皆様のご意見を &
でお待ちしています |
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| 8.15 |
幸せの時
キラキラ光る水面を見る時、雄大な景色を眺める時。
木々や草花の自然に 生命の息吹を感じる時。
明るい陽射しの中で、さわやかな風を感じる時。
海に浮かんで 空を一杯に感じる時。
悲しみを乗り越えて、幸せを見つけた人を見る時。
大切な人達が、幸せそうに微笑んでいる時。
頑張っている人の願いがかなった時。
気持ちが通じ合えたと感じる時。
自分が精一杯頑張れた時。
心からの笑顔に出会ったとき。
天使のメッセージ、大いなる愛を感じられた時。
優しい心、あたたかな思いを自分の中に見出せた時。etc.……。
☆「幸せの時」まだまだ たくさんあります。だから いつも幸せ*^o^*
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| 8.14 |
新盆
昨年12月に亡くなった義母の新盆です。本当は お盆の始めに、お迎えに行って 最後にお送りするのが習わしなのだそうですね。お盆の真っ最中に お墓参りをしても お墓は空っぽなのだとか……。亡くなった人がお墓にいるとは どうしても思えない私は、お墓は その人を思い出すための対象として存在するのではないかと思うのですが、本当のところはどうなのでしょうね。
お盆の時には、霊界の門が開くという話を聞いたことがあります。もしそれが本当なら、その機会に 天国の霊人たちが 生きている子孫に 天国の話をしてくれたら どんなにいいかと思います。そうすれば 「死んだら終わり」と言う人も少なくなるでしょうし、どんな生き方をしたら天国に還れるかということを 考える人も増えるのではないかしら。霊界が 心霊写真や 怪談話に出てくるような おどろおどろしい世界ばかりではないこと、むしろそうした暗い世界は ほんの小さな領域なのだということを 皆に教えてくれる機会があるといいなぁと思います。
亡くなった義母が 夢の中で 綺麗な家から 着物を着て出てきて、「幸せだよ」と笑顔で話してくれた時、とても幸せな気持ちがしました。ダンナさんの夢の中にも出てきてくれないかなぁ。そして、言ってほしい。「私は死んでも こうして天国で幸せに生きてるよ」って。 |
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| 8.13 |
ガマン
辛抱強い、ガマン強いというのは 悪いことではないと思うのですが、嫌だなと思うことがあっても 何も言わないでガマンをしてしまうのは 本当にいいことなのでしょうか。たとえば、誰かに言われたことが、自分にとって心外だったり、ショックだったりした時、その場で何も言わないで、それでも、誰かには聞いてほしくて、第三者に話をする人。本当は 相手の真意と自分の受け止め方が違うかもしれないのに、それもわからないまま 自分だけがガマンをしていると思う。これでは いつまでたっても 自分の気持ち知ってもらうことはできませんし、ストレスがたまるだけですね。「自分さえガマンしていれば」という言葉をよく聞きますが、ガマンはいつか爆発します。それに 何の意思表示もしていなければ まわりの人は その人がガマンをしていることにも気付きませんから、突然爆発したら 驚くでしょうね。自分の気持ちを人に伝えるということは難しいことですし、必ずしもわかり合えるとも限りません。時には嫌な思いをしたり、ケンカになったり エネルギーのいることでもあります。でも、その先には 心を開いて交流できる素晴らしい世界があるよう気がします。
「ガマン」をすることで そうした素敵な世界を知るチャンスを逃してしまうのはもったいないですね。 |
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| 8.12 |
みんなそう?みんなやってる?
「みんなそうなんだよ」「みんなやってるよ」という言葉は 自分でもあまり良くないと思っていることをして、それを指摘されたような時に出てくるような気がします。自己弁護だけなら (あなたはそう思いたいのね)ですみますが、「言わないだけで 絶対にみなそうなんだ」と、決めつけられると 「そうねぇ」とは言えず 少し困ります。特に困るのは「浮気」と「ボランティア」の話でしょうか。「男性で浮気をしたことがない人はいない、浮気をしたいと思ったことのない人はいない、ボランティアは人からよく思われたい人がするもので、偽善だ」などと言われると 「それは 貴方に理解できないだけでしょう?」と つい反論してしまいます。世の中には 愛する人と共に生き、浮気など考えたこともない人がいます。私欲の為ではなく 人や社会のために生きることに喜びを感じる人がいます。自分が理解できないからといって そうしたことを否定するのは、自分が素晴らしくなる可能性をも否定していることになるのではないでしょうか。
いろいろな価値観があることは承知していますが、人もしているからなどと 言い訳しなくてはならないことはしたくありませんし、素晴らしい人を見たら その人と同じ高さまで登りたいと思います。同じ景色が見える所まで行けたなら、少しは心境も理解できるのではないかと思うこの頃です。 |
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| 8.11 |
視点
一つの商品を買った人がいたとして……。それを見て「私の分も買ってきて」と迷わず買うがわに立つ人。「作れば安いのに」と 買う人の気持ちがわからないと言う人。どのように作ってあるかを見て、同じように商品化できないかと 販売する側の立場で考える人。全く関心のない人……。同じ物を見ても 感じ方、受け取る情報、考え方が違っていて、とてもおもしろいと思います。特に自分以外の視点を持つ人の話は とても参考になりますね。
商品に限らず、ひとつの物事を 多くの視点から見られる人は 許容範囲が広いというか 多くの人の立場を理解できる人が多くて 魅力的だなぁと思います。さらに、見ることから一歩すすんで それをどのように応用しようかと、想像力と創造力を働かせ 実際に行動に移していけば 発展していけるのではないかと思います。発展の道は無限にあり、その為の情報もあふれています。それを受け取る為の感度の良い受信機となりたいものですね。
自分自身の目でしっかり見ることは大切ですが、自分以外の視点を持ち、多くの人達の視点にも学んでいきたいと思います。 |
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| 8.10 |
甘いわな?
「知り合いに紹介され、ホームページやインターネットを利用した仕事を始めるから 説明会に一緒に行かないか」と職場の女性から 父親が声をかけらけました。資本金は10万円。自宅でできる仕事ということで、その説明会は人数制限があり、受け付けをした後 詳しい話がされるのだとか。会社もやめて その仕事をしようと思っているとのことで、その話と聞いた父親も 少し関心があるようでした。60歳近いというその女性は、インターネットの経験はもちろん、パソコンにも触ったことのない人とのこと。話を聞いただけで、無謀というか とても検討する話ではないと思うのですが、知り合いの紹介、インターネットという言葉に これほど簡単にその気になるものでしょうか。考えてみたら、第二の人生を始めるにあたって 少しくらいの収入はほしいという人には それくらいは出せる金額でもあるし、10万円を出資するということで、最近問題になっている小額資本の悪質なサイドビジネスとは違うという話をするのでしょうね。どんな内容なのか、その女性から話を聞いてみたい気がします。そして それが甘いわなであったなら、知りうる限りの情報をもって その方にもお話をしたいと思っています。甘いわなにかける人、かかる人、共に無くす為に……。 |
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| 8.9 |
臥竜の時代
「臥竜 がりょう」とは眠っている竜という意味から、民間に埋もれている大人物と 辞書には書かれています。ヘレンケラーを支えたサリバン先生のように 一人の為に生きる人、10人、100人、1000人、万人、億人の為に生きる人……。みな尊い人生だと思いますが、多くの人を導かれたお釈迦様や イエス様、江戸時代末期から明治時代の時のように 時代が大きく動く時に活躍された人、人類の幸福に貢献する様々な発明・発見をした人や、芸術家、マザーテレサのように世界中の人の心の支えとなった人達の功績を思う時、その人達が もし御自分の天命に気付かなかったら、世の中はどのようなっていたのだろうと思います。どれほど壮大な人生計画をもち、どれほど大きな使命があって生まれてきたとしても オギャーと生まれた時に その記憶があるわけでも、両親が我が子の天命を知るわけでもなく、皆同じように ゼロからスタートし 学び、悩みながら成長していきます。それだけに その「臥竜の時代」に 自ら学び、磨き、鍛え、その天命を知り、見事に役目を果たされた方には 「よく気付いてくださいました」と心から感謝を奉げたいと思います。その使命の大きさに違いはあっても 自らの天命に生きることができたなら、本当に幸せですね。 |
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| 8.8 |
天国地獄は 心の中に
WOWOWをつけると、また「奇蹟の輝き」が放映されていました。わずか2ケ月くらいの間に何度目にしたことか……。その度に この映画に描かれている死生観、天国・地獄観は どのように受け止められているのかなと思いますが、死んだら終わりだと思っている人にとっては ただの作り話・笑い話になってしまうのでしょうか。天国、地獄については、スゥェーデン・ボルグや その他の霊能者といわれる人達の霊界探訪記などを読んでも、それぞれ違った世界を見ているようですから、霊界というのは広大無辺で 人の数だけ見え方、感じ方があるのかもしれませんね。しかし、死後の世界というよりも、現在の心境が どの世界に通じているかが 生きている私達にとって大切なことなのではないかと思います。天使の心は 天使の世界へ、地獄的な心は やはりそうした心が集まる世界に行くことにるのでしょうね。
「一念三千」心の針は、天国にも地獄界にも振れ 留まることをしりません。しかし、少しでも 善きことを思う時間を長くできるよう努力し、心穏やかに、執着なく、人の幸せを祝福し、自らを生かし、感謝して日々暮らせたなら 心は明るく美しい世界へ通じているのでしょうね。
天国・地獄は私たちの心の中に……。 |
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| 8.7 |
勇気を出して……
人それぞれ 天命は違い、人生計画も違う。ハッキリしているのは、どんな人であっても 自分を生かせる道はあるということ。それを見つけ 勇気を出して進んで行くのは 自分自身だということ。すすむべき道がわからなくなった時、未来がわかればと思う時もあるけれど、結果のわかった勝負は 決して楽しいものではない。わからないということは、努力に応じて 未来を変えることもできるということだと思う。たとえ 失敗しても 必ずそこから生きのぴられる道はある。それを信じて歩いていくしかないのではないか。それが 運命に翻弄されるのではなく、自分で運命を切り拓いていくということだと思う。「どんなことがあっても、頑張りぬくぞ!」そう 決意した瞬間に、共に歩む天使が ニッコリ笑って 自分の傍らに立ってくれるような気がする。あとは 自分自身を信じて 歩くのみ!転んだら、少し休んで 傷が癒えるのを待てばいい。道が違っていたと気づいたら、間違えた場所まで引き返し、信じた道を 自分のスピードで また歩きはじめればいい。
勇気を出して、一歩を踏み出してみよう。自分の人生、自分で生きて、自分で責任をとるんだよ。 |
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| 8.6 |
手紙
最近、家族に手紙を書いたことは ありますか?なかなか口に出せない感謝、心配事……。日頃の生活の中で伝えきれない思いを 時には手紙に託してみるのも良いかもしれません。
友人が「妻の心得」という研修をうけ 二日間 夫のことを考え続けた後、最後に手紙を書きました。出会った頃のこと、二日間で気づいた夫の素晴らしさや 自分のいたらなさ……。忘れかけていた夫への愛情を思い出し、幸せな時間の中で 自分の心の中を正直に書き綴ったそうです。思いがけず「帰ったらご主人に渡してくださいね」と言われ、勇気を出して夫に渡すと、しばらくの間 とても機嫌が良い日が続いたそうですよ。結婚後初めての妻からのラブレター。言葉にはださなくても きっとうれしかったのでしょうね。素敵なご夫婦だなと思います。
昔、心の中にある思いを 誰かに聞いてほしくて 手紙を書いたことがあります。書いているうちに気持ちが落ち着き、投函しても心配をかけるだけだと思い直し、机の引出しにしまいました。10年ほどたった時に それを読み返し、投函しなくて良かったと、懐かしく思い出したものです。
宛名のない手紙も 自分の心を静かに受け止めてくれます。時には 未来の自分自身にあてて 書いてみるのもいいかもしれません。今すべきことが見えてくるような気がします。 |
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| 8.5 |
服装と人間性 (8.6記)
外見で人を判断してはいけないとは思っていますし、外見だけで どんな人間であるかを判断するのは 無茶な話だと思います。しかし、外見から見えてくることも たくさんあるわけで、特に、初対面の人や それほど親しくない間柄であれば、服装や持ち物等 外見から得られる情報だけで 判断するしか術がありませんね。「たかが服装、されど服装」です。
制服や スーツ、仕事着を着ていると 社会人として きちんと責任が果たせているような印象を受けて安心するのに、海岸沿いを歩くような洋服や 遊び着のような服を着て通勤している姿を見ると、一体どんな生活をしているんだろうと 心配になります。(我が家の子供達のことです(^^;)
)どちらも 同じ人間なのに、おかしなことですね。こうして 服装に対するイメージが 先入観となっている自分に気づくと、外見で 人間性まではかろうとすることの 愚かしさに気づきます。個性がないからと 不人気の制服も、先入観なく 能力を評価できるという点では 良いのかもしれませんね。
ひとつの価値観が現われる服装。親子で好みが一致するというのは いつの時代も 難しいことなのでしょう。でも、「服装に現われる己の姿もある」ということは 伝えておきたいと思います。自立したはずの子供達に……。 |
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| 8.4 |
あなたは なぜ この世に生まれてきたのですか? (8.6記)
「私は何をする為に生まれてきたのだろう。私は何をすればいいのか。夢の中ででも教えてほしい」と真剣に願ったことがあります。しかし、求めて得られる答えではなく、やはり わからない中で どう生きていくかが大切なのではないか。自分が一番心惹かれること、自分を一番生かせること、今できることを 精一杯していくことが 道を拓くのではないかと思ってきました。しかし 「自分の使命を知りたい」と強く願っていると そのように導かれるのですね。地道なことですが、答えをひとつ見つけました。「あなたは なぜこの世に生まれてきたのですか?」その言葉を口にしたとき時、今の時代だからこそ生まれてきたかったという思いがこみ上げ 喜びと涙があふれ、驚きました。
私達は 自らの意志で 時代を、地域を、環境を選び、自身の人生計画をもち、大いなる決意をして この世に生まれてきました。それは かけがえのない魂修行のチャンスであり、その為に必要なものも 全て与えられています。どうか 一人でも多くの方が そのことに気づき、自分の人生を 自らの意思で 力強く歩んでいけますように。 |
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| 8.3 |
完璧な人はいない
昨日の Cross my mind を読み返し、心が波立つこと・人とぶつかることが多かった昔を思い出しました。今は 心が揺れることも少なく 内からあふれるエネルギーに 生かされていることを感謝する毎日。同じように 元気に幸せに暮らしているつもりでも 心の状態が違うだけで こんなにも幸福感が違うのだと 改めて「心の大切さ」を実感しています。
意地を張っては後悔し、負けず嫌いの上、人の評価が気になって 自分の思いを素直に出せず、リーダーであらねばならぬという思いから、中心からはずされることへの不安を感じる……。なんとも しんどい性格をしていた私ですが 「完璧な人間はいない。人は 少しずつでも 成長していけばいいのではないか」ということに気づいたら 一気に肩の力が抜けました。どんな自分であっても、成長途中なのだからそれでいい。評価が低いのは それが今の自分のレベルだと教えてくれるのだ。理想像という目標に向かって 方向さえ間違わないで少しずつでも努力していけば いつかは そこに近づけるのではないか。そう考えたら 自分の欠点や 嫌いな部分は 自分が成長するための課題、宝物のように思えてきました。そして今、「欠点もたくさんあるけれど、今の自分が好き。」といえるまでになりました。これから先も ずっと 自分を好きでいたいと思います。 |
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| 8.2 |
成長
身体の成長は成人する頃までに止まりますが、心はいつまでも成長し続けることができると思います。またそう思えること自体が とても幸せなことだと思います。以前の私は……。
人の評価が気になり、負けることが大嫌い。自分がいないところで ことが運ぶのが嫌で、いつも中心で関わっていないと気がすみませんでした。意地っ張りで 自分の思いを素直に表現することができず、人に言った言葉には鈍感なのに、自分が言われたささいな言葉は いつまでも心にトゲとなってささる。優秀な人、幸運な人、屈託のない明るい人を見ると 嫉妬の思いが影を作り 心から祝福することができませんでした。そんな自分の性格が嫌で よく自己嫌悪に陥ったものです。しかし、「自己嫌悪」というのは、きちんと向き合ってみると 自分の理想像を教えてくれているのですね。それを知ってから 嫌いな自分から好きな自分へと 少しずつ変わることができました。
どんな自分も そのままでいいんだよと まず認めてあげてほしいと思います。その上で、本当はどうなりたいのかという 自分の心が描いている理想像を知ることができたなら、その自分に向かって努力を重ねていくことが大切だと思います。自分が成長している、魂が向上していると感じられるほど うれしいことはありません。今のままの自分でいいのか、理想とする自分になりたいのか。それを決めるのは私達自身。命つきる日まで 成長し続けていけたらいいなと思います。 |
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| 8.1 |
自分にあった職場探し
不況が続き、転職もままならない状況が続いているようですが、どうしても 職場が合わない時には 勇気を出して転職するのも良いのではないかと思います。人間関係の難しさは どこにいっても 多少はあるでしょうし、その中で鍛えられ 成長することもできますから、ある程度の辛抱は必要かもしれません。しかし、会社の方針や、その職種が どうしても合わない場合に、自分を誤魔化しながら働き続けることは 自分にとっても 会社にとってもマイナスではないかと思います。
知り合いの28歳の男性は 高給に惹かれて いろいろなセールスの仕事をしていたのですが、どうしても長く続かず 転職を繰り返し、とうとうアルバイト先も見つからないで 3ケ月間 無収入。奥さんと二人 天井を眺めて暮らしていました。その後、以前から希望していた職人見習いとして就職し、その真面目な働きぶりが 社長に認められて、わずか4年で中古の家を購入しました。子どもも二人生まれ 今は 自分の家族を守っているという自信が感じられます。慣れないうちは 親方に叱られ、肉体的にも大変な仕事で やめようと思ったこともあると思います。しかし、良い仕事をしようという社長の元 どこに出ても恥ずかしくない技術を身に付け、今では立派な職人さん。それがまた彼の自信にも繋がっているのでしょう。
自分に合った職場で 楽しんで仕事をし、社会に貢献できるといいですね。 |
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