皆様のご意見を & でお待ちしています |
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| 1. 31 |
夢と希望を
年頭の新聞に「ないものはないくらい物があふれている日本に、ひとつだけないものがある。それは希望だ」という ヒトコママンガが 掲載されていたそうです。新しい世紀が始まったというのに なんとまぁ悲観的な。そんな事を大声で言う人が増えたら それこそ せっかくの希望が消えてしまいます。快適な居住空間と 豊富な食料、生活に困らない金銭、そうした恵まれた環境にあっても 「絶望」した時に 人は生きる気力を失います。「希望」は生きる力です。夢に向かって努力している時、その努力は苦痛ではなく 最大の喜びです。このような精神性が 人間が死んだらすべてがなくなったしまう肉体だけの存在ではないという証拠かもしれません。どんな人であっても この地上での生活は、すべてが順風満帆ということは 少ないでしょう。それは 自らを鍛え、精神力を高めるために 様々なハードルを準備して 生まれてきているからです。しかし、どんな状況が目の前に現われたとしても、絶望することなく、将来への夢を描き 希望をもって生きていこうと決意したなら、自らが準備したハードルは低くなり、一段と力をつけて また歩み続けることができると思います。そして そうした日々を重ねていくことが 幸せな人生を創っていくのではないかと思うのです。夢と希望を手に 一歩ずつ前進していきたいですね。 |
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| 1. 30 |
43代アメリカ大統領
かつてないほどの激しい選挙戦の結果 ブッシュ政権が誕生しました。国民を二分するほどの対立候補がいるということは 政策を進めていく上でも大変なことが多いと思いますが、当たり前のように信仰心を語るブッシュ大統領には 神様の支援もご加護もあるのではないかという気がします。ブッシュ大統領が語った「正義とチャンスの国」という言葉はとても印象的です。不正義に目をつぶり 自分だけにチャンスをと求めている政治家に 少しは その精神を学んでほしいものです。アメリカは合理的精神と 実学を基盤として発展繁栄してきました。日本は そのアメリカを目標に 懸命に努力を重ねてきましたが 実学の部分ばかりに目を奪われ、アメリカ人の根底にある キリスト教精神ともいえる信仰心の部分は見落としていたように思います。エコノミックアニマル……。これは信仰心をもたない者という意味もあったのかもしれませんね。そのブッシュ大統領が「信仰者が慈善事業をすることに対して 差別することはできない」と 社会的慈善事業を行う教会や宗教団体に補助金を出すという大統領令に署名をしたそうです。日本と同じように「政教分離」が憲法にあるにも関わらず これは違反ではないとハッキリと意思表明し、行動にうつせるというのは 素晴らしいいことだと思います。本当に大切なものは何か、今何をすべきなのかということを、神の心を自らの価値基準としていこうとするブッシュ大統領の今後が とても楽しみです。 |
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| 1. 29 |
気づかせくれてありがとう
先日「もののけ姫」について書いた日記を読んだ友人が 「あれはそういう意味じゃないんだよ」と 掲示板に書いてくれました。彼女は大のアニメファンで 彼女の書きこみを読みながら 自分の思い違いや勘違いに気づき、最初に見たときに感じた別のことも思い出しました。それから 自分の書いたものを読み直してみると……。 「あらら、随分かたよってるわ(^^;)
」以前は アニミズム信仰にも似た 自然への畏敬の念が根底に流れているような気がして、こうした描き方もあるんだなぁと思い、たたら場で生きる愛すべき女性達のたくましさも魅力で見ていたようですが、残虐なシーンの方が気になっていたのかもしれません。「たたる」というのは どうしても受け入れられないし。宮崎さんが「憎しみ、怒り、哀しみ」を通して送られる「愛と勇気」のメッセージは 様々な作品から感じます。映像的、音楽的に惹かれる作品もあります。しかし 現代のように「神さまっているの?人間はどうして生きていけばいいの?」と わからなくなっている人が多い中では やはり「神」という名を あのように使ってほしくはなかったなと 今でも頑固に思ってしまいます。(^^;)
書籍、映画、人の話……。どんなことでも、自分のその時のこころの状態で 感じ方、捉え方が違ってくることがあります。たとえ解釈が違っていたとしても つい自分の思い、考え方が正しいと思ってしまいますし、一緒にいる人がそれに賛同してくれると その思いはさらに強くなっていきます。しかし それが間違っている場合もあるんですね。正しく見るというのは 本当に難しいことです。
今となっては 少し恥ずかしい「もののけ感想記」でしたが おかげで大切なことに気づくことができました。ありがとうね。皆さんは「もののけ姫」どのように見られたのでしょうか。 |
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| 1. 28 |
向き合うことの大切さ
今年の成人式で 騒いで知事に一喝された若者達が 知事に謝罪に出掛け、「神妙に話を聞いてくれて 同じ人とは思えなかった。胸のつかえがおり、そのような気持ちをもってくれたことがうれしかった」と 知事もスッキリとした表情で話されていました。振袖に飲み物をかけ 市への賠償請求がなされた その原因となった若者たちも 市長に謝罪をした上で「自分達で弁償をする」と申し出たことに感動した市長は 別の日にはその若者達で焼肉を食べに行き、毎月恒例で話をする機会をもつことにしたのだとか……。「今まで怖くて 若い子達に話し掛けられなかった」と言う市長、「今までまともな大人はまわりにいなかったし、誰もちゃんと話をしてくれなかった」と話す新成人。お互いに いかにソッポを向いていたのかをみせつけられたような気がします。確かに、やたら反発して、何を言っても 聞く耳をもたないという時期もあり、もてあますエネルギーを よくない行動にしか出せない子達もいます。しかし 彼らは本当は自分ときちんと向き合って、真剣に叱ってくれる大人を 待っていたのではないでしょうか。身近な大人達が その気持ちを察することができず、表面に現れる行動や外見によって 偏見の目で見、向き合うことをやめてしまうと 彼らはまた行き場のない気持ちを 反発することで表すしかなくなるのではないかと思います。子どもに限らず、ソッポを向かれれば誰だって悲しいものです。意見が違おうが、感じ方が違おうが きちんと向き合って お互いにその思いを伝え合う。そこから コミュニケーションの第一歩が始まるような気がします。大切な家族と きちんと向き合っていますか? |
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| 1. 27 |
人生から逃げ出したくなる時
昔「蒸発」という言葉が流行ったことがありますが、事情はそれぞれ違っても、誰にでも一度や二度は すべてを捨てて、逃げ出したい、誰も知らないところで 一からやり直してみたいという 誘惑にかられたことがあるのではないかと思います。しかし 多くの人は そんな状況の中でも 逃げ出さないで現実と向き合い、自分の進むべき道を模索し、ふんばって 生き抜いています。厳しいことかもしれませんが どんな事情があったとしても やはり逃げ出さないで 頑張って留まってほしいと思います。自らが道を切り開いていこうと決意したなら 必ず道は開けます。現在ある状況は 過去に自分がまいた種が 芽を出しているのかもしれません。それならば やはり自分の責任として それを受け止め、自らの手で その悪しき芽を刈り取ることが必要でしょう。そして たとえ大きな苦しみの中にあったとしても 未来に向けて よき種を蒔き続けることこそが大切なのだと思います。蒔いた種は必ず芽を出し、育ち花を咲かせ 実をつけます。現在の思い、行為が 自らの未来を創るのです。現在の問題に立ち向かい、その苦しみを昇華したとき 自らの魂が一段と美しく輝き始めるに違いありません。どうか そのことを信じてくださいね。
「悲しみや苦しみは 魂の糧としてのみ存在が許されている」
「悲しみや苦しみは 大いなる飛躍のための砥石の役割をしている」永遠の法より |
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| 1. 26 |
もののけ姫 (29日に後日談)
テレビで 久しぶりに「もののけ姫」を見ました。やっぱり よくわからない映画でした。某生命保険会社がスポンサーになり、随分宣伝をして 話題になっていた映画ですが、公開された当時 映画館まで出掛けて見た時も、どこが そんなに話題になるのかわかりませんでした。人はバタバタと切られ、首が飛ぶは、腕が飛ぶは、なんだかわからない不気味なものが 身体から出てくるは、第一 神様は 祟るものではないでしょう?と ブイブイ言いながら見ていた覚えがあります。こんなに気持ちの悪い映画を 何故子ども達に推薦するのだろうと不思議でしたが しし神だけは 許し、癒し、育む、自然の大きな神さまとして描かれていると思っていました。しかし 今日見ていたら 最後には そのように木々が育ち、花が咲いて 自然を育んでいましたが、その前に その山々を破壊したのも そのしし神でした。(-_-;) 私は 綺麗な音楽をバックに 見る見るうちに山が緑色になっていくシーンだけ覚えていたんですね。この映画の中で 宮崎さんは 何を伝えたかったのでしょう。子どもたちは そして 大人達は この映画から何をつかんだのでしょう。私のこころの中には 清々しさも 美しさも 感動も残りませんでした。残ったのは後味の悪さだけ。次回の作品は 神隠しだとか。宮崎さんの作品は、魔女とか、妖怪とか、もののけとか そうした世界のものが多いですね。神さまのこと、見えない世界のことを描くのならば もう少し考えてほしいなぁと思います。宮崎作品のファンは多く、影響力も大きいのだから……。 |
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| 1. 25 |
もって生まれた性格 (1.26記)
昨年大ヒットした「動物占い」が さらに細かく分類されて「今年の運勢」な〜んていうのが 雑誌に掲載されていjました。さらに改善していくところが すごいなぁと感心しています。まだまだ奥の手があるんでしょうね。ベースは四柱推命だそうですが、運勢はともかくとして、性格の部分、これは結構あたっています。家族や友人、知人のキャラクターを調べては 昨年は随分盛り上がりました。生年月日の簡単な数字だけでも 話のネタになるくらいの性格、金運、親子の関係、健康運、などがわかるくらいですから、こうしたデータというのは おもしろいものですね。性格が良いか悪いかということは別として、潜在的な意識、性格がわかるというのは 良いことだと思います。自分と全く違う考え方や感じ方、行動をする人に対しては 「なんで そうなるの?」と思いがちですが、こうしたことから 相手の性格がわかると「だから そうなるのね」と 妙に納得できたりします。そして それなら どのように接していけばいいのだろうかと 考えられるようになって 気持ちに余裕ができるような気がします。これは 子ども達を育てている時にも 随分感じました。自分自身の中で ダメだなぁと思う部分もたくさんありますが、それは今世の修行課題。良さを生かしながら 少しでも 良くないと思う傾向性を改善することができればいいなぁと思います。自分の性格を愛しながら 理想の自分に向かって歩んでいけるといいですね。 |
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| 1. 24 |
不幸自慢
「お元気そうですね」
「い〜え、腰は痛いし 時々頭痛にも悩まされるし、目はだんだん見えなくなるし 歯はガタガタ、あちこち具合の悪いところだらけです」
「お幸せそうですね」
「い〜え、いつまでも不景気で 生活は苦しいし、子どもは言うことを聞かないし、親もからだの調子が悪くなって いつ介護をすることになるかわからないし、辛いことばかりなんです」
こんな会話を 聞いたことはありませんか?「お元気そう」「幸せそう」といわれると 「それはお気の毒ですね。大変でしょう」と言ってもらえるまで 自分がいかに不幸かということを 々と訴え始める人がいます。不幸を自慢すると 潜在意識がその状態を理想として認識し どんどん不幸になるように 働き始めることを知っている私としては、「不幸自慢はやめておいたほうがいいですよ」と お伝えしたくなります。「幸せ」は 「幸せだ」と思っている人のところにやってきます。ですから 「お元気そう」「幸せそう」と言ってくださる人があったなら 「お蔭さまで」と ニッコリ笑って応えましょう。潜在意識は きっと 幸せの実現に向かって働き始めてくれますから*^o^*
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| 1. 23 |
KSD問題
共済をメインとして 中小企業支援の為に 様々な活動をしていたKSD。昨年 前理事長の 資金流用が発覚して以来 次々と不祥事が明らかになり、とうとう国会議員の辞任、首相の指名責任などというところまで 問題が発展してきてしまいました。KSDを支援していた自民党は ここぞとばかりに 野党からその責任を追及されています。確かに 理事長や、財団法人から個人的に献金を受けていた議員の行為は 許されることではないと思いますが、だからといって KSDや 自民党が悪いという論理は成り立たないのではないでしょうか。KSDは いろいろな方針を打ち出していて、高速料金や保険の団体割引、仕事の相互斡旋制度等 現実に中小企業の役に立つことも 多かったと思います。共済金の支払いが滞ったという問題も 聞いたことはありません。そうした内情も知らずに 不祥事があったからと 鬼の首でもとったように KSDや自民党を糾弾している人達には 疑問を感じます。もし KSDが 自分達の団体の主旨を話し、協力を依頼したのが 野党だったとしたら、彼らは その申し出を断わったのでしょうか。KSDに代わって 企業支援の為の政策を 何かとったのでしょうか。補助が出る特殊法人についてのチェックの甘さや 政治献金の扱い等 政界には不透明な部分が多く それを改善することこそ 大きな課題だと思いますが、それは自民党だけの責任ではないでしょう。お詫びの言葉と これからの運営方針、会員に対しての決意表明等が掲載された会報誌を読みながら 一番被害を受けたのは 誰だったのだろうと考えてしまいます。真面目に運営に関わっていた人達が 本当にお気の毒ですね。 |
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| 1. 22 |
固定観念からの脱却
大きな成功をおさめている人達は おもしろい発想をしているなぁと思います。今何ができるか、何ができないかなどと 現在の視点で考えるのではなく、こうありたいという理想の世界が実現したものとして、そのために何が必要か、何をすればいいのかといったように 完成された状態から考えているような気がします。つい 今現在のことに こころを奪われてしまうことも多い日常ですが、現実は現実としてきちんと受け止めて 足元を固めていくのと同時に、自分が理想とする状態を 明確に描いて その方向に向かって努力していくことが より発展していく為の秘訣ではないかと思います。現状がどうあれ こころの世界では 何を思い描くのも自由ですから、自分がこうありたいと思う姿を 思い続けることができたら 本当にいいですね。それができたなら 半分以上は成功だと思います。この世的には不思議なことかもしれませんが、自分の中で その理想が確固たる決意までになると、その状態を現実化するために必要なものが 集まり始めます。その時に大切なのは「これは無理だ」とか、「そんなことになるはずがない」といった 否定の思いを出さないようにすることでしょう。何故なら 常識や固定観念による判断というのは こころの法則が働き始めたときには あてはまらなくなるのに、そうしたマイナスの思いをもつと それが理想現実化の妨げになるからです。今までの人生で身に付いてしまった 固定観念。一度リセットして 真っさらなこころと目で 物事の本質、かくあるべき姿を見抜き 理想実現に向かって 努力していきたいと思います。 |
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| 1. 21 |
愛ですか?臓器移植 2 今朝の新聞で50代の女性が脳死と判定され、臓器移植が行われると報道されていましたが、夕方には手術も無事成功して 経過も順調と聞き ほっとしています。臓器は 簡単に入れ替えができるような単なる物体ではなく そこにこころがあると言ったら 皆さんは信じられるでしょうか。「胃」は一番こころの状態が敏感に伝わるところだと思いますが、心配事があるとたいてい胃が痛くなります。いつも胃が痛くて 薬が手放せない人も 悩みがなくなれば 多くの場合 胃の痛みも消えています。胃だけでなく臓器には それぞれ意思がありますから 臓器移植によって 他の人の臓器が体内に入ってくると 新参者をいじめるような意識が働くのか うまく適合できない場合も多いようです。もし、提供する側の人が 自分の体から臓器が取り出されるのを 霊的な目で見て 恐怖のあまり パニックになったとしたら その思いがつまった臓器が 他の人の身体に移植されることになりますから もっと大変です。パニックに陥った人が 集団の中に入っていっても、なかなか まわりの人とうまくやっていけないと思いますが、臓器移植にも同じようなことが言えるのではないでしょうか。そうした観点で 臓器移植について もう一度考えていただけたらと思います。昨日このことについて 書いたばかりだったので 少し驚きましたが、経過が順調ということが 本当に救いです。提供された方のご冥福を こころから祈ります。 |
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| 1. 20 |
愛ですか?臓器移植 1
目の前に このタイトルの書籍があります。臓器移植法案が可決され コンビニ等にも 天使の絵が書かれたドナーカードが置かれ、ドナーカードをもち、自らの臓器を他の人の役に立ててもらうことが 人生最後の価値ある 尊い選択かのように言われ始めた頃 友人から借りた本です。当時 いろいろなところで このことについての議論がなされ、私が初めて掲示板での討論を体験した時のテーマも この「臓器移植」についてでした。結論から言えば私は「反対」です。それは 人間とは 肉体が亡くなっても つまり死んでも 魂として生き続ける存在であるということを信じ、その観点から考えているからです。ですから、死後の世界を認め、自らの意思で さっさと肉体から抜け出せる自信・覚悟がある人ならばともかく、「死んだら終わりなのだから 自分の体を使ってもらえばいい」という程度の考えで それを選択するのはやめてほしいと 思っています。義母が入院中 意識がないのに 話が聞こえているとしか思えない反応を示したことが ありましたが、「脳死」というのは 自分で意思表示はできなくなっているだけで 実は魂として 自らの状態を見ている、知っている状態のような気がします。臨死体験をした人が 自分がベッドの上に寝ているのを 部屋の上の方で見ていたなどと言うことがありますが 丁度そんな感じなのではないでしょうか。もし この状態を「死」であると判定し 臓器を取り出したとしたら、自分は まだ生きていると思っているのに 自分の体が切られ 内臓が取り出されると知ったなら 人は冷静でいられるものでしょうか。貴方なら冷静でいられますか?私はとても自信がありません。臓器移植は最高の愛なのではないかと思っていた私が そのように考えるに至った経緯については 書籍等で紹介されている 臓器移植の現場の話も含めて また別の機会に書いてみたいと思います。貴方はどのように お考えですか? |
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| 1. 19 |
貧しさを抱きしめるのはやめよう
「清貧」という言葉があります。作家の三浦綾子さんとご主人も 清貧に生きられた方達でしたが、キリスト教系の方は 特にその言葉に忠実でありたいと願っておられる人が多いように感じます。「清貧」こそが とても高潔で 尊い生き方のように受け入れられているうな気がしますが、お金持ちのイメージというのは よほど悪かったのでしょうね。私自身、豊になることによって より社会の役に立つ自分になれると思っているつもり、経済的繁栄を願っているつもりですが、こころのどこかで お金を儲けるということに対して 罪悪感を感じている自分にも気づいています。ですから 友人知人の経済活動の応援は得意ですが、自分自身の仕事として 何かを売り込むということは とても苦手です。しかし 「豊かさ」とは そんなに悪いものなのでしょうか。鉄鋼王のカーネギーを始めとして 巨万の富を手に入れた方達が 社会に大きな貢献をされているのは 皆さんもご存知だと思いますが、大きな富を持った人は より多くの人を幸せにすることができるような気がします。貧しさを抱きしめて 清く貧しく生きていく道を選ぶか、豊になった自分の姿を思い描いて、心清く 豊な生活をする道を選ぶか……。すべては やはり私たち自身の思いが決めることです。私達1人1人が 豊になることは、決して他の人の富を奪うことではありません。宇宙に満ち溢れている「豊かさ」を手に入れるこころの力、こころの法則を知って 真に豊になりたいですね。 |
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| 1. 18 |
地上の生活は厳しい……
私達が天国から この地上に魂修行の為に生まれてくるという事を信じることができたなら 自分が 今生きている環境や 境遇に対する見方も随分違ってくるのではないかと思います。小さい頃 「天国では 好きな人たちと好きなことをして暮らせるんだって」と 母から聞いて 子どもだった私は「天国にいけば 毎日遊んで暮らせるんだ。そんな世界にいければいいけれど 地獄に落っこちるのは嫌だな」と思ったことを覚えています。大人になった今 天国地獄は 死後の世界のことだけでなく、今生きている自分の心の中にもあるのだということを 感じます。こころが穏やかで 感謝と喜びに満ちた暮らしをしているときは その心は天国に通じているような気がしますし、不安に思うこと、嫌だなぁと思うことが多くて 毎日がつまらない時 そのこころは 天国的とはいえません。「死んだら誰もが仏様になる」という教えもあるようですが、やはり 生前の心境、心の状態が 一番合うところへ 自らの選択によっていくのではないかと思います。人の役に立つことがうれしいと思う人は やはりそうした霊人ばかりが集まる世界へ行くでしょうし、自分の研究を極めたいと思う人は やはりそのような人ばかりの世界にいき、生前の研究を続けるに違いありません。そうしたことをすべて忘れて ゼロからのスタートをしている私達ですから、この地上での生活はなかなか厳しいものがありますが、苦しみ・悲しみ・怒りを昇華することによって こころが磨かれることもありますし、この世で起きることは すべて自分の魂の糧とすることができるのです。どうかそのことを信じてください。そして 現在生きている境遇が 自分に何を教えようとしているのか、そこから何を学べるのかといった観点で見て 自らの課題を見つけ、見事にクリアしていってほしいと思います。いつか還りたい天国を感じながら……。 |
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| 1. 17 |
新しい時代には新しいアイディアで
いつの時代も 世の中は移り変わっていくものですが 最近の移り変わりの激しは 本当にすごいですね。つい 10年ほど前には 大企業の社長さんくらいしかもてなかった携帯電話も いまや主婦から中学生、小学生まで持っていることもあります。ポケベル全盛の時代は あっという間に衰退して 次に携帯電話。今度は写真も送れる新型携帯電話でしょうか。店舗や会社も できてはつぶれ、10年以上同じ場所で 同じことをしているお店等を見ると 「頑張ってるんだなぁ」と 他人事ながらうれしくなります。書店も大きく様変わりしている業種のひとつだと思いますが、最近では 書店の中で本を読むことのできるお店も数多くできてきました。店内で コーヒー等も販売していて それを置くスペース付のテーブルと椅子まで準備されているの見ると、マンガの立ち読みをしていて ハタキなんぞをかけられたことなどを思い出し、これも時代の流れなのかなぁと 不思議な感じがします。ガソリン代は上がったといっても 20年前より安いですし、値段の上がったものよりも むしろ下がった物の方が多いのではないでしょうか。100円ショップが大成功しているのも 時代が生んだ成功事例かもしれません。昔ながらのことをしていては やっていけない時代。昔は良かった。昔はこうしていたなどという 以前の経験を一度リセットし、新しいアイディアを出していくことが 新しい時代を生き抜いていく為に必要なことだと思います。 |
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| 1. 16 |
マイナスの思いをやっつけるのも練習
毎日の暮らしの中で 不安に思うことや 自信をなくすこと、人を悪く思ってしまうといった マイナスの思いが浮かんでくることがあるかと思います。人間というのは どちらかというと プラスの思いよりもマイナスの思いの方にひかれやすいそうでが、マイナスの思いが出てきてしまった時には それ以上のプラスの思いで それを打ち消すことが大切ですね。このように書くと「自分はそんなに簡単にプラスの思いに切り替えることはできない」と思われる人もいるかもしれませんが、これは やはり練習です。悲観的・否定的な思いが出てきたなら なんとかして楽天的・肯定的に考えてみる。どうしても思いつかなければ ポジティブシンキングの持ち主に聞いてみる。その人ならばどう考えるだろうかと想像してみる。そして そのプラスの考え方を信じてみる。といった練習のくり返しが いつのまにか 楽観的・肯定的に考える思考回路を育ててくれるのでしょう。生まれつき プラスにしか物事を考えられない人というのは いないのではないか、多くの人が 自らの努力によって そのように考える習慣を身に付けてきたのではないかと思いますし、それは そのように望み、努力すれば誰にでも可能なことです。自分の将来は 今現在の自分のこころのあり方が決めていきます。幸せな未来を生きるためにも 明るい思いでこころを満たしていきたいですね。 |
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