Cross my mind 52 2001 4. 1
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毎日の生活の中で思い浮かんだ さまざまな事の中から・・・ since'99 2. 7
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| 4.15 | 総裁選 とうとう 森首相が退陣に追いやられ、自民党内は 次の総理選出に向けて一斉に動き出しました。総裁選に立候補した4人が そろってテレビに出演し、街頭演説に立っている様子からは、それぞれの人柄、考え方が垣間見えて なかなか興味深いものです。現在のところ 国民の人気は 田中真紀子さんの強力なバックアップがある小泉氏が一番。次には 総理体験者の橋本さんに集まっているようですが、誰が選ばれるのでしょう。今求められているのは どのようなリーダーでしょうか。私は 選挙の時だけでなく、常に国民の生活、国民の幸せを願い、常識的に考えて おかしいことが、おかしいとわかる人、ハッキリ言える人、日本の将来はどうあるべきかという 中・長期的なビジョンを しっかりと持ち、信念をもって そのビジョン実現の為に行動できる人、私利私欲に走らない人になってほしいと思います。(すごく 要求が多いようですが、政治家の基本では?)景気回復の為の公共工事、不良債権処理、経営安定の為の公的資金の導入、一部企業に認められる債権放棄。どれも 大手企業だけに有利な不公平さ。日本を支えているのは 大手企業だけではありません。中途半端な介護保険導入で かえって負担が増えた人もある介護問題。「ゆとり」という美しい言葉に惑わされ、確実に学力低下を招く方向に進み始めた「ゆとり教育」……。問題は山のようにありますが、そうしたことのひとつひとつについて、どうあるべきかといった正しい判断ができる人、理想の姿を描いて、その実現に向けて 思い切った政策をとれる人、新しいアイディアで勝負できる人が選出され、日本を世界のリーダーとして再生させるべく 真のリーダーとして手腕を発揮してくれることを期待します。 |
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| 4.14 | 価格のないチラシ リサイクル法施行による買い替えも、転勤、新学期、新入社の準備期間も終わり、大型家電店では 新しい顧客開拓に必死のようです。岐阜にも 全国的に有名な量販店が進出し始めて、あちらもこちらも安売り合戦。毎日数多くのチラシがはいってきます。大変だなぁと いつも思いながら、やはりお値打ち奈お店に足が向く私ですが、今朝 入ってきた 2枚の価格のないチラシを見て、(ここまでするのは どうなのだろうか)という気がしました。「他店のチラシをおもちください。それよりも さらにお安くします」と書かれているだけで 価格の提示は一切されていない店。交渉して価格を決めるものでもないのに、これはなんだか変です。それに 競合店が安くするならば さらにその下をというのは 少しずるい考え方なのではないでしょうか。価格とは 本来 いろいろなことを考慮した上で 自社でつけるものであり、その価格については 自信と責任をもつべきではないかと思うのです。安くできるのなら 最初からすればいいし、そこまで下げたら赤字になるということであれば、たとえ 他店に負けることになっても やはり下げてはいけないのではないでしょうか。自社で目一杯の価格を出して、それで競合店に負ければ仕方がない。また 次の時には さらに良い価格提示できるよう企業努力をしていこうと いさぎよく、そして前向きに考えていく方が 健全なのではないかと思うのですが、皆さんはどのように感じられるのでしょう。価格のないチラシを出した店に、一体何人の人が他店のチラシをもって出掛けていったのか、聞いてみたい気がします。 |
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| 4.13 | 13日の金曜日 今朝 母が ご近所の人をお花見にお誘いしたら、「すご〜く行きたいんだけど 今日は13日の金曜日でさんりんぼうだらいけない」と とても残念そうに言われたそうです。こんな日は どこへも出掛けずに、家の中にいると おっしゃったそうな。自分より若い女性の そのこだわりに母はビックリ!こんな日って どんな日?仏滅に結婚式を挙げるカップルがいる時代に 日常生活の中で そうしたことを気にする人がいることに 正直驚きました。しかし、冗談のようにも聞こえるこの話も、ご本人にとっては 大切なことなのでしょうね。人のこころとはナントいろいろなことに支配されるのでしょう。それも どちらかというと マイナスのことにひかれやすいようで とても残念です。私は 13日の金曜日も、大安や仏滅というのも ほとんど気にしません。以前 「仏滅は 仏がお休みになっていても良いほど 安泰の日」と書かれているものを読んだことがあって 本当のところはどうなのだろう。何の為にそうしたことが言われていたのかを知りたいと思っています。しかし 迷信にもならないような こうしたことに縛られて、自分の行動が限定されるというのは つまらないですね。もっともっと 自由に考えれば良いと思います。納車の時、我家では 大安かどうかよりも 覚えやすい日を選びます。後になれば その日が大安か友引か仏滅かなんて 忘れてしまいますもの。そしてH7.7.7登録の車は 現在もお気に入りです。さてさて今日の「13日の金曜日」はといえば……。。抱えていたやっかいな仕事がひとつ片付いた 良い日でありました。*^o^* |
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| 4.12 | 耳の痛い話 自分自身で気づいていても どうしていいのかがわからないことや、やりたいことはハッキリしているのに なかなか思い通りにならないような時に、そのことを 他の人から指摘されたら 貴方はどうしますか?つい「わかってる!」と 不機嫌になったり、「どうしようもないのだから 仕方ないじゃない。どうしろって言うのよ」な〜んて 開き直ってみたりしたことはありませんか? 私自身も 以前には「わかってるのよ」と反発をすることがありましたが、「行動に転化しない知識は本物ではありません。本当に知ったなら 体がひとりでに動きます」という言葉を読んだ時に、どんな言い訳をしたとしても、実際にできていないのなら、やはり わかっていないか、自分を甘やかしているだけなのだなと気づきました。以来 そんな時には 反発するのではなく、自分のこころを見つめなおす機会をいただいたと感謝できるようになりました。逆に「耳の痛い話」をするのは なかなか気が進まないものです。相手に対する「愛の思い」がなければ なかなかできません。だからこそ、あえて言ってくれた人には感謝をしたい。素直に、自分の状況を反省し、よりよく生きるための新しい道を 探し出すために そのチャンスをいかしていきたいと思います。 |
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| 4.11 | 劣等感 人として生まれて、一度も劣等感をもったことのない人は あまりいないのではないかと思います。また この「劣等感の克服」というのは 人生の問題集の中でも 結構大きなウェイトをしめているものかもしれません。「劣等感」というのは どんな形で出るか知っていますか?本人の性格が強気な場合は、他の人への「嫉妬」という形となり、嫉妬した相手を 排除しようとする、つまりイジメにつながりやすいようです。ただ これは いつも書いているように、嫉妬を感じる相手こそ 自分の理想であることが多いので、いかにその思いが間違っているかに 早く気づいて欲しいと思います。また 内向的で弱気な人の場合は、自信喪失、自己卑下につながります。この 「自己の過小評価」も 本来の自分の素晴らしさを発揮できないわけですから あまり良い思いとはいえません。謙虚と自己卑下は別物であることを知り、素直に自分を見つめてみましょう。必ず 自分の素晴らしいところを発見できると思います。自らの素晴らしさを発見し、自分を正当に評価できるようになれば、他の人の目や評価に左右されることもなくなり、劣等感を感じることも少なくなるでしょう。さらに その劣等感を昇華することができた時には、幸せな人、自分の理想とする人が脚光を浴びている時に こころから祝福できるようになります。嫉妬が祝福に変わった時、自己卑下が自身の存在そのものに対する自信に変わった時、「劣等感」という言葉が こころの中から消えていることに気づくでしょう。劣等感とバイバイできるといいですね。 |
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| 4.10 | 豊かさとは 「豊かさ」とは どんなものでしょう。豊かになるためには どんな方法があるのでしょうか。 ゆたかさを感じさせてくれる人が 必ずしもお金もちというわけではありませんが、心身ともに豊かな生活をしようとすれば、やはり経済的に安定しているということは大切なのではないかと思います。日本人は「お金」という言葉に あまり良いイメージをもっていないようですが、お金があれば より多くの人の役に立てるということは事実としてあります。「清貧」という言葉が好まれ、富を求めることは悪いことのような風潮もありますが、より多くの人の幸せの為に使わせていただくと考えるならば、富を求めるこころは 素晴らしいこころであり、むしろ 無意識のうちに「貧しさ」を好むこころの方が「悪」かもしれません。大宇宙に満ち溢れている富は 宇宙の法則、根本仏のこころにそった思いをもつ者のもとに流れます。より多くの人の為に使ってくれる人のもとにこそ 富は流れるものなのでしょう。「無限の富を我に預けたまえ」と祈ることのできる人が増え、多くの人に幸せになってほしいと願う人が 経済的にも豊かになることが当たり前という世の中になるよう 皆でその実証をしたいですね。 |
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| 4. 9 | 税制 他の国の税制については知りませんが、日本の税制というのは よくわからないこと、納得のいかないことが多く、どのように考えても 税金を取る側の論理で税制が決められ、支払う側には 実に不利な取り決めになっているような気がします。たとえば 取引先が倒産、自己破産の申請をして ほとんど売掛金が回収不可能になった場合でも、実際にこの金額を 貸し倒れ損金として計上できるのは、相手の会社の事後処理がすべて終わった時です。または こちらが、債権放棄をすれば 損金計上もできるのですが、わずかでも配当がある可能性があれば それもなかなかできません。不良債権を抱えていても、損金計上しない故に利益が出れば、税金を支払わなければなりません。以前は そのようにして支払っても、損金計上をして赤字になった年に 前年度やその前にまで遡って 還付を受けることができましたが、現在ではそれも認められず、逆に赤字を出した分を 5年に渡って利益から控除していくというかたちをとっています。徴収した税金は一切還付しないという感じです。予定納税の納付が遅れた場合に、利息に相当するような支払いが発生するのもおかしな話だと思います。また借入金がある場合も、利益の中から借入金返済をして、手元に一円のお金も残っていなくても、利益に応じて課税されます。そのお金はどこから出てくるのでしょう。「借りてでも支払え」というのが 日本の税制のようで、これをすると また借入金が増えるという悪循環にはまります。税金を支払うのが嫌なのではありませんが、もう少し納得のいくような税制にはならないものでしょうか。不良債権をなかなか処理できない大手企業の悩みが 少しだけわかるような気がします。何とかしてくれ〜い! |
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| 4. 8 | ゆとり教育の勘違い 「ゆとり教育」という言葉が言われ始めてから もう10年ほどになるでしょうか。最初は 月に一度の土曜休みから始まり、現在では公立の学校で月2回が休み。そして 2002年からは完全週5日制になるそうです。授業時間が減るため、学校で教える内容も 現在の30%をカットして、電卓の使用を許可し、円周率は「3」で教え、3桁の掛け算をなくすなど、算数ひとつとっても 内容が随分と簡単になったようで ビックリしました。まるで 幼児の絵本のような教科書を前に、「すべての子供達に達成感を味合わせるために 内容を少し減らした」というようなことを 担当者が得意げに話していましたが、これは実におかしなことだと思います。「時間にゆとりをもたせて こころの教育を」等というといかにも良さそうですが、このようにして 本来学ぶべきことを減らし、ハードルを低くしてそれを 皆でとんだとしても、誰も達成感など味わうことはできないと思います。むしろ 本来ならもっと伸びる芽を摘んでしまったり、授業が物足りなくて 面白くない子、塾に通う子が増えるような気がします。問題だったのは 勉強が不得意な子が まるで人生の落伍者かのように扱うことであって、それぞれが 自分の得意分野を伸ばし、社会に貢献できる人なることを目標にすれば 今までの内容、学習時間でよかったのではないか。もっと いろいろなことを自由に学べる教科書の作り方があって 良かったのではないかと思います。ハードルは高いから飛び越せた時に喜びがあるのです。簡単に手に入れられる達成感など すぐに色あせてしまうでしょう。本当のゆとりとは何か。子どもたちに必要なことは どんなことなのかを もっと考えて欲しかったなと思います。今のままの「ゆとり教育」を推し進めれば、国家崩壊の危機もある。そんな気がしました。 |
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| 4. 7 | 感謝と祝福 私達が日々幸せに暮らすための一番の秘訣は「感謝と祝福」ではないかと思います。皆さんは どのような時に 幸せを感じますか? 感謝の思いが溢れてきますか? 願いごとがかなった時や、特別に良いことがあった時でしょうか?それとも いつもと変わらぬ朝を迎え、無事に一日を過ごせたことについても 感謝されているのでしょうか? この世の中に 当たり前のことは何もありません。たとえ 欲しい物が手に入らなかったとしても、自分が思うように ことが運ばなかったとしても、太陽や、水や、空気……。生きることのできる環境が与えられています。多くの人達のおかげで、日々快適に暮らすこともできます。そうしたことを忘れてしまうと、ただ 不足を嘆くばかりとなり、こころからの幸せを感じることは 多分できないでしょう。与えられていることの多さに気づき、日々の暮らしが感謝に満ちた時、何を求めることなくとも 益々多くの幸せを与えられるでしょう。 また 感謝と同じように大切なのは「祝福」です。幸せに暮らしている人、自らが目標とすることを達成した人を こころから祝福することはできますか? 祝福できる心は、理想の自分実現への道を 歩んでいることの証です。こころから祝福した時、その心は天使に通じ、喜びが溢れ、何を得たわけでなくても、心からの幸せを感じることができるでしょう。幸せへのパスポートは こころからの感謝と祝福であることを 日々心に留めて暮らしていきたいと思います。自然にそうしたこころが溢れでる自分を目指して……。 |
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| 4. 6 | 桜 今年は 桜の花が とても長い間咲き誇っています。開花の頃に、雪が降るほどの寒波が日本列島を覆ったからでしょうか。満開になる前に葉が出てきてしまう例年とは違い、本当に見事なまでに咲いて 桜自身がとても喜んでいるように感じます。「桜はすぐに散ってしまうから嫌だ」と言う人もいますが、わずかな時であっても 精一杯咲く桜が 私は好きです。満開の桜並木の下を車で走ったり、歩くだけで 一年中の元気が蓄えられる気さえします。医学的にも 桜の花の下で時間を過ごしていると 血圧が上昇するとか。正に 「木」のもつ「気」の不思議ですね。 「厳しい寒さが 桜をより美しく輝かせた……。」人と同じだなと思いました。挫折を体験することなく 順調に成長してきた人は 苦難・困難に出会った時、意外にもろい面を見せることがあります。そのようなことに どのように立ち向かい、時を耐えれば良いのかを知らないからです。逆に 得意の時も、不遇な時も体験し、悩みながら その問題を乗り越えてきた人は、自分でも気づかないうちに精神が鍛えられ、問題の解決能力が備わり、困難に出会えば出会うほど、自分を輝かせることができるようになります。障害は乗り越える為にある。自らを輝かせる砥石であると受け止め、寒さに耐えた桜が最高の花を咲かせたように 私達もまた 苦難・困難のときにこそ大きく成長し、最高に輝くことのできる自分でありたいですね。 |
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| 4. 5 | 大リーグで活躍する日本人 最近では 毎日のように アメリカ大リーグで活躍する日本人選手の様子が報道されています。今日は なんと 野茂英雄投手のノーヒット・ノーラン達成のうれしいニュースが飛び込んできました。それも 両リーグでノーヒット・ノーランを成し遂げた投手というのは 大リーグ史上4人目という快挙です。イチロー選手も 一番バッターとして、期待に応える活躍をしていますし、代打起用されている新庄選手は、好守備で観客をわかせています。大リーグに挑戦した日本の選手のほとんどが、なかなか活躍できないで帰国することが多かった昔に比べると 本当にすごい時代になったものだと この若者達の活躍をうれしく思います。彼らはアメリカに行ってからの方が 実にのびのびとしているように見え、それが 今回の活躍につながっているような気がします。萎縮して実力が発揮できなかったのではないかと思われる昔の日本人と 逆にのびのびと活躍できる現代の日本人。この違いはどこにあるのでしょうか。「時代」といってしまえば それで終わりですが、彼らのように 自分の意思をハッキリと主張する選手にとっては 練習メニューから 日常生活まで管理しようとする日本の球界よりも 『自己責任』の精神のもと 自由にさせてくれるアメリカの球界の方があっているのかもしれません。「自己責任」というのは ある意味でとても厳しいことですが、責任をとれるだけの判断力・精神力等が育っていれば 本人の意思によって その力を十分に伸ばし 発揮できる素晴らしいことだと思います。大リーグで活躍する選手達を頼もしく眺めながら、これからは 管理されなくても 自らの力を成長させていけるような子ども達を育てていく「教育」を考えていくことが 大切なのではないかと思いました。 |
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| 4. 4 | お祭り 今日は『岐阜祭り』 自治会と子ども会が協力して、子どもみこしをつりました。我家の子ども達は大きくなってしまったけれど、会計を引き受けている私も 朝から参加。良いお天気のなかで ケガやトラブルもなく、無事終えることができほっとしています。町内中を お神輿をつって練り歩き、皆さんからご祝儀をいただきながら、いつもは あまり話す機会のない人達と知り合うことができたり、お互いに忙しくて どうしているかなぁと思っていた人達と話ができて、楽しい時間を過ごすことができました。恒例のこととはいえ、準備はなかなか大変です。年齢層も 生活環境も違う人達が 協力し合って何かをするということは、価値観や意見の相違で行き違いが生まれることもあります。それでも そうした中で、お互いに理解しあい、妥協点も見出しながら 一つのことをやり遂げるというのは 良い経験になるなと感じました。昨日の日記に少し書いた親子は こうした行事には参加しなかったのだろうか。ご近所に 彼らを気遣い、力になろうとする人達は一人もいなかったのだろうかと思うと、『相談できるならしたかった』と話す親子の言葉が辛く思い出されます。同じ地域に住むということも やはり何かのご縁があるのだと思います。興味本位でなく、お互いにもっと関心をもち、困った時には 遠慮なく助け合えるような そんな地域づくりをしていこうと まず思うことが大切なのですね。自分の住む街が好き。そう言える人が増えるといいなと感じた一日でした。皆さんの地域では もう終わったのでしょうか?『春祭り』 |
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| 4. 3 | 相談できる人 中学生による5000万円の恐喝事件が発覚してから もう一年がたったそうです。事件をテレビ報道で知った時の驚き、誰一人頼れる人もなく 孤独の中で 子どもからの暴力に耐え、お金を出し続けた母親の心情に 胸が痛くなる思いがしたことを 思い出しました。一年たった今でも、その母親は「ああするしかなかった」と話しているそうです。誰にも相談できず、今考えても 他に方法が思いつかないと。自分達の人生を目茶目茶にされたと 恐喝をした中学生達を憎み、辛く苦しい思いを忘れることのできないこの親子を責めるつもりは全くありませんが、病院で知り合った見も知らぬ人に勇気付けられて 警察に話す決意をしたことを思えば、ひょっとすると それ以前にも この親子の力になりたいと思っていた人はいたのではないかという思いがよぎります。相談できる人とは、必ずしも 自分に都合の良いことばかりを言ってくれる人ではありません。たとえ自分達が望まない形であっても、より良い解決につながる方法を示してくれる人こそ 信頼して相談できる人なのではないでしょうか。一人でいいですから、自分が本当に困った時に、ありのままのこころをさらけ出し、助けて欲しいと相談できる人がいるといいですね。また 自分自身も相談される人になれるよう お互いにこころがけていく社会になるといいなぁと思います。 |
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| 4. 2 | 正当な自己評価 「自分に自信をもつ」ということは とても良いことで、生きていく上で必要なことだと思います。しかし、それが「増上慢」となってくると 他の人に嫌な思いをさせたり、自分自身が苦しくなってくる時があります。本当の自信と増上慢、どこが違うのでしょう。また 「謙遜」の精神も 日本では大切にされ、美徳とされてきたようですが、これが「自己卑下」となると なかなか困り者です。一見似たようなことでありながら、本質は全く違う 「自信と増上慢」「謙遜と自己卑下」。その差はどこからくるのでしょうか。私は その分かれ目は 「正当な自己評価」ができているかどうかにあるのではないかと思います。本物の自信は、他の人の評価に惑わされることはありませんから、他者の辛言に素直に耳を傾けることもできますし、他の人の素晴らしさがよくわかり、他の人が評価されることをも、心から祝福することができます。また それ故に 自然に謙遜の気持が出てくるのではないかと思います。逆に 「増上漫」は自己の過大評価、「自己卑下」は過小評価であり、どちらも 他の人に認めてほしい、他の人から誉められたいという気持の裏返し、つまり「奪う愛」のような気がします。自らを正当に評価し、その成長を素直に喜び、仏神に対して 常に謙虚に生きていく。そうした積み重ねが 本物の自信を育てていくのかもしれないと思います。 |
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| 4. 1 | ただ 淡々と 日本人は「頑張る」という言葉が好きなように思います。人に対して、あるいは自分に対しても「頑張れ」と声をかけることが多く、頑張っていないと怠けているような気さえしてきますが、限界まで頑張って ある日パタリと動けなくなってしまう「ガンバレ症候群」に陥るのだけは 避けたいですね。先日、「不運の中にあるとき どうすればいいか」ということに対する回答を読んだのですが、とても興味深いものでした。三段階に分けるとしたら 一番は、不運の中にある自分の境遇を呪い、まわりのせいにして 不平不満、愚痴を言い続けるタイプ。これは なかなか その状況から抜け出せない最悪のパターン。2番目は「こんな不運に負けるもんか」と頑張るタイプ。私は どちらかと言うとこのタイプですが、これは中級の対処方法だそうです。そして 上級はというと、ただ 「自分にできること」をすることだと書かれていました。不運と戦うのではなく、嘆くのでもなく、本来あるべき姿、理想の状況に向かって 淡々と努力する。戦わないでいいというのは 意外でしたが、なるほどと思いました。病気の場合でも「治すぞ、負けないぞ」と思っているうちは その病気に思いがとらわれていますが、それはそれとして、必要な治療をはながら、自分自身にできること、自分が今したいことを やっていこうと思った時には、病気が治ったりするそうです。人の念いは 一念三千。どちらの方向にも針が向くのですから、辛い状況、辛い病気に針を向けるのではなく、全く別のより良い方向に針を向けながら、戦わず、とらわれず 淡々と生きていけるようになりたいと思います。 |
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| 2001年 | (46)1.1〜15 |
| Miracle | Miracle Days |
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