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| 11.15 |
嫉妬心
人の心の中に生まれ易く、人の成長を大きく妨げる毒となるもののひとつに「嫉妬心」があります。これは 自分で気づいていれば、何とか努力して消すこともできるのですが、自覚しないままに 嫉妬の炎を燃やす人が多いことが一番困ります。嫉妬が渦巻く世界というのは 本当に嫌なものです。個人の嫉妬というのもやっかいなものですが、それが組織、国の嫉妬となった時には、その影響は計り知れないものになります。今回の ニューヨーク国際センタービルの爆破というテロ事件の陰に、イスラム原理主義者の嫉妬があると言ったら 皆さんは驚かれるのではないでしょうか。
イスラム教は 愛と寛容の教えだと聞いています。しかし 多くの戒律で日常生活の細々としたことまで決められ、祈りの時間を最優先させる為には、オリンピック等の試合も放棄しなければならない。確かに姦通は悪いことだけれど その罪を犯した時には 人前で生命を奪ってもかまわない……。「寛容」という言葉は 合わない気がします。世界中に13億人といわれる信者の人達。最高の神 アラーを信じ、戒律を守って 心穏やかに暮らしているのに 何故 イスラム教徒の国は貧しく、いつも戦争の火種が消えないのか。かたや 自由と平等を掲げ、女性は肌を出し 戒律のない自由を謳歌しているように見えるアメリカが 何故 経済的にも発展し、世界のリーダーとして君臨しているのか。イスラムの人達が そこに嫉妬を感じたとしても 不思議ではないような気がします。ただ その嫉妬は、本来 自らの向上を目指すエネルギーに変換すべきであって、攻撃に結びつけるものではありません。攻撃することは 否定すること。自らの発展の可能性もつぶしているのだということに気づいてほしいと思います。温厚なイスラム教徒と 原理主義者を一緒にしてはいけないことは承知しています。しかし テロを起こした人達の考え方に理解を示すイスラム教徒がいることも また事実ではないでしょうか。テロを支援するという女性や 一般市民がテレビに映る度に そんなことを思います。嫉妬心は 自らの理想を壊すものである。それを知るだけでも 人は幸福になれると思います。 |
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| 11.14 |
沈黙はNOの代わりになるか?
「NO!といえない日本人」という書籍がありますが、本当に日本人は Noの意思表示のできない人が多いなと感じます。直接電話で話す時は あいまいな返事をし、メールや手紙の時には 返事をせずに沈黙で応える。これが 大半の人の「NOの意思表示」で 私は これが好きではありません。そうしたお返事の仕方をする人には 正直 ガッカリしますし、どんなに素晴らしい人だと思っていても 相手のことを考えない、自分勝手な人だなと感じます。人間 いろいろな考え方があって当たり前ですし、いつも自分の提案に Yes!といってもらえるなどとは 誰も思っていないでしょう。No というのは 立派な返事ですし、Noの返事ほど 尋ねた方は 早くほしいものなのです。しかし、大半の人は そうは思わないらしい。良いお返事ができる時には、すぐに返事が返ってくるけれど、そうでない時には 沈黙する。沈黙は 無視と同じです。一体何があったのだろう。大丈夫だろうかなどと しなくてもよい心配をすることにもなります。沈黙で応える人は 自分が同じようなことをされても 平気なのでしょうか。いいえ、そうした人に限って、自分が出したメールに返事がなかったりすると、返事がこないから嫌われているなどと 大騒ぎをするものです。やはり自分勝手なのでしょうね。Noであっても 爽やかに返事をしてくれる人が好きです。そして 私自身も、もしNoと言わなければならない時があったとしたら、素直に 正直に 爽やかにNoと応えたいと思います。沈黙は Noの代わりには 決してならないから……。 |
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| 11.13 |
知恵の不足した善意
最近、物事を正しく見るということは本当に難しいなぁと感じます。特に 一見「善」と見えることが、大きな目で見た時に 「悪」につながってしまう場合、これを見抜くことは 本当に難しく、何よりも 智慧が必要です。たとえば 忙しくて なかなか本来の仕事、大切な仕事ができない人がいたとしましょう。本人は 本来の仕事ができていないことを とても気にして、病気になるほど 自分を責めています。まわりの人は 誰一人として 責めてはいないのに 自分自身 罪の意識があると病気になってしまうのですね。そんな時、「貴女の 本来の仕事が 少しでも楽にできるようにお手伝いしましょう」と申し出ること。それは 善のように思えますが 皆さんは どのようにお考えでしょう。 私自身、悩んだ末 その人の手助けをしてあげたいと 心から思いました。しかし、そうすることが本当に良いのだろうか。私が手伝うことで その人が さらに自分を責めてしまう可能性があること。何よりも、本来の仕事を最優先にすれば そのような事態にはならないということに 気づいてもらうことの方が大切で 目先の仕事を手伝っても 本人を苦しめてしまうだけで 何の解決にもならないことに気づきました。大人になってからのこうした問題は なかなか見えにくくて複雑なことが多いのですが、単純に考えれば 子どもの宿題を 見るに見かねて手伝ったら、自分でやらない子に育ってしまうということにも 似ているでしょうか。他にもいろいろとありますが、知恵の不足した善意は 自己満足になりがちで、本当は 相手の為にならないことも多いと思います。本当に相手を愛し、生かそうとした時には 自らの行動が 本当に仏神の心にかなうかどうか。少し立ち止まって よく考えてみる必要があるなと実感するこの頃です。 |
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| 11.12 |
成功する人と できない人
世の中には成功して益々豊かになっていく人と、成功できずに どんどん豊かさから遠ざかっていってしまう人がいます。その差はどこにあるのでしょうか。成功する人の心の中に満ち溢れているのに 成功できない人の心に欠けているもの。それは「感謝の心」ではないかなと思います。仕事をしていればもちろん、専業主婦であっても 生かされていることへの感謝、家族への感謝、周りの人に対する感謝等 感謝できることはたくさんあります。感謝の思いに溢れた人は、いつも幸せそうで その人の周りにも その幸せを広げています。まさに幸福の生産者として生きていける人ですね。反対に、会社がだんだん経営不振に陥っていく人を見ていると、やはり 少し感謝の心が不足しているような気がします。この不況時ですから、会う人の大半は 苦しい懐具合を嘆きますが、そんな時に「それでも 何とかやっていけるから有り難い」と言う人は 徐々にでも経営状態が上向いていきますし、人の悪口を言う人の場合は、まず悪化していきます。これは不思議なくらいあたるのです。それは そうですよね。取引先や社員の悪口ばかり言う人のもとに 良い人が現われるわけはありませんし、自分が相手を悪く言うことで 相手にそうした悪い部分を顕現させてしまうのです。この法則を知らない人が実に多いです。成功というのは 経済的成功だけをさすのではなく、人としての成功というものもあるのではないでしょうか。決して人の悪口を言わず、常に感謝を忘れず、一つ一つのことに 真心を込めて取り組んでいったなら、どんな状況の中にあっても 必ず成功できると思います。多くの成功者が誕生し、人生に大勝利する人が増えていくことを 心から祈ります。 |
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| 11.11 |
執着 放せますか?
毎日 辛く苦しい思いをして生きている時というのは 何かに執着していることが多いように思います。先日お話した女性もそうでした。それが何なのかは語りませんでしたが、「毎日が苦しい」と言って 涙ぐみます。「そういう時にはね、たいてい何かに執着しているの。放したいけれど放せない。放さなくちゃと思っているのに 放せないから苦しいんじゃないのかな。放すと生きていけないって思うかもしれないけれど、たいてい 放しても生きていけるものなんだよ。放さなくちゃって思っているものは 放すのが正解。でも それは お釈迦様が執着を断つことは修行だとおっしゃっているくらいだから 簡単なことじゃないけどね」そう言うと 「何故 わかるんですか?放して一歩進みたいのに できない自分が悔しいんです」そう言って また泣き始めました。生きていると いろいろなことに執着していきます。どんなことも 中道以外は執着ではないかと思うのです。いつも子どものことしか頭にないような状態は子どもに執着しているのだと思いますし、仕事であっても、年中仕事ばかりで 自分の時間がほとんどとれない状態というのは やはり執着ではないでしょうか。私達は 中道を歩んでこそ 長い人生を幸せに暮らしていけるのだと思います。苦しい時、辛い時は 何かをしっかりつかんでバランスを崩し、中道を歩けなくなってしまっている時。まず そのことに気づいてください。自分が何に執着しているのか。自分の心を冷静に見つめる時間をもってください。そして執着しているものに気づいたなら 「えぃ!」っと 思い切って放すことです。これは 難しいことかもしれないけれど、練習しておいた方が良いです。何故って。自分が死んでしまったら この世に戻ってやり残したことをするなんてこともできなくなるから。その時に あっさりとあきらめて 本来の世界に還れるように 執着を絶つ修行をしていくことが大切なのだろうなぁと思います。「えっ?自分はいつ死んでも悔はないし、執着するものはないって?」 死んで魂になった瞬間にそう思えたら最高ですね。 実は私もそう思ってましたけれど、飛行機が離陸する時に思ったのです。「まだまだ死ねない!」って。あのまま死んでいたとしたら あっさりとあの世に還れるかどうか 自信なかったなぁ。執着を絶つ修行をしていこうと思います。 |
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| 11.10 |
ニューヨークのテロ事件から2ヶ月
信じられないような映像をテレビで見てから 約2ヶ月がたちました。ニューヨークの景色は以前とは変わり、忽然とビルが姿を消したその風景は まるでイリュージョンを見ているのではないかと思うほど まだ信じられない思いです。突然の事故で この世の生命を奪われた魂たちは、いったいどうしているのでしょう。皆 無事天国に還れたのでしょうか。ビルのあたりに彷徨ってはいないでしょうか。残された家族の心も まだまだ救われていないに違いありません。何故このようなことになってしまったのか。原理主義者がしたこととはいえ、愛の教えだと言われるイスラムの教えを信じている人達が起こしたこの事件。愛を教えたキリスト教を信じる人達もまた 新たに生命を奪う報復手段に出て、この先 いつまでこの状態が続くのかもわかりません。イスラム教徒も キリスト教徒も 「愛の教え」を信じていながら 何故 人の生命を奪えるのでしょう。信仰あるもの同士が戦うということなど 誰もが信じたくないことですが、現実には 昔から「聖戦」という名の戦いが続いてきました。それが人類の歴史でもあるのです。イスラム教のことはよく知りません。コーランを読んだこともありません。ただ 戒律のみが残っているのではないかと思うイスラム教に ひかれる人の多いことが不思議です。「人に施しをしなさい」という教え、「自分より貧しき者を大切にしなさい」という教えの裏に、豊かな者を認めない。豊かな者に対する嫉妬を感じるのですが実際はどうなのでしょう。イスラムの教えを信じ、厳しい戒律で自ら縛り、心正しく生きていると思っているのに、国はいつも戦火に見舞われ、貧しさから脱することのできない人達。アメリカの繁栄が妬ましかったとしても 不思議ではありません。またイスラム教は 一神教で アラーの神以外を認めてはいませんから、アラーの神以外を信仰している人達は 倒しても良い相手ということになるのかもしれません。キリスト教の方も、イエス様以外は認めないというところがありますから、相手に対する思いはどこか似ているのかもしれませんね。遠い昔のことのように思えるのに、まだ一ヶ月しかたっていないこの事件が 世界に送るメッセージは一体どのようなことでしょう。深く考えてみたいと思います。 |
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| 11.9 |
コミュニケーションとれていますか?
人と人というのは お互いに話し合う、連絡を取り合うという時間が本当に大切だと思います。どんなに愛し合って結婚した人達でも、全くのすれ違い生活が長く続くと、一緒に暮らしていくことが難しくなります。もちろん お互いに、手紙を交換するとか、少しの時間でも良いから、電話等で話すという方法で 相手に関心を持ち続けていれば良いのですが、「黙っていてもわかるでしょ」という思いで 過ごしていると大変なことになるような気がします。よく奥さんと一緒にいる時間よりも、秘書といる時間の方が長いという人達がいますが、そうした場合、奥さんに一から話すよりも、秘書に話した方が 話が早いので、だんだんと奥様との話題がなくなってくると聞いたことがあります。これは 夫婦関係が少し危うくなる第一歩。たわいのない話、仕事の愚痴でも良いので ご主人が話すことに じっと耳を傾ける時間があるといいですね。子どもたちも同じです。両親が仕事をしていて忙しい場合など、つい 子どもの話を聞く時間がなくなりますが、必要最低限の会話だけして それできちんと話を聞いていると思ってはいないでしょうか。子供達が 本当にほしいのは、今日はこんなことがあった。あんなことがあったという たわいのないおしゃべりをする時間なのです。仕事をする仲間も同じ。仕事上の連絡だけで 事足れりと思っていると、少しずつ心が離れていってしまいます。心が離れてしまうと ちょっとした誤解が 大きな問題へと発展することもありますから大変です。人間には言葉が与えられました。それは 言葉を使ってコミュニケーションをとれということではないでしょうか。「以心伝心」というのは 理想ではあるけれど、黙っているだけでは わかりません。伝わったものが本当にあっているかどうか。それは、言葉で確認して初めてわかることなのです。人と人とのつながりは コミュニケーションに始まり、コミュニケーションで終わる。コミュニケーションをとる努力を忘れないようにしたいと思います。 |
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| 11.8 |
不安を煽る商法
西安で行った漢方薬の研究所では 催眠商法の一端を垣間見たような気がした。中国の中でも一番古くて、大きくて 有名な研究所とのことで、特に国内のスポーツ選手は 一度はそこに来て身体を調べるのだとか。建物の中に入ると、いろいろな国のスポーツ選手からの お礼の手紙や、日本の国会議員や県の知事を始めとして有名な人の名刺が飾ってあって それらしい雰囲気を感じさせる。教室のような部屋に入ると 白衣を着た高齢の人と 若い人が二人入ってきて、若い人は「気」を流して一角硬貨を高熱にする実演をして見せる。高齢の人は 人間の心と病気の関係について話し始め、それは いつも私が思っていることで納得のいくことばかり。「怒ることをしないで、一日三回よく笑っていれば 99歳まで生きられます。西洋の薬は 病気になってから飲むけれど、漢方薬は 病気になる前に飲むものでそちらの方がはるかに良いです」と その効能を説明しはじめると、思わず9種類すべて 皆のおみやげに、そして夫にとほしくなった。しかし値段を聞いてビックリ。7,000円、8,000円、9,000円、10,000円と日本で聞いても驚くような金額。ここは中国だよ!一瞬にして買う気が失せたのだが、すぐに数人の助手が薬の入ったケースを持って 部屋に入ってきたのを見て少し驚き。あっちゃ〜。これから売るの? 高齢の男性は、皆の手のひらを見て、身体の良くないと思われる症状を ひとりひとりに話しはじめていく。高血圧の人には何番の薬を。脂肪が高そうな人には何番の薬をという感じ。皆 言われたことに心あたりがあるのか 次々と高額な薬を買っていく。いよいよ私の番。手のひらを見たその人は、「やせてはいるけれど 中性脂肪が多い。いろいろなことを心配してはいけない。寝つきが悪いし、食べ過ぎには注意をなさい。栄養が十分に吸収されない体質。」と言う。「ちょっと待って!それ全部ハズレ。確かに今回は 日本で少し気になることがあるけれど、私ほど 不安に思わない心をもった人間も少ないし、私は 皆が驚くほど少食で それで健康体を維持しているのだから、栄養の吸収率は人並み以上に高いはず。寝つきはバッチリ。あっという間に寝付いて、寝たら最後、火事のサイレンも気づかないほど。そりゃあ、中性脂肪は 最近計っていないからわからないけれど、以前は正常だった。」この時 ハタと気づいた。完璧にはずっていたから良かったものの、これが少しでも思い当たったとしたら 不安に思って薬を買ってしまうのではないかしらと。これが催眠商法の手口なのかな。まぁ見事にひっかかったというのか 同行した人のほとんどが 2つ3つと買い求めた様子。わずか1時間足らずで 20万円ほどの商売をしたことになるその研究所。中国人の大人の平均月収が1万5千円だというのに……。買わないぞと決めた私も 高血圧と心臓病の薬を飲んでいる父親のみやげにとひとつ買ってしまった。(^^;)
不安を煽られて 断固拒否する自信。皆さん ご自分にあると思います? |
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| 11.7 |
外国に出ることの効用と それから・・・
あれほどまでに行きたくないと思っていた中国への旅も、終わってみれば大切なことにいろいろと気づき、来て良かったと心から思える数日となった。日本の中にいるとみえないことが ひとたび外国に出るとよく見えてくるものなのだということを実感。西安、北京、上海という順に旅ができたのも 最高の導きだったと感謝する。朝9時にホテルを出て空港に向かい、午後3時に 名古屋着。空港に着いた途端に 携帯のメール受信が始まり、友人達と連絡を取り合う。ずっと気になっていた大切な行事の進行状況はどうなっているのだろうか。旅の余韻を味わう間もなく、会場へとかけつけたのは午後5時。最高責任者の表情は固く、お土産を差し出すこともできない雰囲気。針のムシロというのは ああいうことを言うのか……。「やっぱり いてもらえるとほっとします」と言ってくれるスタッフの言葉と笑顔に 救われる思いがする。大切な時に出かけた私が悪い。準備不足のまま出かけた私が 本当に悪い。それは 十分承知しているけれど、あまりにも厳しい顔をされると「さぁ 頑張るぞ!」という思いも、宙に浮いてしまいそうな気がする。私は どんなことがあっても 絶対にそんな顔はしないぞ〜と心に決める。夫の了解を得て、そのまま会場に残るうちに、次々と人が来て 最高責任者の表情も少しずつなごんできた。すぎてしまったことは仕方がない。旅行に行った数日分を これから挽回するしかない。それでいいのだ。と心に決め、前向きに、これからのことを考える。それにしても 思いを残さないように 毎日精一杯のことをしていくというのは 本当に大切なことなのだなと つくづく思う。この思いも 数日すると薄れていってしまうのかもしれないけれど、明日事故にあって生命を落としたとしても それで後悔しないような生き方。そんな生き方をしていけたらどんなにいいだろう。私はダメダ。今のままじゃ 死んでも死にきれない。念いを残して漂いそうだ。今日からまた 生まれ変わった気持ちで 毎日を過ごしていこうと思う。素晴らしい経験をさせてくれた今回の旅と、その旅に行くことを許してくれた多くの仲間に感謝。 |
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| 11.6 |
北京から上海へ
天安門広場を横目にみながら、故宮博物館に行く。いくつもの門があり、建物があり、想像を超えた広さ。今回の旅は 全く予備知識もないままに来てしまったけれど、故宮イコール紫禁城だと知った途端に ラストエンペラーの映画のシーンが思い浮かび、映画等で描かれている西太后の残虐性が頭をよぎり、とても不思議な感覚に包まれた。皇帝の愛人にと宮廷に招かれた3000人ほどの女性の中には、皇帝に一度も目通りすることもなく 亡くなっていった人も数多いと聞いた。この広い宮殿の中でどのようなことが行われ、どのような念いがうずまいていたのか。権力と色と欲。もし私がその時代に生きていたとして、この宮廷の中で それなりの地位を与えられたとしても 決していたくはない。いなかっただろうと思う空間だった。建物のひとつひとつは、細部にまでこだわりが見られ、芸術的にも素晴らしいものだった。屋根の上に飾られた数々の飾りも、それぞれに意味があるようで、事前にもう少し学んでこれば また違った見方ができただろうと思うと 少し残念だった。午前11時半には空港に着き、上海に向かう。
上海は、空港を降りた途端に、車の多さ、人の多さに驚いた。パスで走り出して、建物の高さとデザイン性の素晴らしさに さらに驚いた。日本中のどの街よりも都会だ。夜になると ライトアップされたそれぞれぞれの建物のデザイン性が さらに際立つ。ここが 西安と同じ中国だとはとても思えない。この地に住む人は西安に住む一部の人達が 横穴式住居に住んでいるということ、公園に 花売りの子供達がいることさえ知らないのではないかと思った。夜景を見てホテルに戻ったのが 午後10時。旅行に同行した女性とその娘さん、知人と一緒に 同じ教えを学んでいる上海に住む人に会う。同行した女性が知り合いから聞いたというだけの 初対面の人だ。上海生まれ、上海育ちのその女性は、とても流暢に日本語を話し、また日本に行きたいと語った。2時間ほどがあっという間に過ぎ、再会を約束して別れる。日本と中国という別々の国に生まれ、初めて会ったというのに懐かしさを感じるこの感覚を、どのように伝えたら わかってもらえるのだろうか。魂の繋がり、ソウルメイトという言葉が胸をよぎった。中国最後の夜は、初対面の法友との楽しい語らいで終わった。 |
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| 11.5 |
北京
朝5時半のモーニングコール。早い朝食をすませて6時半にホテルを出発。バスは田舎道を通り、漢陽にある空港へと走る。朝日がとても美しく空を染めていた。地球上のどこにいても同じように美しい朝日が昇り、夕陽が沈む。地球の神秘、神様が作られた美しい世界に感動する。10時5分。北京に到着。気温は約10度。ダウンジャケットをはおって丁度良い位の気温だ。日本の東北と同じくらいらしい。西安より車も増え、少し豊かな街のように感じた。相変わらず人々は、信号を無視し、バイパスのように広い道路を、人も車も自転車も一緒に通行する無秩序さが なんとも不思議な感じがする。一体この国はどうなっているのだろう。共産圏というのは もっと統制のとれた 画一的な国民性かと思っていたのに、全く違う。自由奔放というより 傍若無人という感じさえする。人のことなんて知ったこっちゃないという感じが あちこちからしてくるのだ。相手をお客様と思えばこその営業スマイル。空港などでは 少しのことでもにらみつけるように何かわめいて怒り出す女性も多い。お店の子達も つまらなそうな、怒ったような顔で仕事をしている。笑顔を絶やさないアメリカ人女性とは 雲泥の差だ。
バスは長い間走りつづけ、万里の長城の登り口に到着。雲ひとつない青空に延々と続く 長い長い壁は、圧倒されるほどの重みを感じさせ、昔 民族同士争いが絶えなかった様子を思い浮かべるに十分な建造物だった。秦の始皇帝が繋ぎ合わせたとはいえ、あのような高い山の上に、どのような工法で作ったというのか。想像もつかないほどだ。エジプトのピラミットドといい、この万里の長城といい、現代人の私達には考えられないような時代があったのだろうと思う。そんな時代にタイムスリップしてみたいと夢のようなことを考える。登れる限り登った高い壁の上から見下ろした雄大な景色を 私はきっと忘れないだろう。 |
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| 11.4 |
西安の夜
食事に出かける為 レストランに向かう公園には、小さな子どもが 一本ずつラッピングしたバラの花をたくさんもって 歩いていた。そして観光客の男性を見つけると、すかさずその太ももあたりに抱きつき、花を買ってくれとせがむ。「いらない」と手を横に振ると 悲しそうな顔をし、訴えるような目でまたせがむ。夫は 根負けして50円を渡したが、「買わない」と振り切る人には 血相を変えて殴りかかる子ども達。売る物を持たない高齢の女性は、「お金ください」と 手のひらを上に向けて近づいてきた。華やかなネオンと 整備された公園のあちこちで見られるこの光景。かつて 日本にもこのような時代があったのだろうか。あの子ども達は 一体どこに住んでいるのか。親はいるのだろうか。私はこの子達に何もしてあげることができない。そう思うと、自分の無力さに涙がこぼれた。大勢の人で溢れ 活気に満ち、まるで別世界のようなレストランの中では、食事が終わるや否や お酒を暖めたり、冷やしたりできる風変わりな酒器と 乾燥梅を売りにきた。値段は ほとんど日本と変わらない。中国では値段は交渉次第。「本人の努力がもの言います」とガイドさんが言ったとおり、交渉上手な人達が価格を下げてもらって買い物をする。昨夜から食事に行く度に、ほとんどが シルクのバジャマやスカーフを売りにくる。日本人は完全に商売相手としてターゲットにされているんだなぁと感じる。一元が約15円。一万円両替して 663元を受け取ったけれど、あっという間になくなってしまった。どう考えても日本人価格。中国の人達は 自分達が受け取る給料と販売価格のこのギャップをどのように考えているのだろうか。とても不思議な国。 |
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| 11.3 |
なぜか西安
睡眠時間わずか1時間。パスポートと洋服を詰め込んだバッグをもって、夫と 仕事関係者の人達と一緒に 名古屋9時30分発・上海経由 西安行きの飛行機にのる。同じ日から大切な行事が始まり、そのことを思うと 行きたくないという思いばかりが胸を占める。出発間際まで飛行機が飛ばないことを願い、飛び立ってからも 睡眠不足でぼんやりとした頭と心で、行事の成功を祈りつづけた。やりきれてこなかったことばかりが 次々と頭をよぎる。思いを残すというのは こういうことを言うのだろうか。そんなことを思いながら いつしか眠り、上海の空港に着く。出国手続きをして再び搭乗。西安に着いたのは 14時 5分。(日本時間15時5分)この大切な時に、なぜ西安にいるのだろう。まだそんなことを考えながら、ひたすら畑が広がる郊外をバスで走る。かつて華やかな都だった 西安の街も 今は観光地としてその姿を残し、街の中心の華やかさと 貧しさを感じさせる町並みの共存が 不思議な感じを与える。かつて 三蔵法師と言われた人が 多くの経典を持ち帰ったという 大雁塔にいく。長い間苦難に耐え、インドまで出かけたひとりの僧。日本から この長安(西安市長安)に教えを学ぶ為に訪れた 空海。一体何が彼らを ここまでの行動に駆り立てたのだろう。現代的に考えれば、宇宙のかなたにある星に 教えを学びにいくようなものではないか。言葉は通じたのだろうか。どんな思いでここまできたのだろう。無事辿り着いた時の思いは どれほどの感激だったのだろう。かつての空海の心に思いを馳せ、改めて 悟りを求める心、真実を求める心の強さを思った。今 日本に生まれ、真実の教えに出会えた幸せにあらためて感謝する。 |
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残念ながら 穴あきました (>_<)
毎日 書き続けるという戒をたて、書きつづけてきた Cross
my mind。あまりの時間のなさに とうとうお休みしてしまいました。毎日思うことはたくさんあって、伝えたいこと、書きたいことを思い浮かべながら、その時間がとれないままに中国に出発。前日は1時間の睡眠でした。でも心配はしないでくださいね。今 へるめすこと私は とても大きなステージでのお役を精一杯果たそうと頑張っています。多分 一生を振り返った時に、一・ニを争うほど充実した時を過ごしているのだと思います。毎日書き続けるというところにこだわりたい気持ちもあるのですが、ここは 執着を断って、中国での思いを書いていくことにします。少しずつやっていけば 何でもないことも、ためてしまうと本当に大変なのだなぁと実感。今後はこのようなことのないように、気持ちも新たに 綴っていくことにします。いつも応援してくださって 本当にありがとうございます。 |
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