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| 10. 15 |
娘の新居
今まで住んでいた会社の寮を出て、11月から 別の場所に住むことになった娘。ここ2ケ月ほどは 初めて自分で借りる部屋探しに ワクワクしていたようでした。寮で、寮母さんもいるからこそ安心して東京での就職を許したのに……。と思うのは 娘に執着していることになるのかな。何はともあれ、彼女は 私達両親の思いは十分にわかっていると言いながら、部屋を探し 契約を済ませました。昨日は 彼女の祖母にあたる私の母と一緒に、東京で彼女と会い、新しい部屋を見に行きましたが、彼女が言った通り、昔ながらの商店街が続く街は とても東京とは思えないあたたかさ。部屋のお世話をしてくれた不動産やさんによると、「このあたりは安全だと思いますよ」と気さくなオバチャンという感じの女性が話してくださって、ほっとしました。元気に暮らしているかどうか、話をするために、2ヶ月ごとに 家賃を持参するという心配りも うれしいことです。駅から10分程歩いた女性専用コーポが 彼女の新居。お友達と二人で住むということで 3.5畳のロフト付きの6畳ワンルームでしたが、せまいなりに よく考えられていて、きっと楽しく暮らしていくんだろうなという気がしました。驚くほど小さなユニットバスでしたが、すぐ前には サウナ・露天風呂付きの銭湯もあり、なかなかの選択だなぁと感心。今まで家賃6000円の寮生活をしていた彼女が、卓球部を辞め、自らの希望で 営業職に変わって、今までの10倍以上の住居費を支払ってやっていけるのかどうか……。少し気にはなるけれど、心配する余地もないほど、たくましく育った娘の今後を、楽しみに見ていこうと思えたひと時でした。ガンバレヨ♪ |
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| 10. 14 |
愛と豊かさ
「与える愛」からはじめよう。ということを 私はよく書いてきました。すると、「私には 愛が少ないから人に与えることはできない」という人がいますが、それは 大きな勘違いだと思います。何故なら、私達人間は神様の愛から生まれ、私達の心の中には愛が満ちているからです。ただ そのことを知らないだけなのですね。また 私達が与える愛は 自分の心の中にある愛とは少し違います。それなら 自らの心の中にどれほどの愛を発見しているかで 与えることのできる愛の量に違いができてしまうような気がしませんか? そうではなくて、私達の心が、無我で透明になればなるほど、その心がパイプとなって 神様の愛が流れていくのではないでしょうか。神様から流れてきた愛が 与えられる……。それが、イエスさまが 「我が愛するように隣人を愛せよ」と言われたことの意味ではないでしょうか。神様から流れてくる愛を通していくだけですから、自らの愛の量に関係なく、また与えても与えても 決してなくなることはないのです。豊かさも同じだということに 今日初めて気づきました。神様とは全てにおいて 最高に豊かな存在です。ですから、その神の子である私達も 本来は豊かなのです。ただ キリスト教でも仏教でも 冨や豊かさに対しては否定的なものが多かったために、潜在意識で 豊かさを怖れている人が多いのかもしれません。しかし、怖れていれば、豊かさとの親和性がありませんから、豊かさとは縁遠くなってしまうというのが法則なのです。
愛と豊かさは 私達の心の中にある。それをどれだけ顕現していけるか……。それも生涯を通しての修行なのではないかと思います。 |
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| 10. 13 |
捨ててきたもの
苦しい時は、何かをつかんでいる時。そんな言葉を読んだことがあります。何かにとらわれる。執着すると 人は本当に不自由になります。思えば私は、真理を学ぶようになって いろいろなものを捨てることができたと思いますが、中でも捨てて 楽になったなぁと感じるのは、「嫉妬心」とプライド。そして他者と比較する心でしょうか。たとえわずかであっても、自分よりも認められている人に対する嫉妬。これは 自己嫌悪になるほど嫌な感情でした。しかし、嫉妬する相手は、自分の理想像であり、だからこそ、嫉妬して否定するのではなく、そうなりたいなぁ。素晴らしいなぁと祝福することが 正しいこころのあり方だとわかった時から、嫉妬の思いがなくなりました。以前だったら 嫉妬していたかもしれない相手を祝福している自分の姿に気づいた時は 本当にうれしいものです。またプライドというのは、本当の自分以上に良く見せたい、認めてほしいという「奪う愛」が その根底にあるのではないかと思いますが、ありのままの自分を神様が認めてくださっているという事実に気づいた時、何故かなくなりました。そして、等身大の自分で素直に生きながら、向上していけば良いのだと思えるようになり、他者との比較で黒シムこともなくなりました。その身軽さと、心の開放感は 是非味わっていただきたい幸せです。他に捨てることができたかなと思えるのは、過ぎた欲(物質、金銭、名誉)・劣等感、完全主義の心。私自身にはあまりなかったけれど、捨てると良いものは この他に、自己卑下、自己処罰、罪悪感……。捨てることで幸せになれるというのは なんだか不思議ですね。 |
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| 10. 12 |
受け止めてこそ前進あり
あなたは 人から忠告を受けることは好きですか? 思いもよらないことを言われたとして それを素直に受け止めることができますか?昔は「人に何かを言われると顔色が変わった」と母親が言うほど、人から言われることの嫌いだった私も、今では 忠告のありがたさがわかり、その忠告を生かすことができるようになりました。何故なら これほど自分を向上させてくれるものはないからです。
自分のことを一番良く知っているのは自分自身。自ら選択し、自らが責任をとる……。その自己責任の原則は真理ですが、岡目八目という言葉もあります。自分自身気づかないことでも 他の人からはよく見えるということがあるのですね。ですから、たとえ聞いた時点で 納得のいかないことであっても、他の人の忠告は 素直に受け止め、冷静に考えてみるのが良いと思います。確かに 他の人の忠告が全て正しいとは限りませんし、中には、的外れのものもあります。しかし、100%的外れということも ないのではないでしょうか。自分ではそうでないと思っていても、何パーセントかは そのように見えるという事実は 素直に受け止め、生かしていけると良いと思います。10人の人が忠告があれば 10の向上のチャンスがあります。多くの人が 忠告してくれるというのも その人の「徳」なのかもしれません。忠告は宝。受け止めてこそ前進あり。 |
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| 10. 11 |
人の思いを知ることの難しさ
人の思いを正しく知るということは 本当に難しいものです。何もかもお見通しと思われているような人でも、神様ではないからやはり間違います。見当はずれのことを心配したり、自分の言動が相手に与えるダメージに対して 全く無頓着だったり……。相手を理解しようと向き合っているはずなのに、結局は「自分」という心のフィルターと 思考パターンではかることしかできない悲しさ。その上、他の人のことなら 違っているということがわかっても、自分のこととなったら 誰かが教えてくれない限り わからないのかもしれないのです。こんな時、相手の思いとピッタリ合っていたら「ピンポ〜ン」と鳴るような装置でも 心の中にあったらいいのになぁと思ってしまいます。こうしてみると 自分の思いを 他の人に正しく理解してもらいたいと思うのは 少し無理な要求なのだなと感じますが、現実には 自分の思いをわかって!と思っている人が 本当に多いのですね。これも奪う愛なのでしょうか。自分の思いは 正しく口に出して伝えて 初めて理解してもらう為の第一歩を踏み出すのだということを 知っていたほうが良いと思います。そして 伝えたつもりでも、本当に理解してもらえるのは その何割だということも……。黙っていてもわかってくれる人なんて 神様以外にはいないと思って間違いありません。ですから、他の人を理解しようという思いを大切にしながら、自分を理解してもらおうという思いをなくしていく事。それが 私達が目指していきたい心のありかたのひとつではないかなと思います。 |
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| 10. 10 |
雨の10月10日
今朝は朝から激しい雨が降りました。気づけば 10月10日。つい去年まで 「体育の日」だったんですよね。この日だけは 秋晴れの運動会日よりというのが定番だったのに、体育の日じゃなくなった途端の雨。(やっぱり今まで 神様が雨をふらさない様にしていてくれたのね)っと 朝から真面目に思ってしまいました。皆さんは 自然界をつかさどる神様の存在を信じられる方でしょうか。見たわけではないけれど、私は何だか信じられる気がします。明日は晴れますようにって 運動会や 遠足の前日に 照るてる坊主を作って軒先に下げたのも そんな神様にお願いをしていたのかなと思うと、何だかうれしくなります。「そんなバカなことはあるはずがない。皆の「晴れてほしい」っていう集合想念が 晴れの日を呼ぶのだ」と言われる人もあるかもしれないけれど、それでは いかにも夢がない。それにね、以前読んだことがあるんです。小川知子さんのお話。彼女は どこか旅行に出かける時には、その土地の神様に必ずお祈りをするそうです。すると あらら不思議。たとえ雨が降っていたとしても、彼女がその地に入ると、見事に晴れるそうなのです。それを読んだとき、やっぱりそうなんだ!と うれしくなったことを覚えています。7日の体育の日は やはり晴れでした。神様ありがとう(^-^)v |
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| 10. 9 |
仕事能力はパニックのバロメーター
不測の事態が起きた時や、予定どおりに事が運ばなかったりした場合に、パニックになって、別の人なら冷静に対処できるようなことでも大騒ぎする人がありますが、そのような人を見ていると、計画性や予測する目が少し欠けているように思います。熱意はあるけれど、形にできないというのでしょうか。たとえば 200人のツァーを成功させようとした場合、まず どれほどのニーズがあるかを事前に調べる必要があると思いますし、その結果に対して どのようにアプローチしていくのが良いかを考えるのが先決でしょう。それから いつまでに申込みをするという期日を明らかにします。それは 一次、二次というように、〆切期日をずらして 早めに状況を把握するという方法も有効だと思いますし、目標に対する現在の申込み状況を公開し、皆の意識を 向けていく工夫も大切です。また情報の開示は 正確に、そして わかりやすいものが良いと思いますし、さらに、予定通りにいかなかった場合をいくつも想定して、それについての対処方法を 考えていくことも必要でしょう。予定を立て、予測を立てることのできる人は、パニックになることが少ないようですが、それは このように何重もの準備があるからです。そしてこれこそが 仕事能力が発揮されている部分なのではないでしょうか。「思い・熱意」は大切です。まずそこから始まります。しかし、仕事能力が低ければ、その思いだけが空回りすることもあり、成功をすることは難しいでしょう。パニックになる傾向性の強い人は、時には 自己の仕事能力を省みることも良いのではないでしょうか。 |
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| 10. 8 |
人の思い
人の数だけ心があって、その心の中に思うことは千差万別。同じことに出会っても、思いは皆違うのですね。当たり前のことなのに、時々 あまりにも自分と違った考え方、受け止め方をする人に出会うと 一瞬考えが止まってしまいます。相手の考えや思いが理解できれば何でもないことでも、その考え方や思いをわかることができないと、お互いに誤解が生じたり、感情がすれちがったりして、トラブルにつながります。相手に良かれと思ってしたことが、喜ばれなかったり、かえって相手を不愉快にさせてしまうのも 結局は、自分の行為に対する相手の考えを理解することができなかったことが 原因ではないでしょうか。ただ私がいつも思うのは、常に正直に、誠意をもってことにあたっていれば、仮に誤解されたとしても、いつか必ず その誤解はとけるということ。逆に どれほど口で調子の良いことを言っても そこに誠意がなければ、最初は皆とうまくいっているようにみえても、いつかその不誠実さが人の知るところとなって、人が離れていくということです。自分は世渡りがうまいと思っている人を見ると、真実を知ってほしいと心から願います。自らの言動の中に、本当に相手を思う気持ちがあるかどうか、誠実に相手と向きあっているかどうか……。常に自らの心に問うていきたいと思います。「どんな思いも必ず伝わる」それが心の法則だということを心に留めて。 |
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| 10. 7 |
思いついて 氷見漁港
夫が突然思いついたところに出かける休日。今日の行き先は「氷見漁港」。何年か前に、やはり突然でかけた富山は「魚津」。老舗の天ぷらやさんの天婦羅定食と天丼は、値段以上に満足できるおいしさで、「じゃんと恋」というとびきりの純米吟醸酒にも出会え、富山っていいなぁという印象。魚津から戻った直後に、日本で一番魚のおいしい「氷見漁港」をテレビで見たものだから それを しっかりと覚えていた夫。午前9時に家を出て、木の本インターまで下道を走り、そこから高速道路を走る。午後1時半 氷見着。思ったよりも小さな漁港で、観光客相手の大きな建物には、どこにでもあるような海鮮問屋に海鮮レストラン。結局、そのお店の人に聞いたお鮨屋さんでランチをとる。土地柄が変わるとおすしも違った感じで、ネタは大きくなかったけれど、やはりおいしい。塩イクラと 氷見で作った特製のお刺身しょうゆを買って帰路につく。「地ビール」の看板にひかれて立ち寄ると、これもまた よくある他の地ビール工場で作られたものと ほとんど同じ味らしい。そうだよね。職人が同じドイツから来る人なのだから。結局 わずか1時間半氷見にいただけで高速道路にのった私達。4時間以上かけていった先に 1時間半の滞在。とても人様に「一緒にどうぞ」とは誘えないけれど、これが私達夫婦の旅のスタイル。私達には満足できる時の過ごし方なのだ。旅はどこに行くかじゃなくて、その道中を どんな話をして、どんな思いを共有するかということの方が大切なのかな。そんなことをふと思った。今度は氷見の街中を回って、七尾にいこう。でも もう少し下調べをしてから行きたいな(^-^)v |
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| 10. 6 |
経営と熱意
バブルがはじけ、不況の波が押し寄せてきて 随分年月がたちました。いつになったら景気が回復するのか、売上の減少、銀行融資の貸し渋り等 経営者にとって頭の痛いことばかりです。最近も 「何とかならないかなぁ」と業績の悪化を嘆く経営者と話をしましたが、感じたのは 「熱意のなさ」です。売上を伸ばしたい。少しでも利益率をあげたい。利益を出したい……。そうした思いがあれば、現状の認識に始まり、今までの経営に対する反省があり、今後の展開について いろいろなアイディア、工夫が出てくるはずなのですが、「銀行がお金を貸してくれれば。お客さんがもっと増えれば。」と望みを言うばかりで、それに対して自分達に何ができるかということになると、何も考えていないようなのです。どんなこともそうですが、熱意があれば どうすれば良いのかということをいつも考えていますから、インスピレーションも受けやすくなりますし、協力者を引き寄せてくれることもあります。反対に 熱意がないと、いくら他の人が 良いアイティアを出してくれたり、改善策を教えてくれてもても、それさえも実行に移そうとはしませんから、結局は何の発展もないのです。経営者は 「どんな時にも、誰よりも熱意をもって経営にあたる」当たり前のようですが、それがとても大切なことなのではないでしょうか。 |
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| 10. 5 |
本当の優しさとは
大きな会社、小さな商店に関わらず、後継者選びと創業者の引退というのは、なかなか難しい問題です。特に小さな商店で、親子や身内が一緒に仕事をしている場合には、親孝行な子どもであればあるほど、いつまでも親の言いなりになってしまう傾向があるようですが、それが本当に良いことなのかどうかは、長い時間がたってからでないとわかりません。知り合いのいる飲食店では、若い人達の街離れで売上が半減しているのに、創業者であるご両親や ずっと一緒に仕事をしてきた親戚の人達が高齢になってきた為、営業時間を延ばすこともできず、新しい事業展開ものぞめない状態です。はたから見ていても、今のうちに新しいことを始めなくては お店の将来が難しいのではないかと思うのですが、後継者である息子さんに その話をしても、「親達が元気なうちはできない。自分の代になったらする」と言うばかりで、今はあきらめているという感じです。しかし、5年もすれば 親たちは皆70歳を越え、息子さん自身も 50歳近くなってしまいます。一度落ちた売上を戻すのは大変なことですし、高齢とはいえ、それまでの働き手が減ったらどうなるのか。その状態で何ができるのか……。もしその時になって、自分達が長く店にいすぎたことが、お店の為にならなかったと気づいたら、ご両親はどう思われるだろうか。又、自分の代に早くなってほしいと願うようになった時、その潜在意識にあるのは、ご両親の病気を願う心ではないだろうか……。そんなことを考えながら話をていたら、「他に趣味もないし、仕事を取り上げたらすることがない」と両親を気遣う風の彼の言葉が 優しさではなく 実は酷いことなのではないのかと思えてきました。「本当の優しさとは 生きていて良かったと思ってもらうことだ」5年後、彼のご両親がそう思ってくれる展開になることを願います。 |
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| 10. 4 |
車椅子からの脱却
昨日、今日と二日続けて「車椅子を使わない医療」を目指す病院を取り上げている番組を見ました。病院では、高齢者が骨折をしたり、脳の病気などをすると、すぐに車椅子を使う傾向があります。そして 退院してからも車椅子を使い続ける為に、だんだん歩けなくなり、寝たきりになってしまうことも多いのですね。そこで あるお医者様が、車椅子を使った場合と、使わないでリハビリをした場合の実験をした結果、使用した場合には寝たきりになる確立がかなり高いことがわかりました。そこで そのお医者さまは、車椅子ではなく、安定した杖を使って 自分で歩くことを推奨したのですが、その結果、早い人で わずか一週間で歩行能力が回復してきたそうです。看護婦さんは 最初、「転ぶと危ない」とか、移動に時間がかかるなど 随分戸惑ったようですが、この結果に驚き、本当に本人の為になるのは 車椅子を押すことではなく、自分の足で歩ける訓練に 気長につきあうことだと気づいたようでした。その病院では いたるところで、大きなガッチリとした訓練用の杖をもった人が歩いていて、時間がゆっくりと流れているようでしたが、その患者さんたちの顔はとてもうれしそうで、輝いていました。車椅子に限らず、看護する側の都合でいろいろと世話をやき、結果として 患者さんの為にならないことというのは 数多くあると思います。車椅子からの脱却は、本当に生きる力を育てるにはどうすれば良いのかという大切なことを教えてくれました。 |
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| 10. 3 |
どちらの道を選びますか?
私達の人生は 進学、就職、結婚といった大きなことから、日常のことまで 自らが選択して創りあげていくものです。そして 現在の状況は、自分が過去選択してきた結果なのですね。まず そのことを意識している人がどれほどいるでしょう。大きなことは、時間をかけて ゆっくりと考えて選択していくと思いますし、その選択次第で 人生が変わっていくということは 誰もが知っています。しかし、意外と気づかないのが、日々の選択です。たとえば この不況の中で経営が苦しくなっている店主に、友人が、「経営を見直すために、とても良い話があるんだけど 聞きにいかないかい?」と誘ったとします。その店主は こう答えます。「経営改善の具体的な方法やお金を貸してくれるところでも紹介してくれるのかい?」「いいや、そうじゃない。どうすれば 成功できるか、その根本的な考え方、マインドを教えてくれるんだよ」そこで 店主は答えます。「いいよ、今うちに必要なのはお金なんだから。」こんな話は 世の中にはゴロゴロしています。成功していく人は、チャンスさえあれば 成功者に学び、いろいろなことを吸収し、経営を改善していきますし、精神性のより高いものを求めていきます。しかし、そのチャンスを与えられても、「お金でなければいりません」と拒否する人は、マインドよりキャッシュ。精神性よりも現実社会の娯楽性、今が楽しければ良いという道を選択してしまいます。本当に大切なことは何かがわかっていないということは これほどまでに悲しいことなのですね。人間にとって より大切なのは、現金ではなく知恵とマインドです。なぜなら、現金は使ってしまえばなくなりますが、信念あるマインドと知恵があれば 冨はいくらでも 創りだすことができるからです。即効性のある薬を選ぶか、食事療法や漢方薬のように 根本から変える薬を選ぶか。その結果は、成功者への道とそうでない道へと 別れていきます。あなたは どちらの道を選びますか? |
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| 10. 2 |
自由に意見が言えるっていいね
私が一番好きな 会議は、参加者が自由に意見を言える雰囲気がある会議です。何について話すのか、その議題から離れてさえいかなければ、どんな意見が出てもOK。反対意見が出てきても おかしくないし、同じことをするにも ろいろいな方法があって当然。誰か カリスマ的存在がいて、その人の意見に皆賛成!なんて とても良い会議だとは思えないし、わいわい、がやがやと意見を言い合う中で、お互いに思ってもいなかった第三の道が見つかることもある。「あの人、いつも違う意見を言うから嫌いだ〜」なんて思っていた人とでも、討論を重ねる中で、相手の考えていることがわかって、理解しあうことができれば、仲良くなるということもある。3人寄れば文殊の知恵と言われるけれど、5人いれば 5人の知恵が結集するから さらに素晴らしい結果が出てくるはず。だから 自由に意見が言えるというのは 発展を目指す会議の第一条件だと思う。皆が生き生きと 自分の意見を発信していく様は、見ていてとても頼もしい。もちろん その中で、どれが一番良いのか、取捨選択していく知恵と決断は必要なわけで、それがその会議におけるリーダーの仕事だと思うけれど、何はともあれ、自由に意見が言えるって本当に素晴らしいね。 |
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| 10. 1 |
寂しい日本の野球界
イチローがアメリカ大リーグで 90年ぶりに記録を更新して皆から祝福された昨日、日本では 少し寂しい事態がおきました。ダイエー対近鉄の試合で 近鉄のローズ選手が 年間ホームランの記録を更新するチャンスを 敬遠という方法で奪ってしまったのです。確かに 敬遠というのは 戦略として許されている方法ですから、敬遠したこと自体が悪いとは言い切れないものがありますし、王監督の目の前で、記録を破られたくないという気持ちになるのもわかります。でも、堂々と勝負して アメリカの記録更新を 日本人選手にさせたアメリカの野球と、記録を破られたくないがために、そのチャンスさえも与えなかった日本では とても大きな違いがあると思うのです。そして、一番残念だったことは、王監督自身が「采配は全て選手に任せてあったから」と インタピューに答えたことです。そのことからも、自分の記録を破られたくないという 暗黙のプレッシャーを 選手達に与えていたことを感じました。「俺の記録を 破られないように、正々堂々勝負して来い!」そう言って 選手を送り出し、ホームランを打たれたとしても 笑って投手を迎えられるような監督だったなら また違った展開になっていたのではないかと思いますし、それを言えるのは王監督だけだったのではないでしょうか。記録は破られるためにあり、記録を更新し続けていくことで どんな世界も発展していくのです。監督だけではなく、球団全体の思いだったのかもしれませんが、ダイエーという会社の経営状況と重なり、過去の栄光を抱きしめ、守ろうとする思いは 発展を妨げ、衰退への道を歩むことになるということを学んだような気がしました。
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