皆様のご意見を & でお待ちしています |
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| 12. 6 |
神様はぜ〜んぶご存知だから、心を開いてみよう
10年程前読んだ本の中の次の一文で 私の気持ちは随分変わりました。
「自分を100パーセント他人に理解してもらおうなんて思っちゃいけないよ。自分だって 相手のことを100パーセント理解することはとても無理なことなのだから。自分ができないことを人に求めてはいけない。それに 誰一人自分をわかっちゃくれないと思うかもしれないけれど、神様はぜ〜んぶ ご存知なんだよ。神様が知っていてくれるだけでは不満かい?」正確には覚えていませんが そうしたことが書かれていたと思います。
そうなんだ。自分だって 相手のことをちゃあんと理解できているかどうかわからないのに、自分の気持ちはわかってほしいってムシのいい話なんだなぁと その時思いました。そして、何よりも すべてをお見通しの存在があるということを知ってとてもうれしくなりました。ならば 自分のことを誤解されないようにと 躍起にならなくても 自分の良心に恥じない生き方、誰に知られても恥ずかしくない心で生きていけばそれでいいんだと思うことができました。人間ですから いろいろな思いをもつことがあって 反省すべきこともたくさんあります。でも、それは自分で気づいて 反省し、思いを正せば良いのだと知り、あとは どれだけ自分の心を 天国的な思いで満たせるかが 大切なのだと学びました。また 神様は何も言わなくてもわかってくださるかもしれないけれど、人は言わなければわからない。自分の思いは いつも正直に 誠意をもって伝えようと決めました。心を開いて、誰に対しても 自分を飾ることはしまいと心に決めました。そうして自分をありのままに出せるようになると、心がとても軽くなって 毎日がとても楽しくなりました。そして不思議なことですが、今まで以上に 心を開いてくれるひとが増え、心が通じる人が増えました。何故か人が恐くて、心が通わないというときは、自分の心も開いていないのかもしれませんね。 |
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| 12. 5 |
知ってるつもり
今日の知ってるつもりは、世界の大富豪として生きた ハワード・ヒューストンとアンドリュー・カーネギーの二人でした。共に巨万の富を得ながら、カーネギーは多くの人の愛の中で 幸せな人生を閉じました。そして今も、カーネギーの意思は世界中で人々を幸せにしています。一方のヒューストンは ラスベガスの町の大半を買収し、支配しながら、麻薬に侵され、たった一人とても淋しい死を迎えました。「心のあり方」の違いが、二人の運命をここまで変えてしまいました。自分の金銭欲・支配欲のために 限りなく富を求めたヒューストンは、それを失う恐怖におびえ、人が信用できず、薬による幻覚の世界に逃げ込みました。彼の心は死んで、生きる屍となり、亡くなった時には身長190センチ、体重39キロ。彼の死を悼む親族・友人は一人もいなかったそうです。
一方のカーネギーも 途中までは、同じように自分の欲の為に富を求めましたが、自分の会社のストライキを機に 自分の間違いに築き、「富は社会に還元すべきものだ」という信念に基づいて、音楽ホール・美術館・博物館・大学・病院を始め 世界中に1800余の図書館を作ったそうです。そして カーネギーのすごさは、「お金をただ与えるだけでは、人を堕落させてしまう。努力している人に援助をすることが 本当の慈善である」と すべて 建物だけを寄贈し、後の中身の充実は それを使う人達に任せたことです。この人は、本当に人にとって大切なことは何かを知り、知恵をもって お金を生かし、人を生かしていったのだと思います。
「お金が人間を堕落されるのではない。自分の欲のため、自分が貯めることを目的に富を求めるから 堕落するのだ。」カーネギーが言うように、多くの富をもつ人は、より多くの人を幸福にする為に それが与えられていることを知って、本当に人の為になる生きたお金を使ってほしいと思いました。「心」が違うと、人生 ここまで違ってしまうのですね。
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| 12. 4 |
苦手な人とのお付き合い
昨日、「自分の思いに素直になろうね。」と書きました。しかし、これは 自分が嫌だと思うことを 全部嫌だと言い放って、やるべきことから逃げてもいいとか 相手を傷つけてもかまわないという意味では決してありません。評価されたい自分、こうあらねばならないと思いこんでいる自分を演じていないかどうかということを よ〜く心に聞いてみて そうした意味で 自分に無理をしているのならやめようね。ということです。これは 先日、近所の2歳の子供を殺してしまった女性が「そのこの母親と仲良しだと思われなくてはという義務感に疲れた」と供述したと聞いて思ったことです。
誰がそんなことを要求していたのでしょう。その女性達が 少しくらい仲たがいをしたって まわりの人達は きっとそれほど気にもとめないでしょうし、そう思いこんでいたのは自分だけだったのではないでしょうか。相手の女性にしても、自分がそこまで嫌われていたなんて思いもよらなかっただろうし、自分と会いたくなくて 子供を殺したなどと言われては とてもショックを受けたことと思います。確かに 明るく社交的で、パワーのある人に、「実は私……。」と断るのは とても勇気のいることかもしれません。しかし、殺人を犯してしまうほど 自分を追いつめる前に やはり、自分の正直な思いを 誰かに伝えてほしかったなぁと思いました。
人間関係というのは、私達にとって 結構大きな悩みですが、また 私達を一番育ててくれるものでもあります。自分が苦手だと思う人というのは もし、その人と心を通わせることができれば、自分を磨いてくれる、育ててくれる師だということも 知っていてほしいと思います。「この人との関係から 何かを学べということなんだな」と覚悟をもって前向きに交流をもつか、又は 相手に対する礼をつくし その上で自分の心に素直に生きるか。どの道を選ぶかは 私達自身の選択です。どちらにしても「心と裏腹な行動は自分の心を殺してしまう」ということだけは忘れないでくださいね。
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| 12. 3 |
自分の思いに素直に生きてみよう
「あなたは、今 自分の思いに正直に生きていますか?」「嫌なことは嫌だとハッキリいえますか?」そう尋ねられて 「もちろんです」と答えられる人は とても幸せな人です。きっと、多くの友人に囲まれ、人生を心から楽しんでいるのでしょうね。しかし、実際には、そうしたくてもできないで、評価されたい自分を演じている人も多いのではないでしょうか。私達は心のどこかで、嫌われたくない。もめごとを起こしたくない。できれば「いい人」と評価されたいという思いがあるようです。だから 嫌だなと思うつきあいも、嫌だとは言えないで応じてしまう。自分の意見をハッキリと言って、調和を乱すくらいなら、自分が我慢をすればいいと 黙ってしまう。しかし、私たちの体は 自分が望むことをしていれば 少々身体や、時間がきつくても、元気で頑張れますが、自分がしたくないことを 無理やりしていると いつか必ず、心身に影響が出てくるようになっています。それは 精神的な不安であったり、身体の不調となって現れてきます。
『良い人』を演じるのは やめませんか?「良い人」という世間の評価から はみ出さないようにと 自分を偽って生きることは 実は自分の心を殺すことになるということを、どうか知ってほしいと思います。演じているつもりがなく、なにも考えないで 親や夫といった 自分の周りの人の言いなりに生きている人も 心が悲鳴を上げています。いつか、自分がなくなってしまうからです。
「嫌われたっていいや。自分の思いどおりに生きてみよう」そう覚悟を決めると、新しい世界が開けます。のびのびと、自分が快いと思うことを大切にする生き方。どうか勇気をもってやってみてください。きっと 嫌われるどころか、友人は増え、心軽やかで とても幸せな毎日がやってきます。それは、自分の心に素直になると 貴方の魅力が十分に発揮されるようになるからなのです。
ありのままの自分で生きてみませんか? |
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| 12. 2 |
自分の心に負けると 心の目も曇る
私は すべての人は、神仏の子であることの証明ともいえる「良心」と、本当のことを見抜く「心の目」を持っていると思います。ただ、いろいろな状況で良心の声が聞こえなくなったり、心の目が曇ることはあります。またまた 今朝のドラマ「あすか」の話になりますが、職人の一人が、ライバル店の社長の甘言に惑わされ、お菓子の作り方を相手に教えようとします。彼は言います。「自分がどんなに頑張っても 工場長には勝てない。どんなに良いものを作っても それ以上のものを作ってくるすごい人だ」と。彼は「秘伝」を盗み、それを土産にすれば、ライバル店の工場長になれる・ライバル店の社長は自分の才能をかってくれていると信じています。本当はそれが間違っていることを彼の心は知っているはずですし、工場長に追いつけるように頑張りたいという思いもあるはずです。冷静に考えれば スパイをさせるような人間が約束を守るはずはないし、そうして長年世話になったお店を裏切る人間が 信用されるはずはないことも分かるはずです。しかし、自分の心に負けた彼は、その心の目も曇り、そうしたことが全く見えなくなっているのですね。内容は全く違っても、こうしたことは 私達の日常にもあるような気がします。
自分の心の底から聞こえてくる良心の声に耳をふさぎ、自分に甘い行動をとるようになると、心の目は曇り、冷静な判断ができなくなります。最近 お金を騙し取ったとして ある宗教法人が摘発を受け、逮捕者が出ました。もちろん、一番悪いのは人の悩みにつけこんで 騙した宗教法人ですが、これも、「何かに頼れば自分の問題は解決する」と、自分の心に負けたから 騙されてしまうのではないでしょうか。真の宗教とは「神仏の心と、幸せに生きる方法」を教えてくれるものです。その教えに従って、反省し、自助努力すれば 必ず他力の力も働いて、幸せになれますよということを 教えてくれるのが 本当だと思います。自己変革を全く求めない他力信仰は間違いであること。自分の心に負けると、本当に正しいことも見えなくなることを 忘れないでいたいと思います。 |
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| 12. 1 |
幸せになるためのとっても簡単な方法 その1
最近思うのは、人間って誰かのために役に立っていると思える時が 一番幸せなのかなぁということ。自分が頑張っていることで 目標が達成できた時や、良い結果を出せた時も とても幸福だけれど、そのことを共に喜んでくれる家族や友人がいると その幸福感は何倍にもなる。つまり 自分のしたことで誰かが喜んでくれる、幸せになってくれると思うと、自分自身も とても幸福になるように 人間は作られているらしい。スポーツ界でトップレベルといわれる選手達に 「自分が頑張ることで 多くの人に夢や希望を与えることができると思うと 無限の力が湧いてくる」と話す人が多くいるのも こうした意味なのかしら。
「そんなことはない。自分の思いが満たされてこそ 幸せなのだ」と言う人もいるかもしれないけれど、「ありがとう」と心から言われると、本当に幸せだよ。そうした体験をすると もっともっと 人が喜んでくれることをしたくなる。「人が喜んでくれることって何だ?」と聞かれたら、「自分がしてもらって うれしいと思うこと」と答えたい。それは 例えば、笑顔で「おはよう」と言うことや 近所の子ども達に「いってらっしゃい」と声をかけること、困っている人に 「お手伝いしましょうか?」と声をかけること……。どんなことでもいい。自分がしてもらうと うれしいなぁと思うことを 自分の周りの人に 勇気を出して、素直な気持ちでしてみよう。きっと 素敵な笑顔と 心からのありがとうが返ってくるよ。そして、それは まるで魔法のように あなたを幸せにしてくれる。ただ、ひとつだけ注意をしてほしいことは、相手に感謝してもらおうという気持ちを持たないこと。「せっかく○○してあげたのに……。」と 恩着せがましく思う時は 心からのありがとうも返ってこないし、多分あなたも幸せな気分にはなれない。どうやら それが「普遍の法則」みたい。騙されたと思って試してみてね。 |
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| 11.30 |
公共のものを大切にできる人
子どもの頃、学校のあちこちには「公共のものを大切にしましょう」と 書かれていました。しかし、その頃にはその意味がよくわからないで、自分のものだと大切に注意して使うのに、掃除道具や机といった 皆のものは 結構いい加減に扱っている自分がいました。今は、「自分のものではないからこそ 大切にしなくてはならない」という思いが強くありますが……。人から預かったものや、皆のものは 大切に、一番有効に使えるようにと 自分のこと以上に気になります。お金の使い方一つでも、みんなの代表として その利用方法を考える時の方が はるかに慎重になります。
しかし、しかしです。世の中には 自分のものだと大切にするのに、人のものだと とてもいい加減に使う人がいますね。自分の車の中は スリッパばきでとっても奇麗な人が、窓からタバコの吸殻や ゴミを捨てて公共のものである道路を汚したり、自分の車は 傷ひとつつけないように 慎重に乗るのに、会社の車だと 途端に運転が乱暴になって ぶつけても平気だったりします。会社の備品を平気で私用に流用したり、壊しても平気な人もいます。「それが自分のものだとしても同じように扱いますか?」と尋ねたくなります。一番ひどいと思うのは 「税金を使う人」でしょうか。税金は皆のお金です。打ち出の小槌で 空中から出したお金ではありません。それなのに、何故 あんなに巨額の資金を無駄に使えるのでしょう。予算組をし、実際に使う立場にいる人達は そのお金が公的なものだということの 本当の意味がわかっているのでしょうか。もう一度 小学校に入りなおして、「公共のものを大切にする心」を育ててほしいと思います。娘にも言うのです。
「車の中から 空き缶やタバコを平気で捨てる人だけは 好きになっちゃいけないよ」って。*^o^* |
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| 11.29 |
心ない言葉
「心無い言葉」というのは、相手の気持ちを考えないで 相手の心を傷つけてしまうような言葉や、相手に対して 怒りの心をもって発するようなひどい言葉のことかなァと思い、そうした言葉は口にすまいと 心がけてきました。それでも、まだまだ 気がつかないところで、人を傷つけてしまうことのある未熟者ですが……。しかし、今朝のテレビドラマ あすかを見て、相手の気持ちを正面から受け止めないで発する言葉も 「心ない言葉」というのではないかと思いました。「自分はこの店にいないほうがいいのだろうか」と尋ねる母親に、あすかは 眠さのあまり「そうかもしれんな」と適当に答えます。それは本心ではないし、そんなバカなことがあるわけはないと思うからこそ発した言葉なのですが、これは「心無い言葉」だったと思います。結果、他にも理由があって、あすかの母は家を出ます。あすかは 自分の発した言葉を心から後悔することでしょう。
私たちの生活を振り返ってみても、仕事等で忙しい時に、子どもから「お母さん、今日ね……。」と話しかけられて、いい加減に聞き流して返事をしたり、夫や妻が話しかけた時に テレビや新聞が気になって 話半分に聞いたり、自分の悩みや仕事の段取りで頭がいっぱいで 心ここにあらずといったことがあるのではないでしょうか。
たとえ少しの時間でも、電話やメールといった直接的な応対ではなくても、相手に向かっている時には、100パーセントの心で向かい合うことがとても大切だと思いました。特に親しい間柄だと、こうしたことがおざなりになるような気もします。心無い言葉は それがどんなものであっても、相手を傷つけるのだということを 決して忘れないでいたいと思います。
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| 11.28 |
仕事
就職氷河期といわれて、新卒の学生の内定率は最低になり、失業率は最高で 職業安定所には人があふれ、仕事を選んでなんてはいられないという現代社会です。大学卒業を控えて悩む若者も多くいます。彼らが悩むのは、お金で選ぶか、好きなことで選ぶか。
最初から自分の好きなことで お金をもらえる幸せな人は、少ないと思います。たいていの人は、自分のしたいことがわからないからとか、給料が良いからとか、いろいろな事情でやむを得ずといったところでしょうか。希望どおりの会社にはいっても、自分のしたい仕事ではないと3年以内に退職する人が3割いるそうです。これは大手企業に勤めている人もそうなのですから 驚きますね。仕事に対する認識が甘いのか、本当に会社のシステムが悪いのかはわかりませんが……。
私は、仕事の一番の目的は、やはり お客様に喜んでもらうことだと考えています。商品やサービスを売るのであれ、製品を作ることであれ、その他 すべての仕事について 自分の仕事の向こうにお客様の笑顔が見えるかどうかということが とても大切だと思います。ですから、保険の勧誘の人や 証券会社、銀行の営業が 「自分を助けると思って」とイイながら目標達成に必死になっているのを見ると、そんな仕事の仕方をしている限り 仕事の楽しさはわからないし、業績も上がらないよと教えてあげたくなります。
自分がしてほしいように相手に接するということは、仕事においてもとても大切なことです。そうした思いがあって、努力を忘れず、一生懸命に仕事をすれば、必ず収入も追いついてきます。人を騙したり、脅したりして良い給料をもらっている人達もいるようですが、そうした人達は仕事をしているのではなく、自分の欲に支配され、欲の奴隷になっているのだということを知ってほしいなぁと思います。
誇りをもって仕事をしてほしい、誇りをもってできる仕事を選んでほしいと心から願っています。 |
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| 11.27 |
思いがけないこと
26日午後8時頃、夫の母が倒れて救急車で入院しました。動脈瘤破裂。私達が病院についた時には、ほぼ絶望的と言われたのが、11時頃には少しずつ安定し、今朝には思ったよりも状態がよいからと手術ができることになり、その手術も無事成功しました。後は、集中治療室から出て、リハピリが始められる日を待つばかりです。
「あなたには 何でも話せるから」と いろいろな心配事や、悩み・相談ごとなども いろいろと話してくれた母。結婚して22年になるけれど、嫌な思い、つらい思いをした覚えは一度もない。もっと好きなことをすればいいのになぁ。健康な身体があるということや、子どもや孫が近くに住んでいる幸せを感じてくれたらなぁって いつも話していた。一晩、病院で母とのことを思い出していた私は「たとえどんなにリハビリが辛くても、母が リハビリの結果、自分の願うとおりの生活ができるのなら、どうぞ助けてください」と心から祈りました。でも、もし、リハビリをしてもなお障害が残って、辛い思いをするのなら そのまま天国に召された方が幸せなのかもしれないとも思いました。私は、直接ではありませんが、臨死体験をした人を数多く知っていますし、そうした本もたくさん読みました。そして、その人達が共通して言われる「死後の世界があると知って安心した。死ぬのが恐くなくなった」ということを、何故か本当に信じられる人間です。母と そうした話をもっとたくさんしておけば良かったなぁというのが 私の後悔でした。
突然の母の入院に驚いて集まった家族、親戚達のほとんどが もう少し優しくしてあげるのだったと後悔しているように見えました。そう、こうした思いがけないことというのは 突然にやってきます。いつ どんな形で、愛する人達との別れがやってくるかもしれません。だからこそ、たとえ家族であっても 優しい気持ち、優しい言葉は 態度に出して、常に相手に伝えていきたいと思いました。今回のことで 皆大切なことに気づきました。きっと退院したら、母が驚くほど暖かい家族に迎えられることになるでしょう。「あぁ、倒れて良かったわ」という母の声が聞こえてきそうです。 |
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| 11.26 |
Angel News
朝新聞を開くと、暗いニュースばかりが目に入る。先日行方不明になった2歳女の子は、遺体で発見という最悪の結果になってしまったし、その犯人がご近所の顔見知りの主婦とのことで、その両方のご家族の気持ちを考えると、とても堪らない。あちこちの警察では、不祥事がばれて大量の人が処分をされている。今までの警察の体質の中で当然とされてきたこと、前任者もしてきたことで、何故自分だけが処分されるのかと、不満いっぱいの人もいるだろう。しかし、悪いことは、悪いこと。それがわからなかった自分、わかっていながら、組織の悪に染まった自分にこそ責任があることを知らなくてはならないと思う。その他にも、詐欺や、放火、覚せい剤に児童虐待・殺人等と、本当に信じられない事件ばかりで、これが現実の社会だと思うと、確かに暗い気持ちになってくる。
「朝から、こんなのを読んだら、仕事をする気もなくなるよなぁ。もっと良いことたくさん書いてくれればいいのに」と言う夫の声に、本当にそうだなと思う。新聞にも、良い話はのっている。でも、小さなスペースに少しだけ。何故なんだろう。良いお話ばかりでは、誰も読んでくれないのだろうか。世の中には、誰に気づかれなくても ほめられなくても 善いことをしている人達がたくさんいる。何気なくしたことで、誰かが喜んでくれて自分がとってもうれしかったり、電車やバスの中で、ふと人のやさしさにふれて 心があたたかくなることもある。そんな 天使が微笑んでいるようなうれしかった話、幸せな話ばかりを集めた新聞ってないのだろうか。それを読むと、「世の中こんなにいい人たくさんいるんだ。自分も頑張ろう」って思えるような そんな新聞があるといいな。今、密かに そうしたことを 皆が自由に書いてくれる掲示板「Angel News」を作りたいなァと考えている。 |
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| 11.25 |
ものがあふれる時代だからこそ
今の世の中、何故こんなに「もの」が多いのだろう。人間の生活に本当に必要にものなんて そんなに多くはないはずなのに……。次々と新しいものが開発され作り出される。より便利に、より安価に、これでもか、これでもかと商品が溢れ出してくる。リサイクル製品も出てきてはいるけれど、一方で完全に使い捨てのものも多くある。そんな中で、本当に必要なものだけを選び、シンプルな生活をすることは、とても難しい。いつのまにか、部屋の中はもので溢れ、整理するための物入れが またまた部屋を狭くしてしまう悪循環。大人でさえ、なかなか物の誘惑から逃れられない。
今の子供達は可哀相だなァと思う。ゲームソフトにしても その他のおもちゃにしても、やっと買ってもらっても すぐに新商品が出てくる。それを我慢させ、我慢するということは、親子共に結構難しい。それでも、親の務めとして 子供達には我慢をするということも 教えてあげなくてはと思う。欲しいものがすぐに手に入ることが、必ずしも幸せにつながらないことをまず親が知り、信念を持って 子ども達に我慢をさせてほしいと思う。簡単に手にはいるものはすぐにあきる。苦労して、自分の力で手に入れる幸せを 子供達に教えてあげたいなぁ。
ものがあれば幸せだと思う時代は終わった。これからは、一生つきあっていく「心」のあり方と、その心を自ら磨き、鍛えていく方法をこそ 子供達に伝えていきたいと思う。 |
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| 11.24 |
寛容な心
うれしい時、悲しい時、辛い時、苦しいとき……。一人でかかえきれない思いを誰かに聞いてほしいと思った時、私達は安心して自分の思いを話せる人のところに自然と足がむきます。いくら日頃親しくしていても、いくら立派な人だとわかっていても、厳しい指摘ばかりをバンバンされる人のところにはいきたくないと思ってしまいますね。具体的な解決策を教えてくれなくても ただ、「そうだね」と聞いてくれる人のところにいきたい。自分が心乱れていて、少々 わがままなことを言っても、それを黙って聞いてくれる人のところにいきたい。そう思うのが人の気持ちかなと思います。
いつも皆が集まっている人を見ていると、本当の優しさに満ち溢れています。本当の優しさとは、相手の思いをまずそのまま受け入れることのできる心のような気がします。
「寛容」を辞書でひいてみると、「心が広く、人をよく受け入れ、過ちを許すさま」と書かれています。大きく茂った葉っぱを広げて、雨をさけてきた小鳥たちを 黙って守ってくれる大木のような、そんな「寛容な心」を持った人が 本当に優しい人なのかなぁと思います。寛容な人は、決して人を責めることなく、人の欠点や失敗に寛大です。そして、人々に安らぎの場を提供したいという愛の思いで生きています。寛容な心は、愛の心のことであり、そうした心をもった人となりたいと思います。
能力が高く、仕事もできるのに、何故か孤立し、成功できない人がいます。そうした人達は、今一度 自分の心の中にそうした「寛容さ」があるかどうかを確認してみると良いかもしれません。
寛容な心の反対にあるものは、人を責める思いです。自分の能力の高さゆえ、人の欠点が目に付き、それを指摘することで、指導しているつもりでも、本当に成功する為には、そこに愛の思い、寛容な心が必要かなと思います。 |
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| 11.23 |
娘の初事故
あ〜あ、やってくれました。免許取得後 3週間にして初事故です。22日朝、娘からの電話。「あのねぇ、バイトに行く途中でね……。」照れ隠しに笑いながら話す娘に、「何かやったな」と感じる。案の定、前方不注意で軽く追突したらしい。相手の車はほとんど損傷がなく、警察への事故届けをして、あとはこちらへの連絡ということで話がついた。相手の人が良い人だったこと、大きな事故でなかったことが 唯一の救いではあったけれど、こうしていろいろと経験していくのだろうなぁと思う。
運が悪かったと嘆くか、これだけで済んで運が良かったと思うか……。私としては この初事故に感謝したい。いくら気をつけるように言っても、事故の恐ろしさを実感していない彼女にとっては 馬の耳に念仏。お灸が必要だったのだろう。幸いにも、バイト先はガソリンスタンド。それも始めたばかりだというのに、良い人達にかこまれて、皆さん親身になって心配してくれている様子。フィガロという小さな車なので、自分の方は、少しへこんだり、ハザードランプのカバーが割れたり、彼女にとってはショックな状態になったらしい。きっと私が見てもショックかも……。こんな時は 知らぬが仏。離れていることがありがたい。
「車両保険は入ってないの?って言われたよ」という娘に「バイトでお金をためて、自分で順番に修理しなさいね〜」と言いながら この事故が天使からのメッセージであることを感じていた。 |
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| 11.22 |
モバイルワーク
インターネットの普及で 今、ビジネススタイルが変わりつつあります。最初にそうしたネット世界に可能性を見い出し、いち早く取りいれたのは SOHOといわれる起業家達でした。会社や店舗がなくても ネット環境があれば、顧客は世界中にいるし、仕事はどこでもできる。多くの人達が ネットと自分の可能性に夢みて、退職し独立しました。そこで大切になるのは、仕事における実力と自己管理能力。そして人脈といわれる 人的ネッワークです。会社にいる時に 自分の仕事に責任をもち、常に最高の仕事をしようと努めて来た人は おおむね成功しているようです。そうでない人達は 苦戦をしいられています。しかし、こうしたインターネットの普及によって、ビジネスの可能性が広がったことは とても素晴らしいことだと思います。
今、大手企業が このモバイルワークを導入しはじめました。それによって、社員は毎日出勤することなく、仕事の連絡はモバイルでするという勤務体系が出来あがりました。「会社に来ないと何をしているかわからない」などと、社員を信じていない社長には 考えられない信頼の上に成り立つ世界が現在展開しています。これはとてもうれしいことですね。
モバイルワークの導入によって、上司は 部下の仕事ぶりが以前にも増して 良く見えるようになったと言います。心配なのは本人の健康管理だけだと。そのために 週に一度くらいは出勤して、顔を見せてほしいということでした。考えてみれば、会社に出かけなくてもできる仕事はたくさんあります。出勤に使う時間を、自分のスキルアップや、趣味・家族との団欒など、心のゆとりを取り戻すために使えるようになれば、もっともっと充実した生活ができると思います。科学の進歩は、私達に時間を与え、さらなる幸せを与えてくれるのですね。モバイルワーク\(~o~)/ |
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