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| 5. 31 |
薬害ヤコブ病に思う
脳手術を受けた際に使用された「乾燥硬膜」によってヤコブ病に感染し、正常な日常生活を奪われ、生命をおとしている人がいることを知って、薬害エイズ問題と同じことがおきていたことに驚きと憤りを感じました。アメリカの医療界が、その硬膜利用によるヤコブ病患者が一人出た時点で、その危険性を発表し、原因となった硬膜を返品。以後使用しないという厳しい措置をとったのに対し、日本では ある程度の危険性を知りながら、そのまま使い続け 50人以上の人をヤコブ病患者にしてしまいました。自分が使用していたものが 問題となった硬膜であることを知らなかったと証言した医者もいましたが、それでは あまりにも無責任ではないでしょうか。また 厚生省は アメリカからも硬膜の輸入業者からも連絡がなかった為認識していなかったと平気で証言しているようですが、こちらも 自らの仕事についてどう考えているのか、信じられない思いです。アメリカの措置によって 乾燥硬膜を作っていた会社は 殺菌方法を変更し、さらに安全な乾燥硬膜を誕生させました。毅然とした態度が、医療界の発展に貢献したのです。アメリカと日本、どちらが人として正しい道を選択したかは明らかです。ひとつの危険もなく 新しい医療技術がうまれることはないのかもしれませんが、ひとたび危険性が認められたなら、その方法は取りやめるというのは 当たり前のことではないでしょうか。また 民間レベルでは把握できないようなことについても、情報をもち、その利用の安全性について的確な判断を下していくことができて初めて、厚生省は仕事をしていると言えるのではないかと思います。 |
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| 5. 30 |
カ゜ンバレ!ベンチャー企業!!
ADSLの快適さは 実に夢があってわくわくしてきます。今 発売を待っている「PC版テレビ電話」も高速通信対応、テレビと同スピードの映像が送れるとのことで、とても楽しみな新商品です。きっと デジタル回線のテレビ電話の魅力を越えることでしょう。今日は一宮の友人宅で めたりっくのモデム接続を確認し、快適なネットライフを楽しんでもらえることを願って帰ってきたのですが、新聞に掲載されていた「東京めたりっく」の経営危機の記事を読んで いろいろと思うことがありました。名古屋めたりっくへの影響はないとはいえ、やっと軌道に乗りはじめた頃に、先行投資分の回収が思うようにいかず、経営危機に陥ったという話は、関連企業だけにとても残念ですし、ベンチャー企業の難しさを感じました。特に通信業界では NTTという巨大な壁があり、東京めたりっくの奮闘ぶりは 大変なものだったと思います。それでもあえて挑戦した「東京めたりっく」の先見性、志を 私は高く評価したいと思います。ガイアックスも既存の石油メーカーや、国との戦いに かなりの苦戦を強いられています。良い物が良いと認められる社会、ベンチャー企業をあたたかく見守り、応援していくカルチャーが 早く日本にも根付くといいのになと 心から思います。ガンバレ!ベンチャー企業!! |
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| 5. 29 |
ADSL常時接続開通!
本日、急遽 電話工事やさんから連絡が入り、午後3時には ADSL常時接続の快適なネット環境が整いました。初めて 名古屋めたりっくのサービスを知ってから約1ケ月。なんだか夢のようです。このサービスを普及させると同時に、ネットの世界の素晴らしさを どのようにして皆さんに知っていただくか、これからの課題です。
インターネット業界の発展は 本当に目覚ましいものがあります。あれほどまでに もてはやされたISDNの常時接続も いまやブロードバンドと言われる高速通信の前には その輝きを失いつつあります。絶対にデジタル回線の時代が来るといわれていたのに、ADSLは 既存のアナログの電話回線を利用しますし、私が販売しているテレビ電話も やはりアナログ回線用のものです。ADSLはISDNのままでは 利用できません。お金をかけてデジタルにしたものを またお金をかけてアナログに戻すなどというのは あまり納得のいかないお話ですね。ADSLのサービスは まだ始まったばかりで、人気はあるものの利用できるエリアは限られています。しかし、ケーブルテレビより初期費用が安く、光ファィバーのように 巨額な投資も必要がないとなれば、これからのIT時代には 大きな力を発揮してくれるのではないかと期待しています。政府や自治体も ITの環境をアメリカ並にしたいと思うのであれば、何に投資をし、何を推進したら良いのかを慎重に検討し、少ない投資で大きな成果あげる道を選択してほしいと思います。快適なネット環境に乾杯! |
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| 5. 28 |
子どもたちの信仰心
大人になると 何故か「信仰」という言葉に過剰反応をする人が多い日本人。外国人に信仰があることは すんなりと受け入れられるのに、同じ日本人同士だと 信仰をもっている人に対して 不思議そうな顔を向けるのは何故なのでしょう。子どもの頃「神様ってどこにいるんだろう」「自分は何をするために生まれてきたのだろう」「どんな風に生きていけばいいのだろう」な〜んて 考えたことはありませんか?それこそが 生まれながらにしてもってきた「神様を信じるこころ=信仰心」や人として生まれてきた目的や使命を知りたい、より良い生き方を求めたいという「菩提心」ではないかと思います。それがいつのまにか、日々の忙しさの中で 生きる意味について考えることさえしなくなり、神様なんているものか、死んだら終わりなどと この世的な楽しみの中に埋没して 日々漫然と過ごすことに慣れてしまう大人が多いのは とても悲しいことですね。今日 初めて会った中学2年の女の子は、時々 大垣から名古屋まで 牧師さんのお話を聞きに行くと話してくれました。ご両親は 反対もしない代わりに信仰もしておらず、彼女一人で行くというのです。その行動力に驚くと同時に、思春期という こころの成長に大きな影響を与えるこの時期に、彼女がそのような形ででも 信仰にふれる機会があることを とてもうれしく思いました。仮にご自分の信仰心が目覚めていなかったとしても、子ども達の信仰心、どうぞ大切にしてあげてくださいね。 |
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| 5. 27 |
過去の環境も宝
今自分が生きていることの幸せを あまり感じることができない人、毎日がつまらないなぁと思うことの多い人は、「自分がこのようになったのは、育った環境が不幸だったからだ。家族や会社の上司、友人、知人が自分を理解してくれないからだ」」などと 自分以外のものにその原因を求めることが あるように思います。しかし、本当にそうでしょうか。成功している人の誰もが 恵まれた環境で育ち、順風満帆な人生を歩んでいるわけではありません。むしろ、辛く苦しかった頃に鍛えられた精神が今の自分を作ってくれたと 感謝の思いでそのことを受け止めていることが多いように思います。そうした人は、同じような環境にいる人達の希望にもなっていますね。逆に、誰もが羨むような恵まれた環境に育った結果、それを当たり前と思い 感謝する気持ちが育たず、昔は良かったと現状に不平不満を言いながら、暮らしている人もいます。一体どちらが幸せでしょう。どのような過去であっても それを変えることができない以上、そのことを肯定的に受け止めるしかないのではないかと私は思います。そして、変えられるものは自分の考え方、こころであり、それが 自分の未来を創っていくのだということを信じてほしいと思います。辛い過去が宝物に変わる日がくることを願って……。 |
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| 5. 26 |
短所・問題点は宝の山
自分を冷静に見る、正しく見るということは なかなか難しいことですが、貴方は自分の長所・短所を正しく把握していると思いますか?「短所ばかりで嫌になっちゃう」と思っている人は、実は 宝物をたくさん持っている幸せな人なのかもしれません。何故なら その短所を長所に変えていくことができれば、今の何倍も器の大きな人間に成長できますし、何よりも 自分が変わっていけるという幸せな自己変革の体験ができるからです。正に宝の山!反対に「自分が大好き。短所なんて見つからないわ」と思っているとしたら その人は自分を正しく見る能力が少し眠っているのかもしれません。それに 短所がなくて 改善の余地がないとしたら それ以上の成長は望めないということだと思いませんか?長所を知り、自信をもち、その長所を伸ばすことは大切なことです。しかし同時に 短所や問題点を正しく見ることも必要です。「短所・問題点は自らを成長させる材料」として受け止め、冷静に取り組んで、本当の宝物に変えていきたいものですね。 |
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| 5. 25 |
凡人の挑戦
「平凡」という言葉には 何となくつまらない響きがあるように思います。たとえ「凡人」と自称している人でも「貴方ってホント平凡な人ね」と言われては あまりうれしくないと思いますし、「平凡な人生だった」とつぶやく人の顔には 哀愁が漂っているような気さえします。しかし『平凡な人であっても、継続し続けることによって 非凡なる偉業を成し遂げることができる』と言われたら 希望とやる気が満ちてくるような気がしませんか? 偉業をなした人というのは 誰もが 最初からきらめく才能を発揮していたわけではないと思います。もちろん 彗星のように華々しく 出現し、惜しみなく才能を発揮する人もいますが、それは少数派。多くの人は コツコツと努力し続ける中で、ひとつずつ才能を開花させ、その才能に磨きをかけ、一生を終える頃には「非凡な人」と言われる程の偉業をなしていたと言うのが事実ではないでしょうか。誰にでも 才能はあります。芸術やスポーツ、学業等だけでなく お掃除名人でも、お料理名人でも、これだけは自慢できるというものが 何かあるはずなのです。「それでは 貴方の得意は何?」と言われると 何もかも結構 中途半端な今の私には、胸を張って答えられることはありませんが、この Cross my mind の継続は 少しは自分をほめてあげてもいいかな?と思っています。自らのこころの内を見つめる時間と、ネットで知り合った方達とのこころの交流という素晴らしいプレゼントを与えつづけてくれているこのコーナー。生命尽きるその日まで 書き続けていきたいなぁというのが 私の挑戦です。「凡人の挑戦」が 非凡なる偉業に変わる日を信じて。 |
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| 5. 24 |
小泉総理の決断
先日 熊本地裁で下された「ハンセン病国家賠償訴訟」の判決について、小泉首相は 控訴断念という政治決断を発表しました。それも控訴期限まであと二日を残しての早期決断に こころからの拍手を送ります。判決を不服として 「控訴した上で和解を」という政府の方針を覆すこの判断には とても大きな愛と勇気を感じ、やっと 国民の幸せを第一に考え、人としてなすべきことを きちんと選ぶことのできる真心ある政治家が出てきてくれたと うれしく思います。建前では「最終決断は総理がするもの」と言いながら、実際のところは 自分達の意見が通ると思っていたのではないかと思われる官僚達……。しかし、そうではなく、総理の決断が そうした官僚の思惑を覆し、国民を幸せにできると言うことを実証してくれたようで、改めて これからの政治改革に期待ができそうだと思いました。
今回の判断は、訴訟に参加していなかった人達も含めて、全患者に損失補償をするという実に公平で 愛情に満ちたものだと思います。また、そのようにしながらも 政府としては容認できない「立法上の不作為な違法性」等については 政府声明を発表するという毅然とした部分は、実に見事なものだと思いました。控訴か断念かという二者択一で考えていた人達にとっては、思いもかけない 第三の道だったではないかと思いました。これからも いろいろな問題は出てくると思いますが、国民の幸せを第一に考える愛ある政治家として 知恵をもって活躍されることを こころから願っています。 |
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| 5. 23 |
救世の情熱
小泉内閣の高支持率は、政治に対する関心をもつ人達の年齢層を幅広くし、国会中継の高視聴率という うれしい状態を生み出しています。バブル崩壊の後、なかなか景気回復の兆しが見えず、様々な景気対策も効果がなかった今、本気で世の中を変えてくれる人達の出現を いかに国民が熱望していたかということでしょう。「聖域なき改革」と明言された小泉首相。灰色の部分をクリアにし、大胆な政治改革を!と皆が期待をもって見つめています。いろいろと大変な問題も山積みだとは思いますが、政治家にとって 今ほど やりがいのある時はないのではないかと思います。一番の障害は 国会議員ではないかと思うような場面もありますが、国民の絶大な支持のもと 本来あるべき姿に改革していってくれるのではないかと楽しみにしています。明治維新は一部の情熱ある人達の手でなされました。パンドラの箱が開いたのではないかと思うほど、凶悪な事件が続き、以前なら考えられないようなおかしなこともおきてきている現代ですが、だからこそ 最後に出てきた『希望』に胸躍る昨今です。政治の世界だけでなく、救世の動きが少しずつ その姿を現しはじめました。多くの人達が、『救世の志士として生きることが我が使命であった』と気づき、活躍してくださることを願っています。 |
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| 5. 22 |
草引きに愛を込めて
久しぶりの雨が とてもうれしそうな草花です。雑草も生き生きとして、我家の家の回りはジャングル状態。見かねた父親が綺麗に草取りをしてくれました。そんな話をしていたら、以前 他人に草取りをお願いしたことがあるという知人が、「料金が高いのにも驚いたけれど、ダメ。下手なんだもの」と一言。草取りに上手下手があるんだろうかと思った瞬間、彼女は「怒って取ると草ってすぐに生えるのよ」と言いました。「じゃあ、愛を込めて根こそぎにするわけ?」と近くにいた友人が冗談ぽく尋ねると「そうなの。『ごめんね。今度はのびのびと成長できる堤防かどこかに生えてね』って思いを込めて草引きすると なかなか生えてこないのよ」と当たり前のことのように言いました。なるほど……。花も愛情ある声をかけて育てると、とても美しい花を咲かせると聞いています。草花にも 美しく咲き、皆を幸せにできる喜びがあるんだなぁと思ったことがありますが、雑草をどうすれば良いのかからないでいた私には、目からウロコのお話でした。全ての生き物を大切にしたいと願っても、害虫は駆除するし、ネズミやゴキブリといった生き物も 歓迎はできないのが現実。そうした中で、心ならずも生命を奪ってしまう小さな動植物に対して 思いをかけることの大切さを知りました。
草引きにも愛を込めて……。 |
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| 5. 21 |
宗教と政治の話
世間一般では、「宗教と政治の話はしてはいけない」と言われているようですが、何故いけないのか 私には少し理解ができません。信仰が違うことも、支持する政党や方針が違うことも それが当たり前だと思えば ケンカになったり、議論になったりすることもないと思いますし、話をすることによって お互いの考え方を知ることができて より理解が深まると思うのですが、そのように思われる人は少ないようです。私は 素晴らしい人だなぁと思う人に出会うと、つい「信仰」をお尋ねしたくなります。このように素晴らしい人は どのような教えをこころの指針として生きているのだろうと とても知りたくなるからです。「信仰はありません」と答えられると、信仰なくして素晴らしい生き方ができている人は どのような考え方でそのように自分を形成されてこられたのかを さらにお尋ねしたくなります。ネットで知り合った人の場合も同様なのですが、相手の方にお尋ねするからには、こちらから先にお話するのが礼儀と思い、信仰告白をすると ビックリされるのか、それっきりになってしまうこともあり それがとても残念です。宗教に対する誤解、マイナスイメージは悲しくなる程ですが、各自の信仰について自由に話すことができてこその「信仰の自由」なのではないかと思います。政治も同じく、皆がどのような政治を望んでいるのか、何を問題として捉えているのか等が 普通の会話の中でなされるようになれば、もっと良い政治をしていくことができるのではないかと思います。
宗教と政治の話をしてはいけないのは 何故ですか? |
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| 5. 20 |
大きなこども
結婚して何年もたつと 奥様の関心はつい、ご主人から他のことへと移っていくようです。特に 自分で仕事を持っている女性は 仕事も楽しい、仕事を通してできた人との関わりも楽しい、様々なことに興味・関心があって 家庭も大切だけれど、やりたいこともたくさん。そうした状態では 子どもの世話までで精一杯で、ついついご主人のことを忘れがちになるようです。しかし、そこで寂しい思いをしているのはご主人。男性のプライドにかけて 「もっと自分と一緒に過ごす時間をとってくれ」などとは、決して口には出しませんが、まるで大きな子どものように、こころの中では奥さんを求めているご主人が多いように感じます。昨日、今日は 普段とても忙しくしている奥さんをおもちのご夫婦と私達夫婦で 一泊二日の時を過ごしました。決してベタベタしているとか、甘い雰囲気ということではありませんでしたが、ご主人のうれしそうな様子が とてもほほえましく映りました。男性にもいろいろなタイプの人がいるとは思いますが、パートナーを亡くした女性が 生き生きとしてくることが多い反面、男性は元気がなくなっていく人が多いのも 男性の方が女性より 寂しがりやだからではないかという気がします。お子さんのこと、家計のこと、その他いろいろなことで頭が一杯の奥様。寂しがりやの大きな子どもがもう一人いることを、どうか忘れないでくださいね。 |
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| 5. 19 |
聖なる時間、静なる時間
日々 いろいろな雑事に追われ 様々なことと格闘しながら毎日を過ごす私達。祈りの時間、反省の時間といった 聖なる時間をもつことを習慣としてきちんとしている人は どれほどいるのでしょうか。つい、車の中で祈りをし、ベッドの中で 一日を振り返ってバタン・キューという私は、そうした生活に憧れながら なかなか きちんと時間を確保することができません。忙しくしている現代人の多くは そのような状態にあるのではないかと思いますが、人間 時にはひとり静かに過ごすことがあっても良いのではないか、むしろそうした時間を持つことが大切なのではないかと思います。修学旅行で 比叡山の研修所に宿泊し、座禅の体験をしたり、説法を聞くということをしている高校があり、評判も上々と聞いていますが、そうした時間を持つことの心地よさを 若い時に体験できるのはとても良いことだと思います。「瞑想」というのも、この三次元ではない世界へと こころを遊ばせることで 自らの本質が肉体ではなく、魂・こころであることを思い出すひとつの方法なのかもしれません。私は 「前世では瞑想修行をしたことがなかったのではないか」と 情けなくなる程 禅定とか、瞑想といったことが苦手ですが、一切の日常からはなれたところで そうした時間が持てるのならば それだけでも十分幸せだなぁと感じます。自らが天国の住人であったことを思い出す為に『聖黙』のうち一日を過ごす……。そうした時間をもつことの幸せを もっともっと多くの人に知っていただけたらと思います。 |
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| 5. 18 |
安心して自己発揮できること
私達は いろいろな人と時間や場所を共有し、様々な立場で社会に関わっているわけですが、本当の自分と、こうあらねばならないと思っている自分との間に差がある場合は、なかなか その能力や個性を発揮することができません。その結果、気を使っているのに 何故かぎくしゃくしてしまったり、遠慮して 十分に活動ができなかったら、かえって叱られてしまったというようなことがおきてきます。こうしたことは、のびのびと 素直に自分を発揮することができれば 解決できる問題ではないかと思います。ありのままの自分を出して嫌われたり、人から何かを言われたら怖いという思いがあると なかなか自分をさらけ出すことができないのかもしれませんが、すべての人に好かれる人も、誰からも好かれない人も この世には存在しません。ですから、人の目や評価を気にしないで、勇気を出して 自分という人間を ありのままに出してみることだと思います。得意なこと、苦手なことなども正直にさらけ出し、わからないことはわからないと尋ねる勇気も もつことだと思います。そうすれば、時間がたつにつれて理解者が増え、適した仕事が与えられ、さらに能力を発揮することができるでしょう。また リーダーの立場となった時には、多くの人がのびのびと 安心して自己発揮できる環境を整えることが 一番大切なのではないかと思います。 |
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| 5. 17 |
光明思想の威力と弱点
すべてが良くなる事を信じ、そのよき状態をイメージし続けて努力したなら すべてがよき方向へと向かい希望は実現する。光明思想は、個人が幸せに生きていく上で 大きな力を発揮してくれる素晴らしい思想だと思います。光のみ実在、愛のみ実在、真理のみ実在とし、闇は光の不在であると 闇の存在さえも認めない究極の「光明思想」。「99%無理」と言われた直後に「1%の可能性がある」と喜んだという知人のお嬢さんは 見事に希望を実現されたそうですが、このように 一切のマイナス想念をもたず、100%その教えを信じて生きていくことができれば、地上に生きていながら、天国に生きることさえ可能なのかもしれませんね。しかし、いくら実在界(天国)が 光一元の世界だとしても、私達が暮らしている地上世界には、いろいろなことがあり、時には被害者となることもあります。また会社の経営ひとつをとっても、現実の会社の状況の把握を十分にしないで ただ「良くなるしかない」と信じていても、成功することは難しいでしょう。個人においては最高ともいえる光明思想も、リーダーの立場となった時には その弱点を露呈してしまうこともあるということを 知っておく必要はあると思います。マイナスに考えてしまう傾向性のある人は光明思想を、すべてを楽天的に考え、物事を深く考えようとしない人は、現実を直視することを学んで、バランスのとれた思想を 身に付けていくことが大切なのではないかと思います。 |
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| 5. 16 |
ガマンはいいこと?
日本人は、「我慢」という言葉が好きだなぁと思います。嫁姑問題、夫婦関係、友人関係他 人間関係の悩みには 「我慢」が一番の解決策だと信じている人も多いような気がしますが、私は、我慢しないで伝えることが一番だと思っています。ためた我慢はいつか爆発し、爆発したら最後、その関係を修復することは とても困難です。また、我慢は自分を苦しめ、爆発すれば 相手を苦しめます。もし 自分が 長年親しくしてきたと思っている人から、突然「貴方のここが嫌だったの」とドッカ〜ンと爆弾宣言をされたら、どんな思いがすると思いますか?親しければ親しいほど、そのショックは大きいと思いますし、何よりも 自分に対する自信が木っ端微塵になり、人と付き合うことが怖くなるのではないでしょうか。また 自分がそれまで 知らずに相手を傷つけてきたと知ったなら、それもまたとても辛いことです。ですから、自分の中で、どうしても嫌だと思うことは、やはり相手に伝えてほしいと思います。たとえ一時期、不調和がおきたとしても、本当にお互いを理解しあい、こころの通う付き合いをしていくためには、必要なことではないでしょうか。そして それが誠実に相手に向き合うことなのではないかと思います。嫌われることを恐れずに 丁寧に、自分の思いを伝えてみましょう。きっと我慢するより ずっと気持ちがいいと思いますよ。 |
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