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| 9. 30 |
Qちゃん、イチローおめでとう\(~o~)/
今日は二人の若いスポーツ選手が 世界史に残る記録を達成してくれました。ひとりは イチロー。アメリカ大リーグの新人最多安打記録を なんと90年ぶりに更新しました。日本人が大リーグで 通用するのだろうかなどと言われていた数年前から考えたら、想像を越える活躍ぶりです。そして 何よりもうれしかったのは、自国の選手が長年破れなかった記録を破った 日本からきた選手の快挙を 観客の多くが祝福してくれたことでした。この 努力を公平に認め、祝福できるマインドが アメリカという国を発展させてきたのだなという気がしました。そして もうひとつは、Qちゃんこと、高橋尚子選手のマラソン。オリンピックからほぼ一年ぶりの今日のレースで、見事 世界新記録をうちたてて優勝しました。オリンピックでメダルをとった後、祝賀会、講演会、コマーシャル等、あちこちにひっぱり出され、時の人となった彼女。本当に多忙な上に、プライバシーもほとんどない生活で 精神的にどれほどきつかったかと思うのですが、そうした時期も無事乗り越え、監督とスクラムを組んで しっかりと積み上げたトレーニングの成果を 見事に発揮してくれました。イチローも高橋尚子も決して早咲きの選手ではありません。ただ 二人とも、本当に自分のしていることが好きで、他の人が辛いと思う練習でも 当たり前のこととして、楽しんでできるという最高の素質をもった人達だと思います。「目標を高くもち、その実現を思い続けて 感謝の気持ちを忘れないで努力したなら、夢は必ずかなう。」そんなことを実証してくれた 二人に心から感謝し、祝福したいと思います。 |
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| 9. 29 |
お客さん
PTAやその他いろいろな組織で活動される人は多いと思いますが、そうした時に 一番トラブルを起こしやすいのが、お客さん気分の人。役員ではない人に多いのかもしれませんが、他の人のやり方に対して「ここが悪い。あそこが悪い。」と たくさん指摘はするものの、ご自分が何かをするのかといえば 「だから 行かない!」という場合が多く、非協力的な方が多いようです。これは 改善の為の提案できなく、活動に参加しない理由を並べ立てているだけなのですね。つまり 「私をもっと大切にして」ということなのでしょうか。しかし、役員であろうがなかろうが、自分も組織の一員であるならば、お客さん気分でいることは 本来恥ずかしいことだと思うのです。気づいたことは どんどん提案する。自ら率先して、より良い活動ができるように改革していくのが一番良いわけですし、一員としての努めを 何も果たせないのであれば、活動をしてくれている人に感謝の思いを出されるのが本当ではないでしょうか。お客さん気分の身内に 一番かきまわされることの多い組織の活動。振り回されず、けむたがらないで、どんどん ホスト側にまわっていただきましょう。文句は言うけれど、ホストになるのは嫌だということであれば、そうした考え方自体は間違っていませんか?と 気づいていただくきっかけを 是非差し上げたいものですね。皆がホストになって 素晴らしい活動ができますように。 |
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| 9. 28 |
奪う
「あなたは人から何かを奪っていませんか?」そう問われて、「いいえ、人様のものを奪うなんて とんでもない!」と答える人の多くが 気づかないで奪っているもののひとつに 「時間」があります。昔 「ユダヤの商法」という 藤田 田(ふじた でん)さんの著書で、「ユダヤ商人は約束にとても厳しく、中でも 遅刻をする人は 信用されず、取引相手として土俵にも上がらせてもらえない」と読んだことがあり、厳しい世界だなぁと思ったことを覚えていますが、今日 報告された提出物の集計のお手伝いをしていて 報告をしないということひとつでも 人の時間を奪うんだということを実感しました。27日が〆切予定の報告、すべての報告用紙が出揃っていれば、その数字を入力していくだけで仕事がすみます。しかし、出ていないところがあれば、担当者がわざわざ電話をして、確認をとり、報告用紙を代筆しなければならないわけですね。ひとりふたりのことであれば、わずかな時間かもしれませんが、それが多くなればなるほど 膨大な時間がかかるわけです。そして それは、1人1人が責任をもって提出していれば不要な時間。つまり提出しなかった人たちが、担当者の時間を奪っていることになるのです。つい、「まっ いいか」などと 報告を無責任に放置することは、ありませんか?それも「奪う」行為なのだということに 気づいてもらえるといいなと思います。 |
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| 9. 27 |
目に見えない世界
日本では「無神論者です。信仰はもっていません」と言う人も お正月には初詣に出かけていきますし、神社に行けば手を合わせます。商売繁盛を願って 稲荷神社へ行き、車を買えば交通安全祈願をしに行くという人も多いですね。中には 神社の神殿に入り、神妙に頭を垂れて手を合わせる人の姿も見かけますが、この人達は 本当にそこに神といわれる存在があると信じているのでしょうか。その神々に対しての 礼を尽くしているでしょうか。その人達の 普段の生活を見る限り、何とか安心感を得たいという思いから そうしたポーズをとっているだけではないかと思うことがあります。私自身は そうした世界を信じていますが、それでも 実際にそうした存在が見えたりわかる人と、私のように 何となく感じているだけの人間では その信じ方に 天と地ほどの差があると思います。目に見えない世界を信じれるというのは 幸せなことですが、信じきるというのは難しいことだなと感じます。「一度でいいいから そうした姿を見てみたい、見せてください」と願ったこともありますが、よく考えてみたらそれは間違いで、波長同通の法則が厳然としてある以上、私の心境が そうした方々と一瞬でも波長が合う状態になれるよう努力をすることが 大切なのだと思い直しました。でも 一度でいい。体験してみたいという誘惑が……。(^^;)
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| 9. 26 |
日常にも偶然はない
ふと立ち寄った場所で素晴らしい出会いがあったり、知りたいと思っていた情報が思わぬ形で得られた時等に、それを偶然ととるか、必然と受け止めて感謝できるかで、人生そのものが変わってくるような気がします。ふと思いついてした行動が、貴人と出会わせてくれたり、素晴らしいチャンスを与えてくれることはよくあるのですが、それを「偶然」と捉える人は、その出会いやチャンスを なかなか生かしきることができません。そればかりか 誰かが 運命を変えるような貴人と出会って 成功の階段を上り始めた話を聞いても 自分にもそのような幸運がふってくれば良いのにと 羨ましく思うことはあっても なかなか祝福ができないようです。またそのように考える傾向のある人は、絶対にしたいと思っていたことができなくなったり、予定通り事が運ばなかった時には、できなかったことに いつまでも不服を言ったり 後悔したりして、そのことさえできていればという思いから なかなか抜け出せないようですね。「偶然」で片付けられてしまう 日常のささいなことも必然と捉え、そこにある天使の計らいに感謝できるようになると、いろろいなことが実にスムースに運ぶようになり、益々多くの素晴らしい出会いやチャンスに恵まれることになります。また予定通りに ことが運ばなかった時にも、それは自分には必要なかったのだと すぐに気持ちを切り替えて 次の予定に向かうことができるようになると、新しい成功への扉が開いていくことも実感されるでしょう。「偶然はない」この言葉を信じることができたなら 明日からの人生 きっと変わってきますよ。 |
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| 9. 25 |
愛から始まる
人は「愛・知・反省・発展」の四正道を実践することで 幸せになり、またその人格も向上していくと学んでいます。「愛」が最初にきているのは 私達 人間が 愛多き存在であるという証明なのかもしれません。「自分には 愛の心が足りないと思う」といわれる人もありますが、それは 愛が足りないのではなく、自らがその思いを押し留めてしまっているにすぎません。自分の心の中にある「愛」の思いに気づいていないだけなのです。まず そのことを皆さんにお伝えしたいと思います。
『愛』というのは 単なる親切や思いやりに留まるものではありません。何の見返りも求めず、ただ相手の幸せを願って与え続ける『与える愛』から始まり、時には涙をのんで 厳しく叱る 『生かす愛』。全てを許し、さらに相手の幸せを願う『許す愛』 その人が存在しているだけで まわりの人を幸せにする『存在の愛』というように 発展していくものなのです。自分の心の中の愛の思いが どんどん深くなり、そして拡大していくことに気づくこと自体が、この上ない喜びです。しかし、「愛」という言葉を 100万回並べたてたとしても愛深き人にはなれません。愛は 与えつづけた時に初めて 限りない発展に向かってゆくのです。自分は人を愛せたか。見返りは求めていなかったか。その愛の行為は本当に相手の為であったか。相手を生かす最善の道であったか……。自らの行為を 仏法真理(知)のものさしによって 反省し、反省することによって、さらに素晴らしい愛を 多くの人に与えられる人格へと成長しきます。これが 愛からの発展なのです。愛から始まる発展は 自らを幸せにし、また多くの人を幸せにする最高の道だと思います。 |
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| 9. 24 |
ハードよりハート
昨日今日と二日続けて、とても格好がよくて素敵なのに、中に入って残念!というお店に入りました。一軒は昨夜入った チョッピリおしゃれな食べ物やさん。豪華ではないけれど、しゃれた店内に、充実したメニュー。「今月のオススメ」などというメニューの出し方も 顧客の心理をつかんでいるし、値段も高くはなくて 少し期待がもてそうでした。しかし、まずまずだったのは 最初の一品だけ。あとは、時間は遅く、味付けもいい加減、最後には油っこさ天下一品の炒め物。オーナーさんは、お客さんに『おしいしいものを食べてほしい』って思っていないだろうなぁと感じるお店でした。ませんね。二件目は今日のお昼。久しぶりに訪れた三重県の阿児町に新しくできていたお店です。創作料理と書かれた素敵なお店。内装も外観に負けないくらい素敵で 心地よいBGMが流れています。しかし……。人手不足なのか、料理が出てくるのは遅いし、おかみさんらしき人は、ぼさぼさ頭に、かかとを踏んだ赤いスニーカー姿で どう見てもミスマッチ。しゃれたカウンターの上に並んだ銀行名の入った マッチの特用箱。なんだかねぇ……。センスの良い設計士にお願いすれば、素敵なお店はできあがります。しかし それはハードだけ。お見せと言うのはハードよりも ハートではないかと思うのです。おいしい物を食べてほしいという思いがあれば、料理にも気持ちがゆき届きますし、心地よい時間を過ごしてほしいと願えば、小物選びの視点も違ってくるでしょう。「一番大切なのはハートだよ。早く気づいてね。」この思いが届くといいなぁと願っています。 |
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| 9. 23 |
目に見えない世界
今日は お彼岸。お墓参りにいかれた方々も多かったと思いますが、皆さんは どのような思いで お墓参りに行かれるのでしょうか。「人間死んだら終わり。生まれ変わりなんて信じない」と言う人でも、お盆やお彼岸にはお墓参りにいき、故人を偲んで手を合わせる。「先祖供養」だとお寺に読経をお願いする……。言っていることが本心なら とてもおかしな行動のはずですが、それをおかしいという人も、責める人もいない日本人のカルチャー。いい加減のようだけれど、悪くないなと思います。死後の世界を信じていないのに、「先祖供養」をするというのも 本当はおかしな話なのですよね。
私は 永遠の生命を信じていますし、先祖供養の尊さも感じています。ですから、大切な人を「供養」された時に、供養された故人が 光につつまれて、「ありがとう」と 本当にうれしそうに 姿をあらわしたという話を聞くと 「いいなぁ」と思いますし、一度でいいから そのようにして 亡くなった義父や義母に会いたいなと思います。考えてみれば 一般に言う「幽霊」の話のはずなのに、それがまったく怖い感じがせず、喜びに満ちて お話をされる方のお顔を見ていると、それが嘘や偽りではなく、また おどろおどろしい世界のことではないことが わかります。目に見えない世界を信じることのできない人の為に、時々そうした体験を誰かにさせて、「目に見えなくたって ちゃあんと 死後の世界はあるんだよ」と神様が教えてくれているのかもしれませんね。 |
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| 9. 22 |
極限状態の中で
ニューヨークでのテロ事件があった時、偶然にも 防炎センタービル近くの病院に研修に行っていた女性の体験談を 間接的に聞く機会がありました。丁度 その病院に向かう途中、目の前でビルに激突飛行機を見たのでしょう。一体何が起きたのか 信じられない思いだったそうです。自分達が研修をうけるはずだった病院は、運び込まれる たくさんの怪我人にパニック状態。外国から到着したばかりの医師が間に合うはずもなく ただ傍観しているしかなかったそうです。ホテルでも爆弾さわぎがあり、二度ほど 非常階段から緊急避難したそうですが、そのときに彼女が見たものは、生命の危機にさらされた極限状態の中で見せる、人々の姿でした。非常階段を ゆっくりとしか下りれない高齢の人を見つけた彼女は 「自分の命。いつ無くしても惜しくはない」と覚悟を決め、その方の後ろに続いて下りはじめたそうですが、他の人達も 自分達の後ろに続き、多くの方が 静かに階段をおりられたそうです。こんな時でも 秩序を守って行動できる人間とは なんて素晴らしい存在なのだろうと感動した一方で、街中に出れば 集団ヒステリー状態になった群集が 一方方向に走っていたり、テレビのニュースでは報道されなかったような 悲しい現実、人としても醜い姿も見られたようです。貴重なその方の体験が掲載されているという「リバティ11月号」。今月末発売ですから、多くの人に読んでいただければと思います。生命の危機にさらされるという極限状態の時に、自分にどのような行動がとれるかはわかりませんが、「いつ命を無くしても惜しくはない」と思えた この方のような生き方をしたいと思いました。 |
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| 9. 21 |
伝わるのは心
人に何かを伝えたい時に、「どのように言えばいいのでしょう」と 言い方、話し方を尋ねる人があります。しかし、私は どんな場合でも 伝わるのは心であり、その心の内から出てくる言葉が 相手の心動かすのだと考えていますから、いくら言葉だけを真似しても その心が違えば 成果はあがらないのではないかなぁと思います。確かに 「物は言い様」と言われるように、同じことであっても やわらかに言う場合と、つっけんどんに言う場合では 相手に与える印象が違い、その結果も違ったものとなるでしょう。しかし それは あたたかい言葉で やわらかく言いたいと思うような心境があって 初めて生きてくることであり、極端な話、心の中で 「コンチクショー」と思っている人が、マニュアル通りの丁寧な言葉で話したとしても それは絶対に良い結果は出ないと思うのです。言葉は大切です。ですから 自分が発している言葉について よくよく振り返り、点検する必要はありますが、それ以上に大切なのが、思いのチェックではないかと思います。相手に対する優しさ、思いやりがあれば、たとえ厳しい言葉であっても その心が伝わります。口先だけで並べ立てた 美しく、耳障りの良い言葉よりも、本当に相手を思う ぶっきらぼうな一言の方が 心に届くことがあるのです。言葉は私達の心を伝える手段。伝わるのは 私達の心なのだということを 常に忘れないでいたいと思います。 |
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| 9. 20 |
気づかない執着
「執着」という言葉を聞いて どんな印象をうけますか?仏教には「執着をさり、とらわれのない心で生きなさい」という教えがあるのですが、物や地位、名誉はもちろん 人にも、とらわれず、こだわりのない思いで 日々過ごせたら幸せですね。しかし 現実には、家や高級車といった物、恋人や 子どもや家族、地位や名誉といった 様々なことにとらわれ、思いわずらうことが多いようです。中でも 重症だなぁと思うのが仕事への執着。高度成長時代のサラリーマンは皆さんそうだったようですが、仕事最優先、全ては仕事を中心に考え、どのような約束も仕事の前には 反故にしてしまう。そこまでしなくても、他にやり方はないのだろうか……。と提案しても、絶対にできないと、即答がかえってきます。それならば 本当にその人がいないと仕事がすすまないかと言うと、仕事が身体の限界を越えて倒れた際には 誰かが代わって 仕事をすすめてくれるのです。仕事、仕事であけくれて、病気で寝込んで初めて会社を休む。これは 病気になるほど働かせる会社が悪いというよりも、休めないと思っている自分がいるだけではないのかと 考えてみた方が良いのではないでしょうか。時には、素晴らしい仕事をする人だという まわりからの評価にとらわれている自分に気づくことがあるかもしれません。仕事や勉強、研究といった良いことであっても 休みもなくやりすぎるというのは やはりよくありません。「中道」をはずれた時に そこに「執着」があるということを わかっていただけるといいなと思います。 |
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| 9. 19 |
後悔……。
ずっとずっと 夢見ていたことがあって、やっとその夢が叶うという時に、タイミング悪くその場所にいることができなかったり、いざとなったら 急に引っ込み思案になって 思ったような行動がとれなかったな〜んて経験はありませんか?気づいたら チャンスが手の上からこぼれてた……。そんな時の後悔というか 悔しさというのはなかなか忘れられないものですね。今日も チャンスの女神さまの前髪をつかみそこねたと ガックリしているお友達と話をしました。彼女は その日のことで「後悔するというのは こういうことだったのか……。」ということを 痛切に感じたそうです。その時のことを思い出しては、「何故あの時 もっと勇気を出さなかったんだろう。〇〇のようにしなかたのだろう」と 沈んだ気持ちで過ごした一週間だったとか。「でも 生きているうちには チャンスはまたやってくるし、死んでから 後悔しなくて良かったねぇ」と言うと 「本当にそうだわ。死んでからだったら この後悔が永遠に続くんだものねぇ」と彼女は笑い出しました。人間死ぬ時には「もっと 人に優しくできたのではないだろうか。もっと有意義な人生を送ることができたのではないだろうか」と後悔すると言われています。いくら一日一生の思いで、悔いの残らない生活を心がけようと思っても そうした思いを持続させることは難しく、つい自分に甘い生活をしがちなのが 私達凡人。そんな中で、この「後悔することが いかに辛いか」という実感をつかんだのは スゴイことだなぁと思いました。「二人めのチャンスの女神様が 来てくれそうだよ」という私の言葉に、「それを聞いて元気が出てきた。今度こそしっかりつかむわ」と笑顔になった彼女。良かったね。今度こそ しっかりと女神さまの前髪つかむんだよ。
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| 9. 18 |
勝負に勝つ法
今日は「勝負に勝つ法」というお話を聞いてきました。スポーツをしている頃には 「勝つ」ということについて よく考えたものですが、最近は 何かと勝負をするという感覚がない為に あまりそうしたことは考えななくなっていました。しかし 生きていくということは いたるところで勝負していることであり、言い換えれば 勝ちが多くなれば幸せになり、負けが多くなった時に 不幸だと感じるのかもしれないと思いました。一日という時間をとっても、有意義に過ごせた日は 勝ったことになるでしょうし、怠惰にすごした日は やはり負けでしょう。その相手は 自分の心かな? また社会においては いたるところで勝負が行われています。勝ち組はどんどん発展し、負け組みは淘汰され、消えていくという 厳しい勝負の世界です。会社が倒産し、職を失うようなことになれば 勝ち組を恨むような思いになることもあるのかもしれませんが、長い目でみれば 勝組を目指して互いに切磋琢磨することで、社会全体が発展していくのですね。まず根本的なところで「勝負」という言葉にアレルギーを起こしてはいけないんだなということを感じました。夫の仕事を手伝っていて 以前悩んだことは、夫の会社に仕事をたくさんいただけるのは 他の会社の仕事を奪っていることになるのではないかということでした。しかし、誠実に良い仕事をしていく会社が 多くの仕事を得、発展していくことこそが 社会の発展につながるのだと気づいてからは、より良い仕事をするという一番大切なことに キモチを集中してもらえるようになりました。その考え方が正しかったこと知って とてもうれしく思いました。勝負に勝つ法でつかんだことは また少しずつお話していきたいと思います。 |
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| 9. 17 |
あなたはどんな人?
「あなたは どんな人ですか?」と尋ねられて あなたはナント答えるのでしょうか。会社の名前をいいますか?それとも 自分がしている仕事や 肩書きを答えるのでしょうか。私は、人間の本質は「心」であり 私達が日々思っていること、考えていることが 私達自身なのだと学んでいます。それは 私達があの世と言われるところに還った時には、肉体もなく その思考、心のみが存在するということなのですが、それを実感としてつかむことは なかなか難しいことです。イエス様は「姦淫することなかれ」と言われましたが、実際に行動に起こさなくても 心に思うだけでもいけないのだと言われたそうです。それは まさしく 心に思った時点で それを為したのと同じだと おっしゃりたかったのでしょう。よく 「思うだけならいいじゃない。誰にも言わないし、行動に移すわけじゃないのだから」ということを言われる人がありますが、思いこそがあなた自身なのだとわかっても そのように言っていられますか?一日のうちで 一番多く心を占めているのは どんなことですか?ふと気が付くと考えているのは どんなことなのでしょう。できれば 自分の心をゆっくりと見つめる時間をもち、そんな時間をこそ大切にしてください。私は一体どんな人?と考えながら……。 |
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| 9. 16 |
一日の始まりも思いから……。
今日は日曜日。私としては だんなさんを誘って生きたいところがあったのだけれど、どうも相手は気が進まない様子。刻々と迫る時間。もう間に合わないと思った時点で 私はあっさりとあきらめたのですが、朝一番で「〇〇へ行こうか」と言い出す日と違って、こんな日は どうもダンナさんのご機嫌がよろしくない。サンデーモーニングに サンデープロジェクトと ニュース番組を見始めると 益々動けなくなります。そして そうこうしているうちに お昼がきて、食事のあとは少しお昼ねをしながら ゴルフの中継を見て、夕方になり、夜になって「教は一日中何もしなかった」とふくれるのが 通常のパターン。これでは せっかくのお休みの日も泣きまする。そんなのも嫌だなぁと思って お買い物にひっぱり出したのですが、やはり気乗りがしない様子で、珍しく パチンコに行くと言い出しました。結局 一人で2時間ほど遊んで かえってゴルフを見て……。ということで 夫の一日が終わりました。毎日の生活もそうですが、「今日の一日」を どのように過ごすか、どのような思いで過ごしたいかということを 朝一番で考えた日と、何も考えないでダラダラと 一日を始めてしまった時とでは 時間の密度、充実感が全く違うような気がします。二度と帰らない、戻すことのできない「時間」。無駄にしないように、一日が終わって「あぁ、いい一日だった」と思えるような そんな一日の始まりを迎えたいと 心から思いました。今日は……。×。 |
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