Cross my mind 19  1999 11. 7 to 11.21

             

11.21 知ってるつもり
今日は、「ヘレン・ケラーと中村久子さん」でした。二人とも後天的な要因で、ヘレンケラーは三重苦・中村久子さんは両手両足切断という とても重い障害を持ち、その上で、ご自分の人生を見事に生ききった方達です。ゲストには、先日 重い障害をもった長男を亡くされたばかりの、ゆっぴい君のお母さん 石井めぐみさんが出演されていました。その重い障害にかかわった3人の人達が 皆さん「障害に感謝する」と話されます。障害のお蔭で、神を知り、自分の使命を知ったと……。
昔、私は 自分に障害がなかったことに感謝し、障害をもつ人には同情の思いを抱いていました。しかしある時、人はみんな自分でその人生計画をたてて生まれてくる。障害をもって生まれた人は その苦労の多い人生の中で、多くの人に勇気を与えるという自分の使命に気づき、立派に生ききってきますと この世に生まれてくる「光の天使」なのだと学びました。確かに 障害を持ちながら輝く人生を送っておられる人達は本当に多く、その人達を見ていると、私は一体何をしているのだろうと思うことも少なくありません。以来私は、障害を持った人達は 本当に強い決意をもって 生まれてこられたのだなぁと尊敬の念をいだき、またその子どもを育てるという約束をして親として先に生まれてこられた ご両親も素晴らしい方達だと思っています。ただ、そうした自分の決意も 親子の約束も忘れて、障害があることを嘆く人も多くいらっしゃいます。そうした人達には、その障害は自らの人生計画の一部であること。その障害を通して自分を磨き、多くの人に勇気と愛を与えて 人生を輝かしいものにしてくださいねとお伝えして、蔭ながら応援していきたいと思います。
「私は沈黙と暗闇の中で、光を見ています」ヘレンケラー
11.20 一人で頑張り過ぎないで
今日、高校時代の友人と久しぶりに、おしゃべりをしました。彼女は大手損保会社に勤めて22年。営業以外の社内業務の最高責任者です。もともと身体がそんなに丈夫ではないのに、帰宅が毎日10時を過ぎるハードワークを必死にこなしています。今日は病院に行くために家にいましたが、通常の土曜日や祝日は仕事の為に、ほとんど出勤しています。私のまわりに、こんなに仕事をしている人はいないので、なんだか信じられない毎日です。「仕事のしすぎだよ」と言うけれど、社員を補充しないという会社の方針で とにかく大変そうです。
「昔は時間は作り出すものだと思っていたけれど、どんなに工夫して、考えても時間が足りない。本当に、今倒れたらしばらく復帰できない。愚痴は言いたくないんだけど、会社ではこんなこと誰にも言えないし……。」彼女はそう言いながら、涙を流しました。彼女は責任感が強くて、真面目な人です。仕事がおそいとか、要領が悪いとかではなく、仕事ができる故に いろいろな仕事が彼女のところに集まってきてしまうのでしょう。業界全体も大変な時ですから。
弱音をはきたくないと言って泣く彼女に、私は「がんばり過ぎないで。言ってもいいんだよ」と声をかけることしかできませんでした。弱音を吐きたくないと思う人ほど、ギリギリまで頑張ってしまいます。でもね、たとえ仕事と言っても やりすぎはいけないと思う。確かに、頑張らなくちゃあいけない「ふんばり時」はある。でも、絶対時間と自分の身体を考えて、どこかで割り切ることも必要だと思う。仕事は自分がこなしていくもので、決して仕事につぶされないでほしい。
そしてね、そんな時こそ誰かに言えばいいんだよ。「しんどいんよ」って。それを言ったからって、弱い人間だなんて思うことないよ。だって、そう言った途端に、歩き出す元気が出てくるんだもの。 
11.19 あすか
NHKの朝のテレビドラマ「あすか」今日は、和菓子にとって絶対にかかせない、大切な「あん」作りをまかせられたあすかが、不注意でその「あん」をこがしてしまったところから始まりました。
謝るあすかに 父親である親方は、「謝ることより、どうするかを考えろ」と一喝します。自分のミスで大変な事態に落ちいってしまった時、謝るだけではなく、何ができるかを必死で考えて、より良い解決策を提案することがとても大切です。なかなか難しいことですが……。
「あんがなくては、和菓子は作れないから、臨時休業にする」と言う店の主人に対して、親方は「あんなしだった創業当時の菓子を作ったらどうか」と提案します。丁度創業記念日が近いということで、急遽100年以上前の昔の御菓子を作って、そのピンチを無事乗りきり、禍を転じて福と為しました。ドラマだから、うまくいったんだと言われるかもしれないけれど、これは真理だと思います。
準備万端整えて、これで大丈夫と思っていても 不測の事態が起きることはあります。そうした時に、仕方がないとあっさり諦めて、いつまでも「あの時、あのことさえなければ」と失敗したことをその不測の事態のせいにする人がいます。それが一番簡単なことですけれど、何も得るものがありませんし、大切な「信用」を失う最悪の選択です。
逆に その事態をなんとか乗り切ろうと必死で考えた時に、素晴らしいアイディアが閃いて、失敗を挽回した上に、当初より良い成果をあげることが出来る時があります。これは、潜在意識や天使から送られたインスピレーションだと思います。私達自身がより多くの知識を学び、より高度な技術を習得すると、それに合わせてより多くの高度なインスピレーションを受けられるようになります。
私達が1を聞いて学ぶと、潜在意識は10を知ってくれるのかしら?
11.18 心の力と教育
私たちの心には無限の力が宿っています。そして私達は、本来は、願った通りの自分や、環境を作り出している力も持っています。まずそのことを知って、心を鍛え、その力を伸ばしていくことが私たちの幸福につながると思います。しかし、そのためには「正しい価値観」を知ることが絶対に必要だと思っています。世の中には、常識いうものさしがありますが、これは時代や国・地域によって違うこともあり、普遍のものではありません。この常識を生きる指針にしていては、本当の幸福はつかめないのではないかと思います。この「常識」に対して「真理」といわれるものがあります。これは「ほんとうに正しいこと」という意味であり、この真理は、国や宗教によって違うということのない普遍のものです。この真理の探求こそが教育の本質です。
この「真理」は、高次元の神仏といわれる偉大な存在からおろされています。人は、それぞれの人生を、自分の個性を輝かせて生きていくのですが、根本的なところでは、この神仏の心を自分の心として生きていくことが大切だと思いますし、そのことをこそ、神仏は願っておられると思います。それが私達が幸せになる道だからです。
人は、生まれながらにして、無限の力を秘めた心をもつ偉大なる存在です。しかし、もし森の中に捨てられ、狼によって育てられたとしたら、その心の力を十分に発揮することなく、人としての生活をすることも難しいことでしょう。人としての教育を受けて初めて人となるのです。仏神の子であることと、自らが仏神である思うことには、大きな違いがあります。仏神の心を学び、その心に近づけるように生きていくのが私達人間の生きる道であり、そのためにもそうした「真理の探求という教育」・真理を学ぶということがとても重要だと思います。
11.17 神様はみている。自分は知っている
今朝の新聞に、3人の中学教師が逮捕された記事がありました。二人は、テレクラで知り合った中学生にお金を渡しての買春行為。もう一人は生徒相談室で自分の学校の女子生徒にわいせつ行為をしたとのことで逮捕されたのです。教師は”性職!?”と書かれたタイトルを見て、あってはならないことなのにと思いました。そのうちの一人の教師は、「法律は知っていたが、ばれなければいいと思った」と話したと言います。それを読んで、現在の学校の様々な問題の原因の一端を見た思いがしました。
ばれなければ、何をしてもいいと考えている先生が、子供達に一体何を教えることができるのでしょう。人間として一番大切なことが欠けている教師に……。
私は子どもが小さい時に、「神様は、あなたが誰も知らないところでした、善いことも、誰も見ていないと思ってした悪いことも、みんなご存知なのよ。そのことを決して忘れないでね」と繰り返し話しました。また、そうした目にみえない存在に自分が守られていることに対する感謝も忘れないようにということを、ことあるごとに話しました。成人した息子が、今このことについてどのように考えているかわかりませんが、そう話してきたことは、心の中で、目に見えない存在を信じるという芽を出していることを願っています。この「目に見えない存在を信じる」ということは、とても大切なことだと思います。そのことさえ信じることができれば、誰も見ていないからと いじめをしたり、万引きをしたりといった悪いことはできなくなると思います。もし、神様という言葉に抵抗があるのなら、「自分が知っている」と言っても良いと思います。自分のしたことは、全て自分が知っている。自分の良心に恥じない生き方をしようということを、是非、子ども達に教えてほしいと思います。
11.16 素直な心
松下幸之助さんは、一生を通じて「素直な心の大切さ」をお話しされました。素直な心に勝るものナシということなのでしょうね。
大人になって、一人前に仕事をし、家庭を持って子育てをし、自分の判断でいろいろなことをこなしていく。そうした日常の中で、自分に自信を持てばもつほど、謙虚さを失っていないかどうかを振りかえることが大切だと思います。謙虚になり、素直な心で人の言葉や、書籍の言葉、日常におきてくる様々な出来事を受け入れる時、私たちの心は また新たな気付きを与え、私たちを良き方へと導いてくれます。
素直になるということは、相手の言い分を盲目的に信じる事でもなければ、言いなりになることでもありません。その相手や、出来事が自分に何を気づかせようとしているのかを、真っ白な心で考えてみる事です。頭から、自分とは価値観が違うと思って聞き流すのではなく、まず、相手の言うことを理解しようと努め、自分のこととして真っ白な心で考え、その上で自分なりの結論を出すのです。その作業の途中で 様々な気付きがあります。私たちの潜在意識は、誰かの口を借りて、私達にメッセージを送ってくれることが多くあります。子どもや、家族、ライバル、先生、ふと知り合った人、テレビやラジオのアナウンサー、小説の中の主人公等など……。それが誰かは、わかりませんが、確かにそうしたメッセージを送ってくれる存在があるのです。それに気づけなかったとしたら、それは、私たち自身の責任です。
素直な心で生き、多くのメッセージに気づいて毎日を暮らしていきたいと思います。

11.15 初めに心ありき
大阪の万国博覧会の時に、松下電器では、パビリオンに並んでくださったお客様に、紙で作った帽子を渡したそうです。その結果、松下電器の名前の入った紙の帽子をかぶった多くの人が 他のあちこちのパビリオンに並び「さすが、松下さん。宣伝がお上手だ」と噂になったそうですが、その真相は……。
夏の暑い日に、松下幸之助さんは 松下のパビリオンに並ぶ人たちの最後尾につき、約2時間並んで入場されたそうです。途中でその事に気付いた松下の責任者が、別の入場口から入ってほしいと進言すると、「お客様がどれだけ並んでくださるかが、知りたいから」とそのまま並び、入場後3つのことを支持したそうです。そのうちの一つが、この紙の帽子でした。暑い中、立って並ぶのは大変だから、せめて日よけになるような帽子を渡してくださいと。そして、社員はその社長の気持ちをくみ取り、雨が降っても大丈夫な加工をし、並んでくださるお客様に渡しました。その帽子を受け取った人達は、松下のパビリオンを出た後も、それをかぶり続けて会場を回り、その結果 松下の名前があちこちで見られることになったのです。
同じ帽子でも、最初から宣伝目的で作って渡したものと、松下さんがお客様のことを思って提案した結果 生まれた帽子では まったく違うと思います。結果よりも、それをしようとした「思いが大切だ」ということ。そうした思いの大切さに気付く人が、多くなればなるほど、この世の中も さらに素晴らしくなっていくと思います。
どんなことでも、それをどんな思いをもってするかという「心」が一番大切なんですね。
11.14 信頼して任せる
昨日、夫が 20年近く取引をさせていただいている中堅の建設会社のセミナーに参加してきました。その会社の社長さんが下請けのトップを集めて、これからの時代をどのように経営していくかという話をされるというこでした。建築業も、この景気低迷の中、倒産する会社が相次ぎ苦しい業界です。そんな中で、この会社も下請けへの発注金額を2割減、3割減として自社の利益を確保してきました。古くからの下請けは随分離れ、新しい取引先が半分以上をしめる中、その社長が言われたことは……。
・職人はサボるものであるから、徹底した管理が必要である。
・人間はほおっておけば悪くなる。よって、ナビゲータ付きの車や、所在のわかる携帯電話によって、社員の行動を徹底して管理する。
ということだったそうです。夫はガッカリして帰ってきました。この社長は人を信じていない。
社員はサボルものと思い、徹底して管理し、注意してやろうと思っている経営者のもとに 素晴らしい人材が集まるのでしょうか。人は、信頼され任されて、初めてその会社の為に精一杯頑張ろうと思えるのではないかと私は思っています。大勢いる社員の中には、確かに不真面目な人もいるかもしれません。しかし、そうでない人の方がずっと多いのです。社長に信頼されていないその会社の社員がとても気の毒になりました。
上司・社長がすべき事は、社員の管理ではなく、社員の性格や能力を見ぬいて、適材適所に配置し、信頼して仕事を任せ、その能力をさらに高めていくように指導することだと思います。
社員を信じない会社・下請けを信頼していない会社とこの先も取引を続けるか否か。私達にとっても考え時かもしれないと思いました。

11.13 光の下へ
太陽が 雲ひとつない空に輝いている時、あなたはどうしますか?木の蔭やビルの陰のような陽の射さないところにいきますか?それとも、外に出て太陽の光を存分に浴びるでしょうか?
太陽の光は、私たち生き物にとって、かかせないものです。また、私達人間の魂にとっても「光」はとても大切です。臨死体験をした人達は、一様に「とても明るい、光のもとへ行った」と言います。仏像には後光と言われる大きな光の輪がありますし、宗教画を見ても イエスさまや 天使の頭の上には、光のリンク゛が書かれています。それは私達を生かしめようという神仏の愛・慈悲を 表現しているそうです。私達は目に見えないこうした光に包まれて生きている存在なのですね。
この神仏の光は、全ての人間に等しく注がれています。お金のある人に多く、お金のない人に少なくなどということは、決してありません。光の中を生きている人は、幸福感が強く、生き生きとしています。たとえ、苦難・困難に出会ったとしても、その光が道を指し示し、その暖かさが 道を歩む勇気と元気を与えてくれますから、そこから又学びを得て 魂をより輝かせていきます。
しかし、もしそうした光を受けられなくなると、真っ暗で、進むべき道も分からず、心は不安と、苦しさで占められ、辛い毎日を生きることになります。それは丁度 雲が太陽の光をさえぎるように、自分の心のくもりが、そうした光を遮ってしまうからです。同じ人生を歩むなら、やはり明るい光の下を歩いていきたいですね。その為には、笑顔と 明るい気持ちで過ごす事が大切かなァと思います。悩み事があって、とてもそんな気になれないという時もあるかもしれません。
でも、昔から言うでしょ?「笑う門には福来る」って。最初は無理やりでもいいですから、まず笑ってみることです。それが明るい光の下へ出る、一番の近道なのですから。
あなたの上にも光は射しています。どうか、その光の中を歩く幸せと安らぎを感じてくださいね。
11.12 誰のために……。
一生懸命に仕事をし、掃除も洗濯も、お料理も完璧にこなしていると思うのに、整然とした部屋で、家族と会話もなく食事をする。笑い声なんて 最近聞いたことがないし、自分も心から笑ったことがない。散らかった部屋でも、楽しそうに食事をしている人達がうらやましい。何故なんだろう。誰にも文句言われないように、こんな頑張ってるのに……。そんなことを言って、しょんぼりしている人を見ると、「あなたは 誰のために 家事をしているのですか?」と聞いてみたくなります。
自分がいたらない奥さんや、母親だと言われたくないためにする家事は、自分のためなんですね。ですから、頑張っているわりに 誰からも感謝されなくて、自分自身が不満に思うことが多いようです。反対に、ダンナさんや、家族が気持ちよく生活をしてくれるとうれしい。そんな思いでする家事は、そこに皆の幸せを願う心が込められていますから、たとえ、完璧にできていなくても、皆の心を満足させてくれるようです。不思議だけれど、それが心が仕事をするということかもしれませんね。家事に限らず、相手のためと言いながら実は自分のためということが、よくあります。それに気がつくことも また大切かなァと思います。
そしてね、一番うれしいのは、自分が楽しんですることで、誰かが幸せになってくれること。そんな毎日がおくれたら、最高の人生ですね。
11.11 愛と無関心
愛の反対は 嫌うことではなく無関心なのだと聞いて、そうなんだなぁと思いました。嫌われるというのは、うれしいことではありませんが、自分に関心をもってくれる人がいないと思うことほど、寂しく辛いことはないのかもしれません。
非行を繰り返す子ども達の中には、親が自分に関心を持ってくれないために、なんとか気を引きたいと 悪いことをし始めたと言う子がいるそうです。最初は、小さなことから……。親が何も言わないので、これでもか、これでもかとエスカレートし、ついには何をしても叱ってくれなかった親に絶望して、自分はどうなってもよいと自暴自棄になったという話を聞きました。「殴ってほしかった」と泣く子もいました。
親にも言い分はあるのかもしれません。「できの良い子ならばともかく、注意したって聞くを持たないで好き勝手をし、素行不良で学校や 警察の呼び出しを受ける。そんな子どものことなんか、愛せない」そう言って はばからない親もいるそうです。
そうしたことを 言われる方に聞いてみたい気がします。
悪いことをしてしまう子どもを育てたのは 誰ですか? たとえ反抗期で いつも反発ばかりしたとしても、時には警察のご厄介になるようなことをしたとしても、そうした誘惑に負ける弱い部分まで 丸ごと受けとめて、愛せるのが親なのではありませんか?と。
完璧な親など 存在しないと思います。ただ、自分として精一杯の愛情を子供達に与えてほしい。親が自分に無関心だと、淋しそうに呟く子が 一人でも少なくなることを心から願っています。
11.10 目標は本物
本物とニセ物はどこでわかるのでしょう。金で考えてみれば、本物はどこから見ても、どこまで削っても金が出てきますが、メッキの場合は、少し削れば下地が出てくるし、表は金でも裏は……。ということになりますね。人間もそうでしょうか。
素晴らしい話をしてくれた人が、演台を下りた途端に別人のような話し方になり、その内容も全く違っていたり、言っていることと、実際の行動が違っていたりすることもありますね。この人は本物でしょうか?いくら有名な人だったとしても、これでは、まだ本物とは言えないと思います。
人は、いろいろな面を持っています。外交的な部分、内向的な部分。それは共に素晴らしい資質です。それぞれを伸ばしていくことは、自分という器を大きくすることになると思いますし、どんどん伸ばし、深めていくと良いと思います。
また、自分の中にきちんとした価値基準を持った人の話は、安心して聞けます。何故なら、いろいろな話題について話をしても、全て同じ基準が根本にあるために、どんな切り口から話をされても、言うことが同じだからです。逆に、その時々、相手によって言うことを変える人は、その人の考え方がなかなか理解できません。それは、いろいろな面を持っているということではなく、まだまだ本物の価値基準が育っていない、本当の自分ができていないということだと思います。
ひとつのことを、いろいろな方面から深く考える習慣をつけて、本物の自分を発見し、「これが私です」という本物の自分づくりをしていきたいと思います。 
11.9 「目に見えないものだからこそ、信じる」ということ
あなたは、神仏を信じますか?と尋ねられた時に、「自分は、目に見えるものしか信じないから、神仏も霊の存在も信じない」という人がいるそうです。そうした人にとって大切なものは、お金や、社会的地位や、学歴や名誉といったものだったりするそうですが、「信じる」というのは、目に見えないから信じるというのであって、目に見えるものは確認をするに他なりません。
何を信じ、何に価値を感じて生きていくかは、個人の自由です。しかし、神仏を信じる人間と、そんなものは存在しないと言いきる人間。どちらと付き合っていきたいかと問われたなら、私は迷わず 「神仏を信じる人間」を選びます。
「神は愛である。」そうした言葉を聞いたことがあります。確かに神はみることができません。しかし、マザーテレサのように、他の人のために懸命に愛を与え、人の幸福を自分の喜びとして生きていく人達、自分が幸せだと思うことを一生懸命にやって、その結果多くの人を幸せにしていく人達を見ると、そこに神仏の思いを感じます。そうした愛の行為の中に、神仏の存在を感じるのです。また、神仏がいないと思うから、盗みや、人を騙すようなことも平気でできるのではないかと思います。誰でも、人前で盗みをしたりはしませんよね。でも、神仏の存在を信じていたなら、たとえ誰も見ていなくても、盗みをすることなんてできないと思います。悪いことなんて、とてもできない。
もし、世の中の人が 皆 神仏を信じていたら……。犯罪は減り、幸せになる人はずっと増えると思います。「ならば、その存在を証明してみろ」って?その答えは、あなた自身の中にきっとあるはずです。あなたは、誰の子ですか?
11.8 娘の成長
大学に入って以来、春休みも、夏休みも、お盆もお正月も、練習や、合宿で帰ってこれなかった娘。試合のために帰ってきても、いつも3日もすれば 学校に戻って行く。そんな彼女が、試合が3日と7日に分かれていたため、初めて1週間も帰って来た。帰った翌日には、自動車免許を取得したので、いろいろな大きさの車を運転させ、高速道路、堤防、バイパス、山道を走らせ、タワーパーキングの経験もさせた。そして、免許をとってわずか 1週間で 車で 岐阜から埼玉まで 片道450キロほどを帰ることになった。
さすがに一人で帰すのは心配で、私が同乗したけれど、まずは 自宅から諏訪湖のSAまで、130キロほどを彼女は ひとりで運転し続けた。まあ、合格点といえる運転ぶり。その間、いろいろな話をする。親元を離れて1年半。結果をださなければならない、勝負の世界に身をおき、ずっと頑張って来た。もちろん、練習だけでなく、女子大生らしく?カラオケやショッピングに行くこともあるようだけれど、卓球に関して、流した涙も多かった。もし、私が近くにいて、そうした話を全て聞いていたら、きっと 余計な口出しをしたり、甘やかしたりすることもあったに違いないと思った。離れているからこそ、彼女が自分で乗り越えてきたのだと、そんな感じがした。
親が心配する以上に 子どもは力を持っている。親としては、子どもを手元において、保護することよりも、子どもが与えられた場所で 自分を生かす方法を身に付けさせることが大切なのかなぁと感じた。高校まで、手元において、親としての価値観は教えたつもりだった。その上で彼女がいろいろと経験をして、彼女なりの価値観を育てていったのだと思う。
あと、3ケ月ほどで 20歳になる。彼女の運転する車に乗り、いちだんとたのもしくなった娘を見ながら、もうすぐ親としての役目も 8割は終わるなと感じた日だった。
   (11.9)
11.7 Cross my mind
このCross my mindのページをアップしてから、もう9ケ月がたちました。これを毎日更新してこれたことは、自分でも驚くばかりです。当初、こうしたページを作ることは 考えてもいませんでした。1月11日に、ホームページデビューを果たし、いろいろな人に教えていただいて、なんとか、体裁が整ってきた頃、自分の日記を書いてみよう。ただ、その日あったことを書いただけではつまらないので、その日々の出来事の中で、気づいたこと、学んだことを書いていこうと思いつきました。読者ができることなど、頭になく、ただ、自分の心の記録をしていこうと思い、このページが生まれたのです。ところが、しばらくすると、これを読んで、自分もそう思うといったメールをいただくようになり、リンクをしてくださる方も、Cross my mind がおすすめだと宣伝してくださるようになりました。なんだか、予想外のことで とても照れましたが、これを読んで元気になったとか、そうした考え方があるのだと知って、勇気が出たなどというメールをいただくと、今度は、とてもうれしくなり、その人達の言葉が また私に元気を与えてくれるようになりました。今では、このページのお蔭で、より多くの素晴らしい方達に出会えたのだと思っています。
皆さんが読んでくださることを知って、私は、誰が読んでもわかる文章を書こう。一人よがりの文章は決して書くまいと、決心しました。人の心に語りかけ、その人が自分のこととして 考えてくれたり、思いをはせてくれる文章とは、易しいものだと思うからです。相手の心に届いてこそ、文章も生きてくると思います。ですから、私が何を言おうとしているのか、わからないときがあったら、是非 そのことを教えていただきたい。いつもそう思って書いています。
このページを読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。心から感謝致します。
T2.7〜21 U 2.22〜3.6 V 3.7〜21 W 3.22〜4.6 X4.7〜21 Y 4.22〜5.6 Z 5.7〜21
[ 5.22〜6.6 \ 6.7〜21 ] 6.22〜7.6 J 7.7〜.21 K 7.22〜8.6 L 8.7〜21 M8.22〜9.6
N 9.7〜21 O9.22〜10.6 P10.7〜21 Q 10.22〜11.6


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