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2.22(月曜日)
何かを始めたいと思った時、「もう×××だから・・・」とか「どうせ×××だから・・・」と言ってやめてしまうことはありませんか?
人間いくつからでも やりたいことは始められます。以前60歳からスキューバダイビンク゛を始めたという素適な女性をテレビで見たことがあります。彼女は一人暮らしの当時72歳?ご主人が亡くなってから始めたスキューバダイビング。海の神秘さにひかれ、すっかり虜となった彼女は 年金暮らしの中で 若い仲間と共に世界中の海に潜る旅行を楽しみに 生き生きと生活をしていました。もし、事故が起きた時、スグに見つけてもらえるようにと、髪を金色に染めて笑う彼女は とてもさわやかでした。
「やりたいと思うことはできること」なんですって。勇気を出して「始めのい〜っぽ!」
2.23(火曜日)
テレビ電話中国へ渡る!
突然、ホームページを見たといわれる中国人の方からの電話。「中国で使えますか?」もちろん使えますと早速資料を送る。これが19日の話。22日現物を見たいと新宿から横浜の輸入元へ出かけられたその人は、中国でテストがしたいと9台購入。私が一度も会ったことのない人。今週中に中国へ持って行き、国の許可が下りれば大量に欲しいとのこと。今でも夢のような話。まずは8台のテレビ電話が中国で笑顔をつないでくれるのかと思ったら、とってもうれしくなった。Miracle!
2.24(水曜日)
Happyというコンピュータウィルスが、すでに800台ものコンピューターに被害を与えたそうです。昨日届いたメールマガジンにも 「もう少しでこのウィルスで皆さんにご迷惑をかけるところでした」とあり 自分にとっても無関係ではないのだなぁと ぼんやりと考えました。
何故?何故?Happyという名前を選ぶこと自体 本当はHappyになりたいはずなのに・・・
先日も あるラジオ番組でリスナーのFAXが紹介され、そこには「他人に親切にすることも、されることも必要ない。私達は『結構です』を連呼しながら生きていくべきです」とありました。思春期のツッパリ君ならともかく、30代男性の声と聞いて、本当に驚くと共に 一体どんな体験が 彼にこうした結論を出させたのかと思うと 心が痛くなる気がしました。人に裏切られても、やはり人のあたたかさに支えられて「お蔭様で」と素晴らしい人生を歩んでいる人を知っています。私達は人に愛を与え、与えられるとき本当にうれしい・・・そうした本能を持っているのです。困っている人には 勇気を出して声をかけ、人様の親切は素直にありがとうと感謝してうける・・・そんな人になりたいと思います。
2.25(木曜日)
「慣れ」の素晴らしさと怖さ
我家に初めて 左ハンドルの車がきました。軽自動車より短く、幅が4センチだけ広い小さな小さな車です。トラックでも運転してしまう私ですが、左ハンドルだけはダメだーと思っていたのですが・・・。実際にのってみると すぐに慣れてしまい、人間の順応性ってスゴイ!と改めて感じました。
中堅の着物販売会社が 不当な方法で販売活動をしていたと 警告を受けました。成人式を前にした娘さんの保護者に 実際には抽選もしていないのに「振袖が当たりました」と言って、実際の商品価値より高い金額で 販売をしたというものです。これが良くないことだということは、きっとその会社の人もわかっていたはずなのです。でも、他の会社もやっている、とか 他に良い販売方法が思いつかないなどと 自分に言い訳をしながら 仕事をしていたのではないでしょうか。そして いつのまにか悪いことだという感覚も薄れ・・・
会社が警告を受けて ほっとしている 心正しい社員の方も大勢いらっしゃると信じたいと思います。人間は 良いことにも悪いことにも 慣れてしまう動物です。
ならば 良い習慣に慣れたいものですね。
2.26(金曜日)
「子育て」とよく言われるけれど、母親になって21年。随分子どもに育ててもらったなぁという思いが強いです。上の子が3歳くらいになって 一人でご近所へ遊びに行ったり、親から少しずつ離れて 社会へデビューし始めた頃、私は二つのことを心に誓いました。ひとつは 子どもが何かをした時(あまり良くないこと)絶対に頭ごなしに叱らないで、子どもの言い分をじっくり聞こうということ。もうひとつは 親の私が 不注意で失敗をしたり 子どもを傷つけるようなことをした場合(児童虐待ではありません。念の為)素直に子どもに謝ろうということ。それからもいろいろなことがあって、そのつど悩み、考え、対処してきたことで 私は随分成長できたと思います。そしてそこで学んだ 様様なことは 社会人として必要なことばかりだったと気づいたのです。子どもは こうして生まれた時から 親育てをしていくのだなぁと ぼんやり思ったのでした。
2.27(土曜日)
「脳死状態での臓器移植の意思表示」をしたドナーカードを持った女性が、脳死かどうか・・・といった話題で、ここ2−3日大変なことになっています。脳死患者からの臓器移植に関しては、現在も賛否両論がありますし、私自身『脳死は人の死とは言えないのではないか』と考える一人ですが、そのこと以前の問題として マスコミのかかわり方に不信感をいだきました。本来、臓器移植というのはドナーが誰であるか、たとえ移植された本人の希望があっても知らされないというのが原則です。いくら 日本で初のケースになるかもしれないということがあったとしても、こんなに大々的に取り上げて、患者さんやご家族のプライバシーに踏み込むような報道が許されるのでしょうか?ご家族の思いと 「医師として 憤懣やるかたなし」と語った お医者様の思いを考えると マスコミ関係者の方の未成熟こそが 大きな問題なのではないかと感じます。この情報をもらした人も こんな事態を引き起こすとは考えていなかったと思います。今回のことで こうした意思表示をする人が減るのではないかと心配するのは 私だけでしょうか?
2.28(日曜日)
今の自分にできること・・・ 子どもがまだ赤ちゃんだった時、社会から取り残されていくようで 何となく不安になり、通信教育を受けてみたり、本を読んで見たりした覚えがあります。本当はもっと社会参加がしたいのにと なんだかあせっていた・・・。今、周りを見まわすと ○○が××だからと現在のいろんな状況に不満があって、「だから何もできないの」という声をよく聞きます。特に女性は家庭のいろいろな状況て゜、自分の時間が削られることも多いので、それはよくわかりますが、家庭でも、会社でも 同じ状況が永遠に続くわけではありません。今の状況をまず肯定して、まるごと認めてみませんか?そして、今の自分にできること。いーえ、今の自分だからこそできる何かを見つけてほしいのです。『いつかこうしたいなぁ』という目標はしっかり持ちながら、今できることを 精一杯やってみる。その積み重ねが目標達成の一番の近道のような気がします。
それに 今やっていることは、どんなことであっても、将来必ず役にたちますよ。
3.1(月曜日)
小学生の頃、ボランティアというのは 老人ホームへ行ってお年寄りの相手をしたり、障害者の方の車椅子を押したりすることだと思っていた。そして、それはお金と 時間のある人達がすることで、自分とは 遠い世界のことだと思っていた。どこへ行けばできるのか、子供の自分にできることがあるのかどうかも何もわからなかった。
昨日、ネパールに子供病院を作ろうと頑張っている人達や 大阪千里シティマラソンを提案して カンボジアの地雷被害者のリハビリ資金を募っている 有森さん。ネパールの子達に出会って 自分にできる何かを捜し求めている 神田うのさん。さまざまな人達のことを紹介しているドキュメンタリーを見た。皆の善意が 感情のすれ違いをうみ、思いかなわずボランティアの場を去った人もいたけれど それぞれの人が自分にできることを 精一杯やっているその姿は 輝いていた。今 ボランティアはいろいろな形で参加できるようになった。子供達にも学校で指導がなされ、身近なこととして 生活に根付いてきている。まず小さなことから始めてみよう。
古切手や使用済みカードを集めること、不要な衣類をおくることetc.
自分にできることを 当たり前のこととして、やっていこう!
3.2(火曜日)
昨日は卒業式。花束や卒業証書の筒を持った高校生達を見ながら、20数年前?を思い出しました。卒業式の日、友人に誘われて初めて行ったJAZZ喫茶。大人の世界へ足を踏み入れたようでなんだか、ワクワクしました。学校が上がるたびに、学校区が広がるように 行動範囲が広がり、許されることが増えて大人に近づいていくようで うれしかったことを覚えています。振り返って今の子供達を見てみると、小学生のうちから 塾通いで夜間外出に慣れ、コンビニで自由にお金を使って 好きなものを買い、中学生になれば カラオケや映画にも自分達だけで出掛けて 喫煙、飲酒をする子達もいます。高校生になれば 出かける範囲は もっと広くなり 大人がやっていることは 何でもできると錯覚をしているのではないかと思うくらいです。その上 未成年ということで 親や法律の保護があり、一番大切な責任が全く問われていません。これでは大人になる楽しみはないですよね。いつまでも子供でいて、好きなことだけして暮らしたい・・・そう思う子達がいても不思議ではありません。大人にならなければできないことがある、自由には その大きさと同じだけの責任もついているのだということを 子供達に是非教えていかなくてはと 思いました。そんなことを考えている私の横を タバコを片手に 自転車の二人乗りをした女子中学生が・・・。
どう話したら伝わるのかな?
3.3(水曜日)
経営者の責任
一昨日前 「ある中小企業が経営難をどう乗り越えたか」という経営改善策をテレビで紹介していた。バブル崩壊後売上が激減し、赤字が続いてこのままでは倒産するというところまで行ったこの会社で、改善策として出たアイディアは 会社の利益を先取りするということだったそうです。まず売上の10%を会社利益として確保し、その後経費を引いて 残りを人件費として社員に分配する。その結果 給料は変動し、昨年夏75万円あった給料は 16万、13万・・・と下降の一途。おまけに社員を 社外勤務と称し 人材派遣のように全く関係のない コンビニや デパート等へ仕事に出す。ひどい人は 南の島でさとうきび刈り。この社外勤務にだされた人の80%は その後退職するという。現在考えていることは、今の売上で給料を支払える人員数を割り出し、過剰人員をいかにリストラ、つまりクビにするか。社長は「これは現在のような不況の時代を生き残る為の画期的な方法で デメリットはひとつもない」と にこやかに言った。しかし、これはおかしい。第一、現在の売上から逆算して 過剰人員を割り出すというけれど 少なくなった社員数で今と同じ売上が上がると思っているのだろうか。このようにして、社員を減らし、売上が減って、又社員を減らし・・・ 誰もいなくなった会社に存在意義はあるのでしょうか?社員は会社のための使い捨ての道具ではありません。会社は社員に安定した生活が出来るだけの給料を支払う義務があり、そうした経営をすることが 経営者の責任だと思うのです。会社があるお蔭で生活ができる。社員が頑張ってくれるお蔭で 会社が運営できる。こうしたお互いの感謝が会社を発展させていくのではないでしょうか?会社の利益を先取りして、社員を平気で切り捨て、それが会社が生き残る道だと言い切る・・・経営者として失格だと思ったのは私だけですか?
3.4(木曜日)
心のとげ
新聞に投稿された作文を読みました。そこには15年前の自分の結婚式の朝、父親の気持ちがわからないで 不用意な言葉をぶつけて 後悔している女性の思いが綴られていました。その時の父親の気持ちがわかるようになった今、申し訳ない気持ちでいっぱいなのに それが口に出せず、年老いて弱々しくなっていく父親をただ黙って見ているしかない・・・という 家族間ではありがちな、でも とても辛い思いでした。彼女の最後の言葉「心のとげは一生抜けることはない」が 悲しく響きました。
人は誰でも過ちを犯します。生まれてから一度も 間違ったことをしたことがないという人は まず一人も存在しないでしょう。言葉や態度で人を傷つけ そのことに気付かない人さえいます。彼女のように 気付き、後悔しながら辛い思いをかかえて生きている人もいます。でもね、申し訳なかったなぁと思ったら それを口に出して欲しいのです。照れくさくてできない・・・ということならば 手紙を書いてもいいと思います。大切なのは、「あの時はごめんなさいね」と心から詫びることです。言われた人は忘れているかもしれないし、やはり傷ついているかもしれない。でも この「ごめんなさい」は その心のトゲをとかす魔法の言葉なのです。家族だからこそ、何も言えずに苦しんでしまうことも多いけれど、家族だからこそ伝えてほしい「ごめんなさい」
3.5(金曜日)
子供の気持ち
『親の心子知らず』とは昔からよく言われることですが、最近では『子の心親知らず』ということも多いのではないでしょうか?とっても素直で手のかからない、良い子だと思っていた子供が ある日突然「学校に行かない」と言い出したり、口も聞かずに部屋にこもるようになってしまったり・・・。子供は親に愛されたいと思うあまり 随分無理をしていることがあるようです。子供が小さかった頃、私は自宅レッスンをしていて、生徒さんに迷惑にならない様 1週間に1度子供達を保育園から直接スイミングに通わせ、その日に仕事をしていました。上の子が5歳、下の子が3歳の時でした。今思えば 随分無茶なことをと思いますが、子供達は嫌だとも言わずに スイミングのある日にはカバンを持って うれしそうに保育園に出掛けていくのです。保育園の系列会社が経営するスイミングは 保育園まで迎えにきてくれて、私は安心して仕事をしていました。半年位たった頃 仕事が休みの日に 教室を見に行きました。どれだけ泳げるようになったのかなぁ・・・と。ところが、下の娘は着替えはしたものの 私から離れないのです。コーチの方がいくら呼んでも 私に抱きつきプールにさえ入ろうとしません。「いつもは 一人で何でもやって元気にしてるのに、今日はどうしたの?」ととても不思議そうなコーチや他のお母さん達。結局30分ほどしてから「途中で帰らないでね」と指きりをして娘はプールに入っていきました。随分我慢をしていたのだなぁと ムスメを見ながら思わず涙したことを 今でも思いだします。小さな頃の 小さな出来事。他にも子供達の心に気付かなかったことがあったのではないかしらと 反省する不出来な母です。自分の気持ちを伝える術を知らない子供だからこそ、やはり親の方が気付いてやらなければいけないのかもしれません。親の気持ちは親になれば いつかわかりますが、子供の気持ちって自分でも忘れてしまっていますものね。
3.6(土曜日)
選択することと引き返す勇気
朝何時に起きて、一日をどのように過ごすか。何を食べて、誰と会うかetc.・・・ 私達の生活の全ては常に何かを選択し、その結果が今現在の生活をつくっています。日常のささいなことから、仕事・結婚といった人生を大きく変える選択まで 私達は何かを選ぶのです。どのような思考法で どんな選択をしていくかで人生は変わっていきます。私達は決して変えることの出来ない運命を無理やり生かされているのではありません。選ぶ時も大切ですが、それ以上に間違った選択をしたと気付いたときに どのように対処するかということでその後の人生が大きく変わってきます。昨年から 絶対につぶれないと思われていた銀行や、大手の会社の倒産が相次ぎました。そのどれもがもっと早い時期に間違いを修正し、方向転換をしていれば違った結果が出ていたのではないかと思います。一個人の問題ではすまないことだけに 経営陣に引き返す勇気がなかったことが残念でなりません。私達個人の人生でも より良い道が示された時には、方向転換をするフットワークの軽さ。間違えたなと思った時には引き返してやり直す勇気を大切にしたいと思います。
ずるずると破滅への道を歩みつづけることだけは決してしてはいけないと改めて誓った私です。
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