には この数字になりそうだという話。「おいおい、そんな先のこと書かないでよー。それも こんな不景気な話」と新聞相手に呟いてしまった。
日本のマスコミは 何故こんなにも、悲観的なことや、悪い事ばかりを大々的に報道するのだろう。来年のことならともかく、10年も先の失業率が最悪になるなんて、一体誰が決めたんだー?それを書いて誰が喜ぶのだろう。それまでに、素晴らしい雇用対策が出てくるかもしれないし、そうすればいいじゃないねぇ。
マスコミ不況という言葉がある。マスコミが次々と悲観的なことばかり報道する為に、国民の気持ちが「あぁ不況なんだ」と落ち込み、その集合想念がさらなる不況を呼ぶ。そうした雰囲気に流されやすい国民性もあるのかなぁ。
よくない事件ほど その報道は センセーショナルにされる。援助交際に覚せい剤使用・・・。ほんの一部の人達のそうした行為が、あたかも日本全国に蔓延しているかのような報道には 大反対だ。
何故もっと良い事の紹介をしないのだろうか。世の中には、人の為に一生懸命活動している人もたくさんいるし、夢の実現の為に 頑張って努力し続けている人も、苦労の末に夢をつかんだ人も 数え切れないほどいる。そうした人達を紹介してくれるだけで、どれだけの人が勇気付けられ、生きる希望がわくことか・・・。
インターネットにしても、犯罪が多いといったマイナスのことばかりが報道されるけれど、素晴らしい出会いもある。
悪い事を大きく取り上げるのはやめよう。良い事ほど大きく取り上げて、希望に満ちた明るい思いで、未来を素晴らしいものにしよう。
毎日の生活の中でもね、不幸は小さく、幸せは大きく感じるのよ♪ |
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| 5.26 |
ネット世界の難しさ
ふたりの人が相次いで、ホームページの掲示板を閉じた。私がホームページを公開して間もない頃に 知った人達で、時々そのページを見にいっていた。そして、その二人ともが 掲示板に書かれた言葉に傷ついて、それに疲れ、耐えられなくなって・・・閉じた。詳しいことはわからない。どんなやりとりがあったのか・・・とても残念だと思う。
ホームページを自分で作ってみて、自分の気持ちを素直に出せるし、そこに集まってくれる人達を見ると、自分の状態が良く見えて、本当に素晴らしいなぁと思ったのだけれど、全ての人がそうではない事にも気づいた。
自分の理想を出している人もあるのだということに・・・。そんな時には ホームページで出している自分と、実際の自分に少しギャップがあって、そのことを知らない人達の言葉に傷ついてしまったりするのかもしれないと思う。
人を傷つけて喜んでいる人がいるなんて、信じられないし、仮にいたとしても、そんな卑劣な人の行為によって、傷ついてはほしくないのだけれど、心やさしい人ほど 傷ついてしまう。
そうした人達の支えになれないばかりか、気付かないうちに 自分もそうして相手を傷つけてしまう可能性があると思うと、少し不安にもなる。
ホームページは自分を素直に表現できる最高の媒体だと思う。自分の世界が作れるのだから。
だからこそ、自分の思いに忠実に、心を開放して、ホームページと共に成長していけるといいなぁと思っている。
全ての人に受け入れられなくてもいいじゃない。誰からも、認められ好かれる人なんて きっとこの世の中にひとりもいないのだから。
心優しい人よ、他の人の言葉に傷つかないで。自分を責めないで・・・。
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| 5.25 |
良心
「私達が善悪を分別する事の出来る指針として与えてくださったのが良心なのです」By 梅吉くん
私は良心に恥じない選択をした時には、少し誇らしいような 幸せな気分になれるし、良心が痛むことをした時には、自分の魂に傷をつけてしまったような、そんな後味の悪い思いをします。これが、善悪の判断ができているということなのかなぁと「梅吉くんの今日の一言」を見て考えました。
よく、「良心のかけらもない」などと言うけれど、私は良心は誰もがもって生まれてきたと思っています。ただ、育つ過程において その良心がいつもスミに追いやられていると、次第に良心の声が 聞こえなくなり、何の痛みも感じないで、人として してはいけないことを 平気でする人間になってしまうのではないかなぁと思います。犯罪とまではいかなくても、私達が良心を問われる機会は日常に いくらでもあります。特にこどもの場合は、親が良心に従うことを良しとするか、見つかりさえしなければ 世の中少しくらいズルをしても うまくやった方が得だと教えるかで、こどもの価値観・ひいては人生が随分違ってくると思うのです。
もちろん、一歩社会に出れば、いろいろな考えを持った人がいるわけで、正しいことを言って笑われり、馬鹿にされたりという経験をするかもしれません。何故正しいことをした人が損をして、要領よく悪いことをした人が得をするのかと こどもなりに考えることもあるでしょう。
私は、「正直者は馬鹿をみる」と言う言葉は 間違いだと思っています。たとえ、一時損をしたように見えても、良心に従い正直に生きた人の人生は、間違いなく「成功者の人生」なのです。
「自分の得を第一に考えて、うまく立ち回り、世渡り上手な方がいい」と言う人達は、少しばかりの得と引き換えに、どれほど大きなものを失っているのかを知らないのではないでしょうか。
「信用をなくし、人を信用できなくなる。」生きていく上でとても大切なこれらのことと 引き換えにできるものなんて、この世にはありません。
正直であること・良心に恥じない選択をすることは素晴らしいことです。弱々しき善人にならない様、どんな時にも 良心に従って、正しいことを正しいと言える、そんな生き方をしたいと思います。
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| 5.24 |
夢をかなえるために
『夢』・・・いつか実現したい自分の思い。素晴らしい人生の設計図。そして持続する心のビジョン。
どんなに小さくても、大きくても 夢を抱いて、その実現の為に努力できるのはとても幸せなことだと思う。
夢を実現させ、成功するためには、なにが必要なのだろう。どんな努力をしていけばいいのか・・・。
まず資金が必要なことならば、必要金額の何分の一かは努力して自己資金を作り出すことだよね。最初から人の資金や、借金をあてにしているとまず成功は難しい。
それから、知識を集め、技術を磨くこと。現代のような情報社会の中では、知識が仕事をするということも多くあるし、また、知識があれば、いろいろな判断を的確にすることが出来る。技術を必要とする仕事であるならば、懸命にその技術を磨くことがやはり一番大切だと思う。
あと、健康な体と体力。日頃の健康管理に気をつけ、体も鍛えて少々のことではまいらない体を作ること。そして気力。どんなことも、とんとん拍子に 何の障害もなく成功することはまずないと言ってよいわけで、そんな時に、それに耐え 負けずに努力し続ける気力、精神力。これらがとても大切な気がします。
そして最後に、こうした夢を「是非実現させてください」と願う気持ち。自分一人の力「自力」だけではなくて、努力をした上で「他力」を願う気持ちが大切なのではないかなぁと思います。そして感謝!
その夢が「自分だけでなく 他の人も幸せにするような素晴らしいもの」であるならば、あきらめないで ずっとその夢を抱き続け、努力し続けたならば、いつか必ず実現すると思います。
皆の夢がかないますように♪
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| 5.23 |
健康と感謝
一昨日前、のどが痛いという長男の口の中を覗いて驚いた。のどをふさがんばかりに、ノドの両側が腫れ上がり赤くただれている。その上、口内炎のような白いものがビッシリと出来ていて、思わず「なに、これ!!」こどもを育てて21年。自分が生まれて42年。今までに見たこともないスゴイのどだった。「病院に行った方がいいよ」という言葉を素直に聞いて、彼はひとりで病院に行き、血液検査と点滴を受けて帰ってきた。そして、昨日。結果を聞きに行った彼は「白血球の数が正常値の倍以上あるといわれた」と言って、また血液検査と点滴。
なにせ、睡眠・食事といった生活が無茶苦茶の彼は、病気にならないほうが不思議なくらい。いくら言っても聞かないし、このままだと体こわすよというメッセージだと思ったので、パソコンで「白血球」を検索しながら「おいおい、白血球の急増ってそれまずいんじゃないの?」と私は彼を少しおどかした。最初平気な顔をしていた彼は突然「もし、俺の命があと少しって言われたらどーする?」と言った。思わず口から出た言葉は「天国に帰れるように鍛えなおす」
「なんでやー。俺なにも悪いことしてないし、大丈夫だよー」「いーや、あんたはお世話になってきたばかりで、まだ世の中のお役に立ってないから、いまのままじゃだめだね」そこで会話は終わったけれど、ふと思った。いつか、私はこどもたちよりも先にこの世を去るだろう。生きていく上で大切なことは たくさんあるけれど、親としてこれだけは伝えておきたいことって何だろう・・・と。
心身ともに健康に生活していく術と、感謝の心かな。これだけは、しっかりと身につけてほしいなぁと改めて思った。でも・・・本当に大丈夫かなぁ。少しだけ し・ん・ぱ・い! |
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| 5.22 |
心ひらいて
人間は 「人の間」と書くように、一人では生きていけません。お互いに誰かに支えられ、誰かの役に立って毎日を過ごしています。
自分のことを見ていてほしい、わかって欲しいという思いは誰にもあると思うし、そうした人がいてくれると思うだけで、安心して生きていける気がします。
身近にいる人に話せない思いもあるし、自分のイメージ、役割ができている人達の中で 自分を素直に出して、思いのままに生きることは、なかなか難しい。それができれば、とても楽に 幸せな思いで毎日を過ごせるのだけれどね。
ネットの世界は、自分を素直に出せるところではないかなぁと思う。どこに住んでいる、どんな環境で育った人なのかわからなくても、自分が心を開いて、ありのままの自分で付き合っていけば、必ず心が通じ合うと思う。
1ケ月位前 つらいことがあって、ある人にたった2行のメールを出しました。頻繁にメール交換するわけでなく、掲示板にも登場しない人でした。忙しかったはずなのに、返事がスグに届きました。
「最近忙しくて、10日程 Cross my mind を読んでいなかったので、わかりませんでしたが、何かあったのですか?」と。私は その人がこれを読んでいてくれることさえ知りませんでした。そのメールがうれしくて、その気持ちがありがたくて それだけで私は元気になれました。そして、誰かの役に立ちたいと思い、精神的にタフな人間だと思っていた自分が、こんなにも支えられていたことに気付いたのです。
私に何ができるかはわからない。でも、私を支えてくれた人がいるように、私も誰かの支えになることが出来たらいいなぁと いつも願っています。
心ひらいて話せる、話してもらえる人になりたいと思います。
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