皆様のご意見を & でお待ちしています |
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| 5. 31 |
太陽の下に 出てきてね
とてもお天気の良い日に、カーテンをした家の中で ゲームをしている知人がいます。夜になると 近くのお鮨屋さんで閉店まで騒ぐ日々。一人暮らしで腕のいい職人さん。請負単価がどんどん下がってきて、「こんな値段じゃできない」と それまでお世話になっていた会社の仕事を断ったら 日に日に仕事が少なくなり、5月はほとんど仕事がなかった。やっと入ってきた仕事も 何かが気に入らなくて蹴ってしまい、またまたあぶれて……。「自分でも馬鹿なことをしているとわかってる。でも、意地があるしなぁ」彼は、成功法則や 幸せになるための方法なんてことが書いてある本は大嫌い。自分は自分。我を通すんだ!って。人の失敗がおもしろく、人も皆そうだと思っているから 笑われるのが嫌で 新しく何かをはじめることもなかなかできない。そして一日中 暗い部屋の中。
一緒にいて話をしていると、「そんなことないよ。思い違いだよ〜」と思うことがいっぱい。「このままじゃいけないよなぁ」と言いながら、どこか 今のままの生活を変えたくない。何よりも自分を変えたくないと思っているかのように、彼は自分の説を絶対に曲げない。でもねぇ、自分の心が 外に出よう!生活を変えよう!と思わなければ、何も変わらないんだよ。太陽の光は誰の下にも平等に降り注いでいる。それなのに、カーテンを閉めて 暗い部屋にこもって、「俺には太陽は照ってない」って なんか変だよ。太陽の下に出てきてね。待ってるからさ。 |
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| 5. 30 |
あれで良かったのかなぁ
夜7時半頃、夫と車で帰宅すると、見知らぬおじいちゃんが 息子が売りにもっていくために置いてある「銅管」を 自転車の後ろにつんだ大きなカゴに入れている。びっくりして「すみませんが、それは 息子のものなんです。」そう声をかけると、 その人は 何も言わないで 手にしていた銅管を元の場所に置き、自転車のカゴを縛り始めた。その中にはしっかり銅管が……。「そちらは 持っていかれるんですか?」私はそう言ったが 黙々と縛っている。(お金になることを知って 黙って持っていくのは 良くないよなぁ。それを見過ごすのも罪を犯させているのと同じじゃないのかな。また同じことをしてもらっても困るし……。)いろいろなことが 頭の中に思い浮かんだ。どうしよう。
夫が「それをもっていってもらっては困る」と言うと その人はしぶしぶ つんであった銅管をもとの場所に戻した。でも あげたいような気もして 息子の携帯に電話をしてみた。「知らないおじさんが 銅管を持っていこうとしているんだけど。」「ほしいって言うのなら あげれば」その言葉を聞いて、夫がそれを伝えた。そのおじいさんは うれしそうに そこにあった銅管をまたカゴに入れ始めた。どれだけの量で いくらあったのかわからない。全部持っていったのか そうでないのかも。それよりも、高齢の知らない人が あのように 黙って人の駐車場から、お金になるものを持っていこうとしていたというのが なんだか とても悲しい気がした。私達の対応はあれで良かったのだろうか。 |
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| 5. 29 |
太陽が昇る時 魔は競い立つ
世紀末と言われる今年、私が知っている限りでは 一番凶悪な犯罪が多発しているのではないかと思います。日本だけではなく、まるで闇に包まれているかのように 世界中のあちこちで 今まで考えられなかったような事件が おきています。これは 一体どういうことなのでしょうか。
昔「ソドムとゴモラ」という映画を見ました。旧約聖書の中のお話のひとつですが、人々の心が 偶像崇拝、金拝主義に傾き、己の欲望のままに生きる人が多くなってきた時、その悪想念に巣食う魔が さらに人の心を混乱させ、わずか一日にして町が滅びたという話です。同じような理由で、ムー大陸や アトランティス大陸も海に沈んだという話も読みました。中学生の頃のことですが、そうした誘惑に負けないで、心清く生きようとした人達も多くいたはずなのに、町が滅びたというのは、とてもショックでした。現代も そうしたことを予兆させるような時代だと感じます。でも、こんな時こそ 私達は負けてはならない。伝説かもしれないけれど、アトランティスやムーの悲劇を繰り返してはならないという声が 聞こえてくるような気がします。このように 魔が競いたつのは 現在が「太陽の昇る時代」であり、その太陽が昇るのを彼らが恐れているからかもしれません。太陽が昇りきったなら 魔は光の中に消え、存在できなくなりますから……。
私達自身は、光と闇の中 どちらを歩いていきますか?と選択を迫られているような気がします。 |
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| 5. 28 |
光明思想と智恵
「全てのことは、良くなるしかない」と 物事の明るい部分だけを 見ていこうとする「光明思想」があります。丁度水が半分入ったコップを見て、「水が半分しかない」と嘆く人は 物事を悲観的に捉えてしまう傾向のある人、「まだ 半分あるじゃない」と思える人が 楽観的に捉えることのできる光明思想の持ち主だともいえます。
これは どんな時にも 勇気が出てくる「希望の原理」であり、実際に、そうして明るい思いをもち、プラスに考えていくことで 環境や事態が良くなっていく事は たくさんあります。個人における 心のもち方としては最高だと 私自身も思っています。しかし、この光明思想も 現実を無視して、ただ能天気に明るい部分だけを見ていたなら、失敗という落とし穴があるということも知らなくてはなりません。どんなことも 現状を正しく認識し、問題点を見つけることのできる「目・智恵」は必要です。正しく認識したときに、「もうダメだ」と絶望的になるのではなく、智恵を絞って解決方法を考え、選択し、光明思想を使って 現状の打開に努力していく……。
光明思想を生かしていくには 智恵も必要であるということを 忘れないようにしたいと思います。 |
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| 5. 27 |
希望の灯 5.28記
自分の将来、未来を明るく描くことができますか?いつか こうなりたい、こうしたいという理想が 心の中にありますか?その理想をかなえることができるという 希望はありますか?
日々の暮らしが 色あせて、つまらなく感じる時、生きていることさえ 辛くなってしまうときは この希望の灯が 心の中から消えているときだと思います。余命いくばくもないと宣告された人も、希望の灯がともったなら、医師が驚くほどの奇蹟の回復をするというのも よくある話です。希望は 私達に生きる勇気を与えてくれます。
自分の周りを見、現在の状態を考えれば考えるほど 希望のかけらさえも見つからないという人がいたとしたら……。その人は 自分の本当の素晴らしさ、眠れる力を知らない、自分の中に 磨けば輝く ダイヤモンドの原石があることを知らないのだと思います。私達は 皆 一人一人に かけがえのない個性が与えられています。その個性を 見事に輝かせ、社会に貢献し、自らも そして 他の人をも幸せにしていくために 生まれてきたのだということをどうか思い出してください。その為に 努力し続けていったなら 道は必ず開け、絶望的な状況になることはありません。もし、自分が思う結果と違っても、一見失敗と見られる結果になったとしても、その状況を謙虚に受け止めて、その中から 学びを得たならば、より大きな成功がつかめるはずです。どんな時も、決して希望の灯を消すことなく、大いなる理想に向かって 日々歩み続けていきたいと思います。 |
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| 5. 26 |
大人になってもね
昔 大人は、どんなことも知っていて、どんな問題も解決できるスーパーマンなのだと信じていて、大人っていいなぁ。早くなりたいなぁと思っていました。でも 中学生の頃には 大人でも、知らないことがあると気づき、むしろ 大人になると、いいたいことも我慢して、人に合わせて生きていかなくてはならないのではないかと 大人になりたくないと思いはじめました。先生や 親のことが なんとなく嫌いになったのもその頃です。それでも、嫌でも何でも 大人と言われる年齢になり……。
自分が未熟であることを日々実感しながら 生きています。大人としての責任は 大変だけれど、その責任に見合うだけの 自由もある。素敵な出会いもある。今は 大人であること、そして 自分の年齢があり難い。そして、思うのは、完璧な人間、悩みのない人間というのは この世には一人としていなくて、誰もが 自分が抱えている問題をどうやって解決しようかと 頭を抱えながら 一生懸命生きているんだなぁということ。大人でも 悲しいことはあるし、傷つくことも、腹を立てることもある。少しは 子どもより知識があったり、経験がある分 問題解決の方法を たくさん知っていることもあるけれど どうしていいかわからないで 悩むこともある。大人だから 子どもだからと関係なく 心を開いて話せたらどんなにいいだろう。神様から見たら みんな一緒の子どもなんだから。 |
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| 5. 25 |
想像してみてください
あなたは、天国で 自分の心の波長と合う人達と、好きなことをして 何の不安もなく、心穏やかに幸せな毎日を過ごしています。自分がしたいと思ったことは、念いの力で 全て実現し、会いたいと思う人にも 思った瞬間にテレポーテーションして会うことができます。でも、100年200年とたつと、そうした暮らしの中では物足りないものを感じ始めます。心穏やかではあるけれど、嫌いな人はいないし、辛いこともないし、自分の魂が向上するという喜びは あまり味わえないからです。そっと下を見てみます。地球のあちこちで いろいろな文明が発達し、自分が生きていた頃とは まったく違う環境が そこに展開していて とてもおもしろそうです。
「今度はあそこに生まれて、こんな仕事をしたいなぁ」そう思った貴方は、親子の約束をし、夫婦の約束をし、自分の人生計画を 役所に提出して それが認められると この世に出てくるための準備が始まります。しかし、生まれるということは 自分が霊的存在で 天国で暮らしていたことも、どんな人生計画をたてていたかということも、何もかも忘れて、ゼロからのスタートをするということ。ひょっとして、そうしたことにまったく気づかないで、地球上の快楽に溺れ、自分の使命に気づかないまま 生きていたら、二度と同じ天国には還れないかもしれない。そうした危険もあるのです。でも、その危険を冒してまでも 出てくる魅力が あるんですね。玉石混交の地上では、厳しい修行が待っていて 魂の向上の度合いが 格段に違いますから。それまで住んでいた村では「この村(天国)に還ってこれるよう 頑張って来い」と言ってお別れをしてくれました。おぎゃぁ〜。*^o^*
もし、私達がこうして、天国から生まれてきた存在だとして……。天国に還れると思いますか? |
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| 5. 24 |
偽者の自分 5.25記
昨日「一分でも早く あの世に行きたい」という人と話をしました。体調は悪いし、人間は悪いことばかり考えているし、誰も信じられないし、生きていても仕方がないと言います。人とも付き合いたくないし、何の希望も夢もないから、早く死にたいのに、自分で死ぬ勇気もない 小心者だと。「いまのままの心境で あの世にいって 楽になれると思いますか?」と尋ねられると、「死んだら終わり。煙になるだけだ」「終わりでなかったら どうしますか?」「……。」
私は、この人が 人のよさどころか、自分の中の素晴らしいところも見出せなくて、自己卑下ばかりしているのが とても悲しく思いました。「謙遜の美徳」と言う言葉があるけれど、自分のよさを自分で認めてあげることは とても大切なことだと思います。まず自分の中に 素晴らしい心があることを知ってくれるといいなぁと思い、その人と 守護霊様と 心を通わせることのできる女性とのお話を 聞いていました。すると……。
最初は「人の言うことなんて絶対に聞くものか」と すごい顔で にらみつけていた
その人の顔が だんだん穏やかになっていって、最後には 笑顔が
でてきたのです。 やっと その人自身が出てきたんだなぁと思ったら、とてもうれしかったのと同時に、偽者の自分の思いに振り回されることの 恐ろしさも感じました。
ほんとうの自分とは、天使の心をもった自分です。人の幸せを祝福できる自分。悪いことを思ったり してしまったら、反省のできる自分です。でも……。周りの人も 自分のことも悪く見えてしまう時、反省ができないで、常に相手が悪いと思ってしまうような時は、偽者の自分に 支配されているということに気づいてほしい、そうした事を知ってほしいと思います。私も気をつけねば……。 |
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| 5. 23 |
ほんとうの自分をさがして
書店には 様々な自己実現の書籍が並び、恋愛を成功させる方法や 仕事で成功する方法、お金持ちになる方法などが 書かれています。そのどれもが、その夢がかなったときの自分を思い続け、求めるものを手に入れる方法を 教えてくれるものです。しかし、いくら使い切れないほどのお金を得たとしても、大きな家や、高級車をもったとしても、これさえ手に入れば幸せになれると思っていた人は、その願いがかなっても 心のどこかに、満たされない思いがあることに気づくことでしょう。私達が 本当に幸せだと感じるときは、こうした お金や、物、地位、名誉、人の賞賛を受けたときではなく、人を思う優しい気持ちに気づいたときや、他人のお役に立てて うれしいと喜んでいる時、正直に生きられたとき、今まで知らなかったことを知ることができた時……。自分の中に そうした 砂金のようにキラリと光るものを見つけたときではないでしょうか。
あれもこれもと、欲しいものはたくさんあって、お金の心配をしないでいいようになりたいとも思う。時には、人に嫉妬したり、怒ったりと 自己嫌悪したくなるときもあるかもしれません。それでも、そんな自分の心と向き合いながら、ほんとうの自分をどれだけ見つけ、輝かせていけるか……。それが ほんとうの自己実現なのではないかと思うこの頃です。
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| 5. 22 |
主役は貴方自身
昨日 NHKの「課外授業」で ジャズシンガー 綾戸 智絵さんを見て 二人で ゴスペルをはじめようかぁなどと お気楽な会話をして その気になっている単純夫婦です(^^ゞ
綾戸さんは 40歳でデビューという異例の遅咲きシンガー。子どもを連れて離婚し、アメリカから日本に帰ってきて いろいろな仕事をしながら 子育てをしていた彼女に CDデビューをすすめてくれた人がいて、あっというまに大人気。今では日本全国をまわって 皆にパワーを分けてくれています。わずか3年前とはまったく違った生活に 一番驚いているのは 彼女自身かもしれません。人って 一生懸命生きていたなら、いつかこうして 大きな花を咲かせることができるんだよと教えてくれているようだなぁと思います。
彼女の今までの人生を知ると、大変だっただろうなぁ!自分だったら 乗り越えられたかしら?と思うことも多いのですが、彼女本人は きっと その時その時を 楽しんで 一生懸命生きてきたのだろうなぁという気がします。彼女だからこそ演じきることのできるステージが 用意されていたんだと 信じることができます。30年前に卒業した母校で 子ども達に ハートで聴き、ハートで歌おうと 教えていた彼女は 本当に楽しそうで、子ども達も 見違えるように元気になりました。
「みんな ひとりひとり違っていいんだよ。違って当たり前なんだよ」彼女の言葉が胸に残ります。親や先生、世間の評価を気にして、自分がわからなくなっている 人達に伝えたいなぁと思いました。
『貴方は貴方のままでいい。貴方の人生の主役は 貴方自身だよ』って。 |
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| 5. 21 |
失敗を恐れないで
世の中には 完璧を求めている人が 結構多いんだなぁと思うことがよくあります。80点ならバン万歳!と思っている私には、完全であることを求め、失敗を恐れて 一歩を踏み出せないでいる人が、とてももったいないことをしているように見えます。世の中に失敗をしたことのない人は 多分いないし、人生の選択に 「正解」というのも ないのではないでしょうか。確かに 回り道や近道というのはあると思うけれど、回り道をしたって その道中を楽しめればいいのではないか、生命尽きるときに、「いい人生だった」と言えるのなら それが一番幸せなのではないかと 思います。
選択肢がいろいろあって、どの道を選んだらいいのかと迷うこともありますが、この道以外はダメということは ほとんどなくて、どの道を選んだとしても、自分次第で後悔のない生き方はできると思います。失敗という体験からしか 得られない宝物もあります。
完璧な人はいない。失敗をしたら そこから何かを学べばいい。よ〜く考えて自分で決断し、「今は この道を歩むのがベストだ」と信じて歩きつづけること。間違っていたと気づいたなら、反省し、時には勇気を出して 引き返したり、より良い道へと方向転換すること。そんなことを胸に、これからも 生きていけたらいいなぁと思います。 |
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| 5. 20 |
テレビの影響
今では一家に一台どころか 一部屋に一台という家もあるテレビ。テレビが一般家庭で見られるようになったのは 何年くらい前からなのでしょう。放送時間がどんどん長くなり、今では夜中中おきていても テレビを見て過ごすこともできます。世界の裏側の事件まで テレビを通して知ることができます。いろいろなことを 「知る」というのは とても良いことだと思いますけれど、一方で知らなくても良いことまで教えてくれるのが テレビなのかもしれないと思うこの頃です。
毎日のように、殺人事件を扱ったドラマが放送され、いろいろな殺人や 誘拐の方法、人を脅す、虐待する、暴行するといった 悪の限りを教えています。私達大人はそうしたものを見ても これは架空のことであり、してはいけないことだと知っています。皆そのように思ってみていると安心していますが、最近 私達大人が思っている以上に このテレビの悪影響が あるのではないかと思います。良い番組が多いことも知っています。しかし、それ以上に ひどい番組も多いような気がしています。その上、不祥事が頻繁に起こり、エリートといわれる人達が 嘘を重ね、謝罪し、往生際の悪いという現実まで見せています。それを子ども達は みな 見て知っているのですね。
年齢によっては 知らなくても良いことというのも 世の中にはたくさんあります。大人であっても、自分の心の良いところが目覚めていくような番組と そうではないものがあります。どんな番組を選択していくか……。テレビの影響について もう少し考えても良いのではないでしょうか |
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| 5. 19 |
言葉の力
新聞で 「そうじのおばちゃんは名医」という おもしろい話を読みました。入院中に、医者から「顔色が悪い」とか、「この薬を飲まないと症状が悪くなるよ」とか、マイナスの言葉ばかりを言われて 病気がひどくなりそうな気がしていた時、掃除のおばちゃんが かけてくれる明るい言葉が どんなに元気をくれたかということでした。「おはよう。今日も元気そうだねぇ」「顔色がいいよ」「随分よくなって、もうすぐ退院だね」 何気ない言葉。医学的には無責任な言葉かもしれないけれど、それが どんなにうれしくて、パワーをくれたかというお話でした。
こうしたことは 本当によくあることだと思います。元気、元気と言っている人は どんどん元気になっていくし、そうした人は 少々調子が悪くても 「ゆっくり休めば治る」とか、「薬も飲んだし もう大丈夫」なんて口に出しながら 自分で治してしまうような気がします。反対に「今日は体調が良さそうね」と言われて「そんなことないのよ。頭も痛いし、胃も痛くて……。」と 自然に答えてしまうような習慣がついている人は、自分で病気を作り出してしまっているのかもしれませんね。
子ども達にも、家族にも、そして 自分自身にも 良い言葉をかけてあげましょう。プラスの言葉が 言えないのであれば せめてマイナスの言葉を口に出すことは やめてみましょう。きっと 自分も 自分の周りも変わってきます。言葉の力を 実感してくださいね。 |
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| 5. 18 |
真意
自分の行為が 自分の意図したところと違って相手に伝わってしまうのは 辛いですね。多くの場合は、そのように受け止められていることさえ 知らされないので、「知らぬが仏」で 心乱れることも少ないのですが、何かのきっかけで それを知ると、悲しくなることがあります。それが 身近で親しい人の場合、特にガックリ!「そうかぁ、そんな風に思われていたのか……。」つい 本当はね と言い訳したくなりますが、伝え方が悪かったのかなとか、自分も誤解していることがあるかもしれないから、仕方がないのかなと思ったりします。
よく、『あの人ったら こんなことしたのよ、言ったのよ』などと 憤慨している人を見かけますが、それは そう言っている人が そう感じたということであり、本人の意図したところと違う場合もあるのだろうなぁと思います。こうした誤解が こじれの元になっていることも 多いのではないでしょうか。
同じことを体験しても、トラブルになる人と、より良い状況を作れる人がいます。善意に受ける人と、悪意に受ける人がいます。できれば、納得がいかない、おかしいと思うことは 直接尋ねてみて、相手に 言い訳?をするチャンスを作って上げることが より良いコミュニケーションのための 秘訣かもしれないと思いました。
「真意」 それが自分の良心に恥じないものであるならば 時には正しく伝わらなくても、良しとしよう。人の真意はわからないのだから、悪意に受け止めるのはやめよう。改めて 心に決めました。 |
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| 5. 17 |
思春期の頃
今は自立して、いろいろな意味で 随分自然体になってきたなぁと思う息子ですが、中学2年くらいから、だんだん親と話をしなくなり、何かを尋ねても うるさそうにするだけで、食事も、自室で一人でとったり、友達と外食をする時期もありました。毎日がつまらなそうで、わけもなく いらだち、「ムカつく」という言葉を連発し、親とのコミュニケーションをとる気もないように見えていた時期が 高校2年くらいまで 続きました。このままいったら この子はどうなっちゃうんだろうって 不安になったこともあります。でも、思いの力は現実を引き寄せますから、私は 決して 不安を抱かず、子どもを心から信じ、良いところ、素晴らしいところを発見するように努めました。時には 息子の友達の親と お茶を飲みながら、お互いの子どもの様子を話したりしましたが、家とは違う子どもの様子を知ることができて、ほっとすることも多くありました。
中学、高校という頃には 喫煙という問題行動も出てきます。外で吸うよりいいからと 自宅での喫煙を認める 一見物分りの良い親?もいますが、子ども達はそうしたことを通しても、親の価値観、人生観を 冷静に観察しているということを 知っていてほしいと思います。
「自分が夜遅く帰っても、外食をしても 外泊しても親は何も言わない」とポツンとつぶやいた子の 淋しそうな横顔が忘れられません。どんな時も、信頼して、決して逃げることなく、子ども達を 正面から受け止めてほしいと思います。
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| 5. 16 |
お店の看板、会社の看板
先日、あるお店で 閉店間際に出かけていったら、営業時間中にもかかわらず、商品を片付けられてしまい、声もかけてもらえなかったという話を聞きました。一瞬 迷ったのですが、私がオーナーなら 知らせてほしいと思いましたし、お店の評判がよくなることは、結果 そのお店で働く人のためにもなると、勇気を出して そのお店のオーナーにお伝えしたところ、「実は、そのことをいくら話してもわかってもらえなかったので 丁度良かった」とお電話をいただき、ほっとしました。
こんな時、いつも思うのは 会社でもお店でも、そこに勤めるひとりひとりが お店の代表であり、看板であるということです。「自分は事務職で、直接営業をするわけではないし、頑張ったところで給料が上がるわけではない」などと言う人もいるかもしれませんが、それは 大きな間違いです。夫の会社は内装工事をしていて、外注で職人さんにも仕事をお願いするのですが、やはり 手配した職人さんによって 受注工事が増えたり減ったりします。
自分が 誠意をもって より良い仕事をすることが、会社の発展に繋がり、それが また自分の所に循環してくるということ。どんな職種であれ、立場であれ、自分は会社の看板であるという意識をもって 仕事をしていきたい、していってほしいと思います。 |
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