皆様のご意見を & でお待ちしています |
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| 1.31 |
揺れない心
思い、想い、念い……。私達の心は この思いの力によって その無限の力を発揮します。一日中、何かしら心に浮かぶさまざまな思い。この思いの針は、天国にも地獄にも向き 一日中揺れ動いていますが、私達の本来の心は、そんな不安定なものでないと思っています。どんなことがあっても、揺らぐことのない不動心。小さな石がポトンと投げ入れられても、すぐに その波紋が消えて、穏やかな状態に戻ることのできる心。そうした心こそが 私達の目指す心ではないでしょうか。まず そうした心を持った人になろうと決意し、その思いを 念いに変えて、想い続ける事が大切なのではないかと思います。同じ事を言われても、心揺れる人と 揺れない人がいるということは、その言葉そのものにも問題があるというよりも、それによって心が揺れる自分自身に その原因があると見た方がいいのではないでしょうか。常に そうした目で自分の心を見つめ、分析し、心の揺れをおさめる方法を学びつづけていきたいと思います。
満月のように丸く、氷山のように揺れることなく、湖面のように穏やかな心。命ある限り そうした心を目指して 心を磨いて生きていきたいと思います。 |
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| 1.30 |
進歩と調和
朝早くに家を出て、東京に向かう。朝日が輝き、空を赤色に染めていく。突然、真っ青な空に 白い雪で飾られた富士山が姿をあらわす。真っ白なかさ雲が その頭上を覆い、スグ横にはイルカを思わせる 真っ白な雲。その調和した美しい姿。何の対価も受け取らずに、私達にその美しさを惜しげもなく与えてくれる自然。地球の魂が私達人間に与えてくれる愛を感じる。
自分が進歩していく時に、誰かとぶつかることは 仕方のないことだと思っていた。切磋琢磨という言葉もあるではないかと。確かにぶつかり合いながら、お互いを磨き合う 素晴らしい関係はある。しかし、相手の健闘・努力をたたえ合い さらなる努力を重ねて進歩していくという姿もある。それこそが私達が 目標とすべき進歩の姿ではないだろうか。自分か相手かどちらかしか進めない道を奪い合うのではなく、相手も自分も生かしつつ、進歩していく第三の道。相手に対する理解と愛、自分の向上心。それらが調和した時に 必ず すべてと調和しながら 進歩していく道が拓けると信じることができるのが有り難い。
調和しつつ無限に進歩していく……。その心を決して忘れないよう、日々暮らしていこうと思う。 |
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| 1.29 |
オープンハート
どんなことも、包み隠さず話ができる。心をひらいて話せる人がいるって 本当に幸せですね。こんなことを言ったら 変に思われるんじゃないか、嫌われるんじゃないかなどという心配を何もしないで 自分の弱さや、醜さもさらけ出せる人。そんな人が一人でもいたなら 人間って生きていけるのかなぁと思います。落ち込んでいる時には ただじっと話を聞いてくれて、時には そっと背中を押してくれたり、間違った思いを持ったときには、厳しい言葉もかけてくれる。そうした友人を大切にしたいと思います。
「本当に信頼できる人なんて そうはいないよ」と思っていた時は、自分が心を開いていなかったなぁと今になって気づきます。自分の弱みを見せたくないとか、相手に負けたくないなどという思いがあると、つい、心のガードを固くしてしまって なかなか素直になることができません。心の修行とは どれだけ自分の心をガラス張りに 素直にオープンにできるかということでもあるのかもしれません。自分から心を開いて 素直な思いで接すれば、相手もそのように接してくれるようになります。そうして心で話せるようになると、「人類 皆兄弟」「魂の根っ子でつながっている」などと言われることの意味が 実感できるようになります。そして、心に響いてくることも随分と違ってきました。
オープンハート。始めてみませんか?
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| 1.28 |
言葉選び
言霊。人や自分を 生かすことも傷つけることも、幸せにすることも 不幸にすることもできる言葉。毎日使うこの言葉について その無限の力を知らない人が多いのではないでしょうか。いつも明るく積極的な言葉を使っていると 心がうきうきとしてきます。いいことがありそうな気持ちがしてくるし、どんなことにも 感謝したくなります。すると 不思議なことに 益々うれしいことがやってきて 幸せな日々が回り始めるようです。問題は何かと起きてきますが、これを無事解決できれば また自分の実力がつくんだなと思えば、不幸でもなんでもありません。逆に ダメ・できない・嫌だ・辛い・苦しい・悲しい……などという言葉を使い始めると、心がだんだん元気を失って 何をする気も起きず、暗く沈んで つまらない毎日になりそうな気がするので、私は極力使わないようにしています。また、いつも 明るい言葉を発している人と接すると 元気が出てきます。言葉の力ってすごいでしょ?
思う、話す、書く……。どんな言葉を使うかを 少し考えてみる習慣が身につくと とても楽です。マイナスの言葉が浮かんでも、すぐにそれを修正するプラスの言葉が出てくるようになりますから。
自分や家族、知人や縁ある全ての人に対して より明るい言葉を選んで使っていこうと決意することが、幸福の循環が始まる第一歩だということを どうか知ってくださいね。
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| 1.27 |
偽者の自分とバイバイしよう!!
幸せになりたい、もっと心軽やかに 毎日を暮らしたい!そう思っているのに、なんとなく 気分がすぐれなかったり、人の幸せがおもしろくないことってありませんか?「なんで 私ばっかり こんな目にあうの〜。私が何 悪いことしたって言うのよ!」なんて、ついつい 不平、不満に愚痴が口をついて出てきたりする時も……。そんな時は、黒い羽根の闇のものが 貴方にささやいているんですって。「おまえは何にも悪くないのに、不幸な目にあって可哀相だなぁ。あんなに ノウテンキに幸せそうな顔をしている人がいるなんて 面白くないよなぁ」って。だから、人の幸せを喜べなかったり、自己卑下をしたり、何でもまわりのせいにししまうような時の自分は、闇の者のささやきに負けている 偽者の自分だっていうことに 気づいて 早く本物の自分を取り戻してほしい。
闇のものは 見破られると とたんに力を失うとか。だから 「私にささやいてもダメよ〜。貴方のいいなりにはならないから」ってニッコリ笑ってあげると、離れていくんだって。誰にでも、守ってくれている天使は必ずいるけれど、そうした闇のものが近くにいると、守りたくても 守れないし、近づけないんだって。何故なら 天使の力だけで、人間がみんな幸せになれるなら、私達人間の修行にはならないでしょ?
マイナスの思いが浮かんだら 即座に修正、いつも天使が近くで応援できるような本物の自分でいられるよう 少しずつ心がけていったなら、きっと心は晴れ晴れとしてくるし、心から幸せだなぁって思える日がくるよ。闇のもの、み〜つけた!!偽の自分よ、グッドバイ! |
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| 1.26 |
謙遜は美徳?
謙遜の文化という言葉があります。奥さんを誉められて、「いやぁ、料理も下手だし、ダメな嫁さんですわ〜」子どもを誉められて「いや、成績も悪いし、スポーツもだめでねぇ」自分を誉められて「私なんか まだまだダメです。貴方こそ素晴らしいですね」 心の中では、奥さんも子どもも 自分も、結構いける、なかなかのものだと思っていても、対外的には このようについけなしてしまう。そんな場面があちこちで見られませんか?ここで、「ありがとうございます。本当に素晴らしい、僕にはできすぎた 嫁さんです。子供です。」と言ったら「な〜に、あの人。自分の奥さんや子どものことを誉めたのよ〜」なんて陰口を言われたりして……。これが今までの日本の文化だったような気がします。しかし、謙遜って本当に美徳なのでしょうか。私達の心が思ったとおりの世界が展開することを知ると、この謙遜というのは、実は自分の理想をぶち壊しているのではないかと思います。
謙遜のつもりで言った「私なんかダメです。」「嫁さんはダメな人」「子どもはデキが悪い」という言葉は、それぞれの心に 耳を通して伝わっていきますから、心は「ダメなんだなぁ」と自信をなくし、元気もなくなっていきます。
自分がなりたい理想と反することは、決して口に出さないで、自分を認め、人を認め、良いところを認め、誉める言葉を口にすること。謙遜よりもその方が はるかに自分自身を伸ばし、幸せにしてくれるのではないかと思います。
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| 1.25 |
正直に生きる
そんかとくか 人間のものさし
うそかまことか 佛さまのものさし
相田みつをさんの日めくりの今日の言葉です。同じ生きるのであれば、佛さまのものさしにそって、まことの道を歩みたい、正直に偽ることなく生きていきたいと思います。時に人は、「正直者が馬鹿を見る」といいますが、本当にそうでしょうか。たとえその時、嘘をついた人が得をし、正直であった人が 損をしたように見えても、長い目で見たら、正直に生きた人が絶対に、幸せになれると私は信じています。確かに人を騙して、巨万の富や地位を得たり、人気を得て、幸せそうに見える人もいます。しかし、自分がなしたことの償いは 必ず自分ですることになっています。永遠の命を考えたときに、それが本当に幸せであるかどうか……。その選択をするのは私達自身です。
正直に生きることを決意し、選択したなら、そのことによって 馬鹿を見るなどとは 決して思わないでくださいね。そう思えば やはりそうした世界が展開してきます。正直に生きている自分であるからこそ、多くの天使の応援をうけ、神仏の祝福を受けて、光の道を歩んでいけるのだということを どうか知ってください。そして、正直に生きていれば 必ず幸せになれることを 皆にも知らせるために、本当の幸せをつかんでほしいと思います。真実の人よ、強くあれ!! |
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| 1.24 |
目に見えない世界
皆さんは、日々の生活の中で、目に見えない世界の影響を感じることはありませんか?ふっとインスピレーションが降りて 何もかもがうまくいく時、私は天使の応援を感じます。逆に睡眠不足などで 体調が悪い時には、寝ていてうなされたり、間の悪いことが多くなり、悪しき影響を感じます。
天国地獄は 死後の世界にあるのではなく、日々の生活の中で 私達の心と繋がっています。心が人を愛する思いに満たされている時、その心は天国にと通じ、暖かで 穏やかで不安がありません。感謝の思いが溢れます。人を恨んだり、憎んだりしている時は 辛く・苦しく、不幸感覚が強くなります。そしてその心が、地下のものを呼び寄せ、益々 暗く淋しい気持ちになっていってしまいます。地下の世界の住人は、何でも人のせい・環境のせいにし、反省をすることができません。愛が欲しいというばかりです。愛を与えることの素晴らしさに気づくことさえできれば、天国に還ることができるのに、知らないということは 悲しいことです。
そうした地下のものと 心を同通させないよう 日々の思いを点検することが大切なのはもちろんですが、夜の繁華街、恐怖や恨みを扱った映画・テレビ等からも そうした悪しき波動が出ています。これは 知らないうちに悪影響を受けてしまいますから、要注意です。できれば美しいもの、愛に満ちたよい波動のものに接する機会を多くもちたいですね。あなた自身を見守る天使の為にも……。 |
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| 1.23 |
試験
今日何年ぶりかで 試験を受けました。試験を受ける機会は ほとんどありませんから、昨晩は少々緊張しました。しかし、「試験の結果は 今の自分の本当の姿を知ることであり、そこをスタート地点として また努力していけばいいのだ」と思ったら、全然あせることなく、落ち着いている自分に気づきました。一夜漬けのテスト勉強を 必死にやった学生時代の心境から比べると うそのようです。試験ひとつでも、評価を気にすると 苦しみの原因になりますが、自分の実力を知り、努力の方向を見つける手立てとして考えれば、こんなにいいものはないなと思います。何よりも、大切なポイントがわかるのですから。高校や、大学の受験の時に こんなのんびりしたことを言っていてはいけないかもしれませんが、試験は何の為にあるのか、自分にとって どんな意味をもつのかと考えたなら、1点上がった下がったと 点数に一喜一憂することはなくなるのではないかと思いました。
しかし、昔だったら 悪い点をとると恥ずかしいという気持ちが強くて、こんな風には考えられなかったなぁとも思いました。試験に限らず、自分をより良く見せたいと無理をすると、やはり自分が辛くなります。素晴らしい能力を発揮できる時も、失敗する時も、得意なことも苦手なこともある。それが丸ごと今の自分なんだと、そう開き直って生きていけたら、どれほど気持ちが楽でしょう。背伸びをしないで、ありのままの自分を 素直に出すこと、それを忘れないでいたいと思います。 |
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| 1.22 |
理解と反省
人は皆、できれば人と仲良く心穏やかに暮らしていきたいと願っているのに、時としてトラブルが起きることがあります。しかし、それを冷静に眺めてみると、相手のことがわからないから起きてくることが ほとんどのように感じます。たとえば 同じ言葉を言われたとしても、親しい人に言われた時と、そうでない場合で 自分の受け止め方が違うことがありますね。何故でしょう。それは、自分の中で 相手をどれだけ理解しているか、しようとしているかに関わっているような気がします。
「なんてことを言う人なんだろう。とても付き合えないわ」と思うか、「この人は何故こうしたことを言うのだろう。何かあったのだろうか」と思うのでは その先が全く違うものになってきます。性格も考え方も 生活環境も違う人達が 同じ世界で仲良く暮らしていくためには、相手を理解しようとする愛の思いが とても大切です。それさえあれば、たいていのことは 許すことができますし、トラブルになったり、自分の心が乱されることもありません。家族や、親しい友達だけにではなく、縁ある全ての人達に こうした思いを持つことができれば、私達はもっと良い人間関係の中で、幸せに生きていけるのではないでしょうか。そして同時に、「自分は人に対して 正しく理解をし、愛を与えることができたか。嫌な思い、悲しい思い、腹の立つ思いをさせなかったか。」そうしたことについて 反省することも忘れないでいたいと思います。
「他人に対して理解をし、自分に対しては反省せよ」大切な生きる指針のひとつです。
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| 1.21 |
決意と気力が道を拓く 『常勝思考』より
私が毎日見ている日めくりの中の言葉です。そこには 次のような文章も添えられていました。
運命を乗り越えようとするときの決意は、決して大きなものである必要はないのです。
手近なところから、できるところから、まず道を拓いていくことです。
昨日新聞に ある鉄鋼関係の会社が工場でのパソコン使用を一切やめたという記事が掲載されていました。なんでもコンピューター使用にきりかわっていく今の時代には 勇気のいる決断です。しかし、その社長は、「パソコンを使っていると いかにも仕事をしているように見えるけれど、それで 製品の不良品率などというデータをとっても利益にはつながらない。そんなことは 現場で責任者が把握すればいいことであって、無駄である」と言われました。不況が続く中で、どこの企業も利益をあげること、存続していくことに必死です。でっかいアイディアで 一気に現状を打破していきたいと思っている経営者も少なくありません。しかし、企業だけでなく、私達自身の生きかたにしても いつも困難に出会ったときには、原点に帰ること。そして 一番大切なことを見極め、大事にしながら まず自分にできること、今すぐにできることから 少しずつ改善していくことが大切だと思います。この会社の小さな決断のように……。
希望を掲げ、必ず乗り越えようという気力をもって、手近な問題をひとつひとつ解決していく時、新たな道が拓けるのだと信じています。そして、たとえそれが、望むとおりの結果にならなかったとしても、その過程で 必ず心に残る財産を手に入れることができると思います。 |
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| 1.20 |
小さなことの積み重ね
「心機一転頑張るぞ〜」と心に誓うときって、ついつい張りきって とてつもなく大きな目標を掲げたりすることってありませんか?それを きっちりとやり切れれば、それは また素晴らしい力となると思いますが、できなかった場合には、「私はなんてダメな人間なんだろう」と、かえって自信をなくすことにもつながります。どちらかというと短期決戦型、やる気にムラのある私は このパターンにはまることが 多くありました。今でも時々ありますが・・・。ですから、今は あまり大きな目標を立てるのはやめて、小さなことから始めることにしています。たとえば、今日は一日笑顔で暮らそうとか、毎日少しでもいいから本を読もうとか、毎日幸せだなぁと 感謝する時間をもとうとか・・・。すると これなら結構無理なくできますから、「あぁ、今日はこれができた。あれもできた」って 小さな成功体験を積み重ねることができます。「そんなことぐらいで・・・」なんて 馬鹿にしちゃあいけません。『チリも積もれば山となる』そんな小さなことも毎日続けていくうちに、自分を少しずつ変えていく大きな力となるのです。小さな決断、小さな勇気、小さな幸せ探し・・・。毎日少しずつ 自分にできることを積み重ねていけば、きっと自分が理想とする 大好きな自分になっていけるし、夢を実現させることもできます。それに 毎日小さな幸せを感じることができたら、一生幸せな人生を歩むことができますよ。
心を磨く旅に終わりはありません。一生を通じて心を磨き、幸せに生きて天国に還りたいですね。
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| 1.19 |
自分を責めないで
物事には 全て 原因と結果があります。結果が悪かったときに 自分にもなにかしらの原因があったということは 事実だと思います。しかし、100パーセント自分が悪かったということも ないのではないでしょうか。何でも人のせいにする傾向性のある人がいるのと同じ位、なにか悪いことがあると、全て自分の責任だと 自分を責める人もいます。そして自分自身を否定してしまう・・・。心優しい人にそうした傾向性の強い人がいることが 私にはとても残念です。
「反省」とは 自分の責任部分について 客観的に見ること、その原因を知って、それを改善し、より良い方向を見つけるためにするのであって、自分を責め、自分を否定することではありません。そのことを 是非わかってほしいと思います。いくら自分を責めたとしても、過去を見つづけたままでは 歩き始めることはできませんから。
自分は何故こんな人間なんだろうと 自己嫌悪に陥る時があります。自分の欠点ばかりが気になって、自信がもてず、人と接するのが嫌になることもあります。しかし、欠点・短所というのは 裏返せば長所でもあること 知っていますか?なかなか決断ができないと思っている人だって、それは じっくりと考えることができるということで、何でも考えなしに 行動して、いつも反省している人から見れば、立派な長所です。人のことが気になって仕方のない人も、実はそれだけ 人に対して心配りのできる心やさしい人ということですよね。自分の嫌いな部分。どうか、裏側からながめてください。あなたの短所は、あなたの長所であり、強みであることに気づいてください。そして 自分を責める心を 空の彼方にポイ!と捨ててほしいのです。
自分の短所を愛し、自分を愛して 歩き始めてくださいね。貴方を見守っている天使と共に・・・。 |
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| 1.18 |
80対20の法則
私が毎月読む大好きな雑誌「リバティ」に 成功の原理「80対20の法則」が
掲載されていました。 これは パレートの法則として有名で、「重要な2割を押さえて全体の8割の成果を上げる」ということです。どんなことも重要なのは 全体の2割。
その重要な2割を見極めて、そこに全力投球すれば 8割の成果が上がるというこ
と。 これは 2割を見極める判断をすると同時に 重要でない8割を
放棄するという決断がいるのですよね。 つまり、2割をつかみ、8割を捨ててこそ、成功するのだよということだと思います。
考えてみれば 100パーセント何かをこなす、つかむということは まず
不可能です。ならば 何をつかみ、何を手放すか・・・。
仕事でも、家事でもそうですが、まず 2割の重要なポイントを押さえ
そこにエネルギーを注ぎ、その余力で 残りの8割を
できるだけ こなしていくというのが 一番の成功原理だと学びました。さほど重要でない部分にばかり 気をとられていると なかなか
成果は上がらず、忙しい思いだけが残ります。その8割をつかんでいないかという
反省をしつつ、核の部分の2割を見極め、そこにエネルギーを絞り込む・・・。
この「80対20の法則」で、より良い仕事を 短時間でこなしていきたいなぁと
思います(^-^)v
*今日は誕生日。めでたく43歳になりました。若いときには 歳をとったら誕生日なんて うれしくないだろうなぁと思っていましたが、歳を重ねるということは うれしいものです。肉体的な若さは失われますが、心は限りなく成長します。時には私の経験が 誰かのお役にたつこともあります。
いつの頃からか、誕生日は出会えた皆に感謝する日となりました。心からありがとう。
大好きな ひらやまさんのエッセィより
一生の内に会える人数なんてほんのわずか。
だから 誰かに会えたら 心でつぶやく。
「あなたに会えて うれしいです」って。 |
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| 1.17 |
阪神大震災から5年
あの阪神大震災から もう5年がたちました。早いものですね。テレビに映し出されるガレキの山。燃えさかる炎。多くの犠牲者と 全てを失ったたくさんの人達。信じられない思いがすると同時に、たった200キロほどしか離れていない地で 何もなかったのように 生きていることが とても不思議でした。あのように 一瞬にして全てを失ったら 自分はどうするだろう。前を向いてしっかりと生きていけるだろうか・・・そんなことを考えました。
あの震災があったからこそ、本当に大切なものがわかった。自分が生まれ変わったと言われる人があります。辛い経験を乗り越えて そこまで言えるようになるには 本当に大変な思いをされたのでしょう。失って初めて気づく人もいますが、できれば 失う前に 自分にとって何が大切かを しっかりと感じたいと思います。私達は、つい 今のままの生活がいつまでも 無事続くものだと思ってしまいます。もちろん いつ死ぬかわからないとか、いつ大切な家族を失うかもしれないなんて 不安に思いながら生きていくことなんて できませんが、それでも平穏な日常を暮らしていけることのありがたさ、かけがえのない家族ということを もう一度考えてみたいと思いました。
世界中にたくさんいる人間の中で、パートナーとして生きていこうと決意できる相手に出会い、家族となる。子どもができて 家族が増える・・・。友人・知人の縁。さまざまな奇跡の中で私達は生きています。そのことを当たり前だと思わないで 感謝を忘れないで 生きていきたいと思います。 |
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| 1.16 |
税金の使われ方
私達は 税金の使われ方について、本当に知らないし、あまり知らさせれていないなぁと よく思います。確かに 時々は、国や県や市の予算が発表され、それらしき報告はありますが、もっと身近なところで 有効に使われているかどうか、無駄はないかということについて良く知っているのは ほんの一部の人間だと思います。税金は私達一人一人が 納めている、私達国民のお金。それが 過剰ともいえる議員の高額な報酬になっていたり、無駄な施設等に投入されて 本当に必要な人のところには いきわたっていない。それをまた私達がほとんど知らず、その使い道について 何も言えない現実。これは とてもおかしな話だと思います。今まで お上にまかせておけば大丈夫と 全てまかせきりにしていたことへの しっぺ返しでしょうか。もちろん市民オンブズマンなどのシステムの中で 後になってのチェックはしていますが、あとから無駄を暴くより より良い税金の使い方についての要望が 国民の声として上に届いていくと良いと つくづく思います。岐阜県でも ほとんど人が行かないような施設に莫大な資金が投入されていたり、デイケアセンターの建物が 必要以上に豪華だったりします。それも 出来上がった建物を見てからやっとわかるということがほとんどです。そんなお金があるのなら もっと他に必要としている人達、必要な施設があるのではないかと思うのに、なかなかその思いも届きません。
しかし、最近では、インターネット等で 私達の声を 政治家の人達に届けることができるようになりました。そうした機会を 最大限に利用して 少しでも私達の税金が 有効に使われるよう、暮らしやすい日本になるよう それぞれの立場での意見を ハッキリと伝えていきたいと思います。
ひとりひとりの力は 小さくとも、皆の力が集まれば いつか国も動くのではないかと 新しい時代に向けて期待しています。 |
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