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3.7(日曜日)
快眠活魚で流通革命!?
おもしろいものを見ました。ナント魚に針をうって快適に眠らせたまま輸送するという『快眠活魚』。企業秘密ということで どこに刺すのかは見せてもらえませんでしたが、針をうつと魚は 口もパクパク、エラも動いているのに死んだようにじっとしている。それを発砲スチロールの箱に少しの水と一緒にいれて運ぶ。とてもお金がかかった活魚の輸送が 冷凍魚と同じ価格で運べてしまうこの方法は まさに「目からウロコ」。お店側は安価で活魚が手に入り、お客様も喜ぶ・・・。今まで水槽をつんだ車の開発や、生かしたまま輸送するための工夫といったハード面ばかりを考えていたのに、魚を眠らせてしまうという。これってスゴイ発想の転換ですよね。2000匹の魚に針をうって研究したというこの人達は、今度はさらに簡単に、そして眠らせる時間を調節できる方法も考え出している。あっという間に動かなくなって、水槽に入れたら泳ぎ出した魚。まるで魔法を見ているようだった。世の中には こうした発想の転換で、もっと価格が下がったり、便利になることってたくさんあるのだろうなぁと 何だか嬉しくなったのだけれど、今まで水槽付きの車で活魚を運んでいた人達にとっては 大変なことなのだと気付いたら少し気持ちがしぼんでしまった。う〜ん、難しい!
3.8(月曜日)
井深 大さんの『心を育てる』
番組「知ってるつもり」でソニーの創業者「井深 大」さんの一生を少しだけ垣間見ることができた。井深さんが早期教育を推奨されていることは知っていたし、御著書も読ませていただいたこともあったのだけれど、井深さんの娘さんが知的障害を持っていて、井深さんが障害者を生かすための 職場の提供や、様々な活動をしておられたことは知らなかった。「人はそれぞれの立場で自分の責任をまっとうしなくてはならない」花は花の責任を果たしているのだ・・・。井深さんは、障害者が自分の能力を生かして、健常者と共に働き、生活をしていける場を提供することで本当に障害者が生きていける道を作ろうとしていたと思う。井深さんは素晴らしい人だったけれど、この娘さんの存在によって、さらに魂が磨かれ、その一生を輝かしいものにしたのだと思わざるを得ません。井深さんは大学紛争・少年の非行化といったことに心を痛められ、知的教育に偏りすぎた悪い影響が出ているのだと、心の教育がいかに大切かを訴え続けた人でもあります。「まず心を育ててください。そうすれば知的能力は後から自然についてくるものです」『全ては心からはじまる』私達は 自分の心を育て続けると同時に 生まれてくる命に対して、一番大切なことは「心を育てることだ」ということを忘れてはならないと思います。
3.9(火曜日)
結果平等不公平
私が子供の頃、運動会では背丈順にグループを分けてかけっこをした。特に足の速い子は選ばれて 運動会の最後を飾るリレーの選手として活躍した。日頃 授業中おとなしい腕白坊主も 「この日は俺の出番」とばかりにハリキッテ輝いていた。もちろんその蔭には 運動会の日は一年で一番いやだったと言う子もいたらしい。しかし、足が速い遅いだけで 人間の価値が決まるわけではなく、それはたくさんある能力のひとつなのだということさえ教えてあげれば いいのではないのだろうか。誰だったかは忘れてしまったけれど ある女優さんも足がとっても遅くて はじめての運動会、はりきって走ったのに結果はビリ。悲しくて泣く彼女にお母さんは「誰かはビリになっちゃうの。でも貴方は貴方。他にいっぱい良いところあるじゃない」と言ったそうです。それからその女優さんは「私はかけっこは遅いけれど それでもいいんだわ」と安心して運動会は嫌いではなかったと笑いました。これってとてもステキな話だと思います。今は順番をつけてはいけないと かけっこをする時にはゴール前で皆を待って一緒にゴールをしましょうとか、同じ位の速さの子でかけっこをさせて、あまり差が出ないようにするとか なんだかおかしなことになっています。人間は様々な能力・長所を持っているわけで 運動会やテストの順位だけで人間の価値が決まるかのようにおかしな配慮をすることの方が問題だと思います。「人間はみんな平等なのだから 頑張った人も そうでない人も 同じ評価しましょう」という結果平等は実はとっても不公平なのです。「権利については平等、評価はあくまでも公平に」という社会になってほしいとつくづく思います。
3.10(水曜日)
300円で荷物の配達
どこかのスーパーが お買い物をしてくれたお客さんの荷物を300円で自宅まで届けるというサービスを始めた。まだテスト期間というこのサービスは もともと高齢者を対象にはじめたのに、フタを開けたら 30代の男女を中心に利用者がとても多く、予想外の好評さに他の店舗でも導入を予定しているとのことだった。もっと良かったのは、配達をしてもらえるということで、お客さんが一度に購入する金額が普段の2〜3倍になったということ。売上は伸び、お客さんは喜び、社員の仕事も増える。こうした顧客を中心に考えたサービスは、会社をも発展させる素晴らしいものなのだなぁと感心してしまった。現在リストラと称して 会社は人員を減らすことばかり考えているけれど、やめさせられた人達は一体どうすればいいのか。国も会社も、新しい雇用の場を考えなくてはならない時期がきていると思う。このスーパーのように新たな雇用の場を生むような 新しいサービスをどんどん考え出していってほしい。
政治家及び経営陣等 国のリーダーと呼ばれる方々へのお願いです。
3.11(木曜日)
自己破産急増は構造が悪い???
10年前に9千人程だった自己破産者が昨年は10万人を超えたとのこと。不況でリストラされてやむなく・・・という人達もいるけれど、ショッピングやギャンブルといった遊興費に使ってという人の数もまた相変わらず多い。「不況のせいもありますが、これは構造が悪いですね。大手でも27%という金利を引き下げるべきです」という話でしたが、本当にそうでしょぅか?『高利のお金は借りない』これは昔も今もいわれている当たり前のことです。金融業者の方にはお叱りを受けるかもしれませんが、高利のお金はどんなもので、それを借りるとどんなことになるかを教育の一環として小さい頃から教えるべきではないでしょうか?借りるという行為は自己責任においてすることであり、借りた結果自己破産をしたから 構造が悪いというのはおかしな論理だと思うのです。国は事業資金といった本当に必要なお金は、融資を受けられる制度を徹底させ、生活費を高利のお金で借りなくても良いように雇用の促進他正しい方向での税金の使い道を考える。悪いことをシステムや構造のせいにするのではなく、きちんとした知識を与えた上で、「自己責任でおやりなさいね」という姿勢が大切だと思います。
3.12(金曜日)
”能天気”な親と言われ安心 瑞浪市 井戸みい子 主婦45歳
息子が高校を卒業した。娘を出産してから22年余り。子育てが終わったと思う今、子供たちに「お母さんの子でよかった」という言葉をもらい、喜んでいたら「能天気だからね」と続けて言われた。作戦は見事、成功したのである。「勉強は、学校でしっかり習ってくればいい」「基本的なしつけは、親のまねをすればいい」。私の子育ては、子どもの情緒を不安定にさせないこと。そのために親自身が、言葉遣いや行動に気を付け、元気で明るく、笑顔いっぱいで、いつもプラス思考で生きてきただけ。 また、日常生活や他人のいいところを見つける「よかった探し」も毎日やった。さまざまな出来事、悩みや苦しみも多かった年月だが、もう心配もなく、自立したと思える子どもたちに、笑って、”ばかな親”と言わせることができ、心からよかったと思う。子育てという経験が、逆に親として育てられたと実感している。親育て、ありがとう。
あまりにも見事に 私の思いを表現していただいていたので、11日付 中日新聞 オピニオンのページより引用させていただきました。(私の場合、ここまでうまくはいきませんでしたが)
井戸様、無断転記でごめんなさい。投稿されたのですから皆様に読んでいただくのはかまわないですよね。
どうかお許しを・・・ 母としての井戸様 本当にお見事!
3.13(土曜日)
良かれと思って一生懸命ならそれでいいの?
中日新聞が「世紀末の迷子たち」という企画で『僕の居場所』と題して、学校でいじめにあった子ども達や、その親達の投書を掲載していた。そこには先生に助けを求めても、助けが得られなかった子ども達の悲痛な思いが綴られていて、胸が痛くなった。子ども達の心をわかろうとしている 熱心で良い先生が大勢いらっしゃることも知っているけれど、そうでない先生が存在することも又事実。そんな中、昨日それに反論する女性教師の意見が掲載された。彼女は中学校教師を夫に持ち、13年の経験を持つ小学校教師。「あなた方の記事は、家庭と学校の信頼を薄くし、いじめ、学級崩壊を増長させていることをご存知ですか?(中略)ほとんどの教師は、子ども達のためによかれと、一生懸命に働いていることをお忘れなく。」このシリーズに対して、学校内で深刻ないじめを受けた経験を持つ人達からの意見・感想が100余通。それに対して教師側の意見はこの女性を含めてわずか2通だったという。これは一体何を表しているのか。そして私が気になったのは「よかれと思って一生懸命・・・」という言葉でした。良かれと思って、運動会で順位をなくし、通知表から数字をなくし、ゆとりと称して休みを増やし、少ない時間で教えきれないと、授業で教える内容を減らし・・・。その結果、子ども達は20年前の半分の知識を学校で 学び、それで足りない子達は塾へ通い、決してゆとりのないお疲れ生活の中で、心のバランスを失い・・・。高校中退者の増加、少年犯罪の低年齢化、その他数多くの問題が噴出している。これは、よかれと思ってしたことが 良くなかったということではないのか。厳しく 鍛えることが人間を輝かせるということもある。よかれ、よかれと 易しくしていくことが人を成長させることにはならない。「知恵」が不足した一生懸命は時には害になることもある。
一生懸命しているという言葉に満足していてはいけないことに気付いてほしい。
3.14(日曜日)
奥さんの成功はだんな様の成功?
衣装デザインでアカデミー賞を受賞した「和田 エミ」さんがテレビに出演していた。あの和田 勉さんの奥様。衣装があんな風に全てデザインされているなんて、知らなかった私はとても驚き、更に彼女が世界を舞台にすごい活躍をされているのを知って 何だかとてもうれしくなった。そして、一番いいなぁと思ったのは、ご主人が「威張るわけじゃないけれど、彼女は若い頃はずっと 勉強になるからってタダで仕事をしていて、ある程度年齢を重ねてから賞をもらったから本当に良かった。」と得意そうに語ったこと。これって素適ですよね。女性の成功の蔭には、こうしたご主人の理解が絶対に必要なわけで、それをして尚 成功している奥さんを自慢にできる・・・ 女性から見ると理想的なご主人です。一般的には 女性の方が収入が多かったり、社会的に成功すると 何故か夫婦関係がうまくいかなくなる。何故なのだろう。奥さんが成功することは、決してご主人が低く見られるということではないと思うのに、そのあたりの男性の心理が 分かるようでわからない。向井千秋さんが宇宙へ飛び出すたびに、ご主人の人気が上がるらしいけれど、これは決して 「好きなことをさせてくれて良いダンナ様ね」ということではなくて、このダンナ様があってこその千秋さんなのねという 正真正銘ご主人への評価であり、奥さんの成功を素直に喜んでくれる心の広さが素晴らしいと 世の女性は思っているのです。そこらあたりのこと、世の男性はご存知でしょうか?逆に成功した男の人の蔭には、支えてくれた奥様がいるわけで 自分一人で成功していると勘違いしている人も困ります。
「お互いに相手の成長・成功を祝福できる」そんな夫婦が理想です。(な〜んてことを 掲示板で書くと 男性陣から猛烈な反論もらうのかなぁ)
3.15(月曜日)
人間は幸せになる義務がある!
新幹線の中で「人生が驚くほど逆転する思考法」をじっくりと読んだ。様々な実例から いかに考え行動したら、成功するかということを書いた手引書だ。その中で「人間の一番の義務は幸せを見つけることである」という言葉があり、同じような言葉に出会った10年前を思い出した。それは「人間は幸せになる義務がある」というもっとハッキリとした言葉だった。それまで、幸せになれるといいなぁ。幸せな一生が送れたらいいなぁと考えていた私には、まさに目からウロコ。義務!?「幸せになることが義務ならば ならなくては」と決意し、幸せになる方法というものを学び、実践し、今日の私がある。この言葉を知ってからも もちろん、いろいろな事はあった。子ども達は成長と共に 様々な問題を起こしてくれる。先生と対決したことも 少しだけ悩んだこともあった。取引先が倒産して、多額の売掛金が回収困難になったり、好意で貸したお金ごと 売掛を踏み倒されたり・・・。免許をとって半年位たった時に 息子の車がひっくり返ったり。本当にいろいろなことがあったけれど、どんな問題も私を不幸にすることはなかったし、必ず何かしら得るものがあった。これから先も 私はどんなことが起きても決して不幸にはならないという自信だけはある。結局 幸・不幸は事実そのものをいうのではなく、その事実を受け止める人の心が決めるということだと思う。
「幸せになりたい」から、「幸せになるという義務を果たそう」と考え方を変えてみませんか?
3.16(火曜日)
机上の空論より実体験に基づく一言
中学の時、とても対照的なふたりの先輩がいた。一人はよく本を読み、頭が良くて 生徒会長をするようないわゆるデキル人。もうひとりは 勉強は嫌い、いつもふざけていて何を考えているのかわからない人だった。何か相談事をすると、デキル人は いつも理路整然と まるで大人のように 簡単に答え出してしまうのだった。でも何か 上すべりして心に響いてこなかった。もうひとりの わけのわからない人は 高校を途中でやめたのか行かなかったのか 高校3年のハズの年に 喫茶店でバーテンをしていた。先輩の作るサラダは キャベツがふんわりと細く とても美味しかったので 私は時々友達とその店に行った。ある時、そのひとが 「キャベツの千切りって ムツカシインダゾ。一日に何個も何個も千切りばっかしやってたんだ」とポツリと言った。何故かわからないけれど感動して、体験した人の言葉って重いなぁと思った。体験した人の言葉の前には、本で読んだ知識や、頭の中で考えた言葉なんて 何の威力もないなぁって。それから少しずつ私もいろいろなことを体験して、少しは中身のある人間になった。かな?辛い体験をした人は やさしさ、強さを持っている。挫折を味わった人もやはりそう。そうした人達が 自分達の体験をもとに 悩みの渦中にある人に手を差し伸べてあげてくれたらいいなと、そんな場所があったらいいなぁと心から思う。
3.17(水曜日)
当たり前のことなのに・・・
スーパーなどで カゴをいれるカート。あれを何故もとの場所や カート置き場に戻さないのだろう。広い駐車場のあちこちに散乱するカートを見るたびにそう思う。3年程前、ある大型店舗で 使うときには100円を入れて、もとの場所に戻すと100円が戻るというタイプのカートが導入された。最初100円玉がなくて困ったこともあったけれど、両替機が設置され、カートもきちんと決められた場所に戻されるようになって、なかなか良いものだなぁと 導入を決めたこのお店を評価していた。ところが、半年もたたないうちに 100円のいらないカートが増えていた。「きっと わがままなお客さんから メンドーだ!」というブーイングがあったのだろうと少しお店が気の毒になった。そして昨日。気がついたら全てのカートが100円玉を必要としないものに変わっていた。そしてあちこちに散乱したカートを 整理し、集めるお兄さんの姿が復活していた。せっかくの良い試みだったのに、非協力的なお客さんによってダメになってしまった。方針変更をしたお店に 少しガッカリしたけれど この不景気の中、やはりお客さんは神様ですものね。使ったら元に戻すという当たり前の行為さえできない大人たち。これで子どもの教育できますか?障害を持つ人の為に確保してある駐車スペースに 平気で車を止める人達 自分さえ良ければそれでいいのですか?
3.18(木曜日)
知的障害者の性
NHKラジオの教育電話相談で、重度の知的障害を持つ女の子のおかあさんからの相談があった。普通学級に通うこの娘さんに生理がきた時、担任の女性教師から「私は勉強を教えるのが仕事で こうした世話はできません。お母さんが学校へ来て始末をしてください」と言われた。そのお母さんは納得がいかず、「せめて保健の先生に見ていただけないか」と校長・教頭先生にかけあったけれど良い返事はもらえなかった。どうすれば良いかという相談内容だった。相談に答えていた児童精神科医はいろいろな観点から 担任の先生の考え方がやはりおかしいというようなことを言っていたけれど、30年前のそうした子達の施設の話を最初にされた。「初めて赴任した障害者施設では、男の子はある年齢になるとパイプカットをし、女の子には4歳の頃から男性ホルモンが投与されていた。そうすれば生理が一生こないから。今考えれば とてもヒドイ事だけれど、30年前の日本はそうだったのです」と。初めて知った。人間にとって当たり前のこうした生理現象が 障害を持っているというだけで 特別なことのようにとらえられてしまう。「ではどうしたらいいのだ」と問われて明確な答えを出すことは今の私には出来ないが、そうした扱いを受けて、何も言えなかった本人や、ご両親のことを考えたら 無性に悲しくて、ただ涙するしかなかった。
3.19(金曜日)
間違いを見つけたら教えてね
今日ある人から「服部さんのホームページで間違い見つけちゃいました―」と明るく言われた。彼女の言い方が上手だったのかもしれないけれど、思わず出た言葉は「ありがとう!」。ホームページにしろ 仕事にしろ私達は間違いの無い様 注意深くしているつもりでも、そこは人間。たまには間違うこともある。気付けばスグに訂正もできるけれど、たいていは気付かない方が多い。そして間違ったままの文書は そのまま恥をさらし続け、時には仕事上 大きな損失につながることもある。だから間違いを見つけて、こうして知らせてくださる方々の声は本当に有難い。間違いを見つけて、本人に知らせるべきか 知らぬ顔を決めこむかと悩む人に時々お目にかかるけれど、私はお願いしたい。「知らせてあげて」。時々間違いを指摘されて怒り出す人もいるけれど、そういう輩はほおっておいて、普通の人には是非教えてあげてくださいね。ただし、鬼のクビでもとったように ミスをあげつらうのはやめて!ありがとうの言葉が引っ込んでしまう・・・。弱気な私?
3.20(土曜日)
「でも」に代わる良い言葉
俳優の中尾 彬さんが結婚した時、奥さんに『「でも」と「だって」は絶対に言うな。言ったら離婚だぞ』とおっしゃったそうな。以来彼女はその言葉を口にせず今に至るわけですが・・・。この場合「言い訳をするな」ということだと思うのです。確かに「だって××だったの」「でも××だから」と使うときは言い訳をする時ですよね。これには、私も同感です。言い訳をしないで 落ち度があったら「ごめんなさい」そう言える自分でありたいと思っています。でも、でもなんです。最近「でも」をよく使っている自分に気付きます。たいていの場合、現状に不満がある人と話をしている時に「こうすればもっと良くなりますよ。こんな風にも考えられますよ」 といった結構前向きな提案をする時に使うのですが・・・。「でも」は使うなという言葉を聞いたとき ギクっとしました。これって やっぱり悪い言葉?代わりに使える良い言葉 何があるのだろう。何て言えばいいですか?
3.21(日曜日)
本当の個性とは?
雑誌「プレジデント4月号」 今月の特集は「上司と部下」の人間関係学。その中の「茶髪・コギャル・ピアス社員はこう使う」を読んで全く会社が気の毒になった。そこにはとても信じられない新人類(この言葉は死語ですね)の現状が・・・。彼らは「やることさえやっていれば文句を言われる筋合いはない」とか「自己主張だ」「個性が大事だ」と口にするらしい。しかし、こうした人が本当にバリバリ仕事ができることは少なく、第一 新入社員がすぐに役に立つはずがない。個性だ・自己主張だと言うけれど 髪の長さや色、目立つピアスといった スグに変えられる外見でしか自分を主張できないのか!と言いたい。中身は?中身!物の考え方、感じ方、人間性、趣味、知識、仕事の仕方・・・そうしたところに個性を発揮してほしい。オフの時にならどんな格好をしようがかまわない。会社がご自由にと言うのならそれでいい。しかし、会社には会社のルールがある。社員としての義務を果たさずに、個人の勝手だとか権利ばかりを主張する人を 私はどうも信用できない。面接の時には普通の格好だったのに、内定が決まったとたんロン毛・茶髪・ピアスの三揃いに豹変するという男性社員にいたっては、「世の中をなめるんじゃない!」と言いたい。好き勝手がしたければ自分で会社を作ってやりたいようにやればいい。
わがまま勝手にすることが個性ではない!本当の個性とはどういうことなのか、小さい頃からもっと話し合って考えていくといいのにね。でも 一言で言うのは難しい・・・ (う〜ん。また「でも」を使ってしまった)
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