皆様のご意見を & でお待ちしています |
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| 7. 6 |
ネットのすすめ
オギャーと赤ちゃんが生まれてからというもの、母親にとっては、ミルクを飲む量からお昼寝の時間、体重の増え方など、いろいろと気になることばかり。特に初めてのこどもは、親も緊張して、気合が入っているわりに、経験がないから、不安も多くて、いろいろと大変だ。育児書を読み、自分のこどもの成長の度合いと比べる。標準なら安心、少しでも違うと不安になる。核家族の中でそうした不安を相談できる人もなく、ついつい、ひきこもって、ノイローゼになったり、児童虐待という最悪のケースにつながることもあるらしい。
保健所の人達は、検診の時に赤ちゃんのことよりも、そうした母親の様子を観察し、母親の話を聞き、心を落ち着かせる事が一番の仕事になっているという。
こうして、赤ちゃんがいたりして、外にでられないお母さんにこそ、ネットの世界を教えてあげたいと思う。いろいろな情報を集めることができるし、何よりも、誰かと、こどものそうした小さな悩みについて、話せるというのは、ずいぶん心強いと思う。
しかし、育児書通りに育つと思うこと自体がおかしいと思いません?大人だって、考え方や、体力、容姿などなど、同じ人は一人としていないし、ロボットじゃないんだから、同じはずがない。まず、そこからスタートした方がいいよね。
それに、こどもの言うことって、宝物みたいな言葉がたくさんある。大きくなったら、なかなか言えない素敵な言葉。そんな言葉に感動し、他のこどもと、比べたりしないで、こどもの成長を楽しんで見ていけるといいなぁと思う。こどもが大きくなるのは、すぐだから・・・。
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| 7. 5 |
心不安定な頃
中学2年ぐらいから、思春期に入ったらしい長男は、親をうるさがり、口を利かなくなり、家族と一緒に食事をしなくなり、一時は、家族というか、家庭そのものを拒否しているようにも見えた。
自分が何をしたいか、何ができるのかがつかめないで、いらいらしているように思えたが、学校の係りの仕事を、毎日欠かさずやりとげた2学期は、何となく落ち着いているような感じで、自分が、どこかで役に立っているという気持ちが、自信になったのかなと思った。
高校に入って、相変わらず目標が定まらなかった彼は、初めて3ケ月ほどアルバイトをした。学校に行くよりも、生き生きと真面目に取り組んでいて、家族ともいろいろな話をするようになったっけ。
こどもたちには、それぞれ、いろいろなことがあったけれど、自分の将来が見えず、今の自分の状態に不安を持っていると、こんなにも不安定になるものかなぁと思うことばかりだった。大好きな卓球に打ちこんでいた娘でさえ、一時目標を見失った時には、行動が少しおかしくなった。
好きなこと、打ちこめるものがあることが、どれだけ精神を安定させ、前向きに物事を考える力を与えるか。どんな小さなことでも、自分が役に立っているという気持ちが、どれだけ本人に自信と、生きる勇気を与えるかを感じている。
これは、思春期だけでなく、高齢者の方にもあてはまるのではないだろうか。趣味がたくさんあって、お友達が多い人の場合は別として、「家の事は何もしなくていいから、お好きなことをしてください」と言うのは、親切なようだけれど、「貴方にできることは、何もなくて、我家では必要ありませんよ」といわれているように感じて、淋しい思いをしている人がたくさんいる。
どんな仕事でもいいからお願いをして、「貴方のお蔭で、皆がとても喜んでいますよ」というメッセージを送るほうが、ずっと、ご本人にはうれしいのではないかと思う。
自分が役に立たない存在だと思うほど悲しいことはないから・・・。
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| 7. 4 |
自己犠牲と幸せ
昔々、誰かの幸せのためには、誰かの犠牲が必要なこともあって、自己犠牲こそが、もっとも高次元な愛の形ではないのかと、思っていた時期があった。私は、自分を犠牲にしてまで、人の幸せを願うことはできないから、ダメな人間だなぁと。
しかし、結婚してこどもが生まれ、育て、いろいろな経験をしてくる中で、自己犠牲が尊いものではないと思うようになった。犠牲になっていると感じるのなら、それはむしろ、自己満足ではないかと。
母親が自分を犠牲にして、こどもの為に働き続けたという話を聞くこともあるけれど、こどもの為に心を痛め、働くときにそれを犠牲だと思うだろうか。こどもが幸せになってくれることが嬉しいからするのであって、それは同時に母親自身の幸せでもあったのだと思う。第一、自分の為に母親が不幸になったと思うほど、つらいことはない。そんなことをこどもに思わせてはいけないと思う。
また、自分が犠牲になれば、あの人が幸せになるという考え方は、どこか違うのではないか。人の犠牲の上に本当の幸せはない。自分の為に誰かが犠牲になったと思いながら、幸せになることは難しい。自己犠牲は、誰も幸せにすることはできないと思う。
自分を愛して、人を愛する。自分を責めず、人も責めない。
自分が楽しい、幸せだと思うことをして、それが同時に他の人を楽しませ、幸せにする。
これが「利自即利他」の世界。
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| 7. 3 |
どんな種をまきますか?
私達の心は畑のようなものです。土を耕し、種を蒔き、水や肥料を与え、陽射しをあてて育てていく。自分の心の中に何が育っているかを見れば、どんな種をまいてきたかがわかる。
心の中が、平穏で穏やかで、幸せに満ちているならば、そうした種を、人をうらむ気持ちや、怒りの思い、悲しみでいっぱいならば そうした種を蒔いてきたということ。
自分でまいた種は自分で刈り取る。それがこの世の法則。
ならば、悪い種を蒔いたと気づいたら、早いうちに、その芽を摘み取ろう。もし、それが大きく育ってしまったのなら、良い種をまき続けることだと思う。良い種が芽を出し、大きく育ったなら、悪い種から育ったものは、いつか枯れていくことでしょう。
自分を害さず、他人を害さない。自分を幸せにし、他の人を幸せにするような、良き種をまきましょう。そして、常に耕すことを忘れずに、水や肥料も十分に与え、太陽の光を十分にあてて、素晴らしい花を咲かせましょう。
心の中が、素晴らしく綺麗な幸せの花でいっぱいになることを目標に。
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| 7. 2 |
責めない
結婚して10年くらいたった頃、「少しでも自分に過ちがあったなら、素直に詫びる事が大切で、どちらがどれだけ悪いなどということは、問題ではありませんよ」というような言葉に出会いました。
確かに、比率はどうあれ、どんな場合でも トラブルが起きる時には、自分にも非があります。その非の部分に対して、詫びよう。相手を責めるのはやめようと決心しました。
すると、不思議と腹がたたなくなって、怒ることが少なくなり、ほとんど人ともめなくなりました。時々夫が、きつい口調で何かを言っても、素直に謝れるようになりました。どうしても、納得がいかない時にはその場ではなく、夫の心がおちついた頃に、伝えるようにしました。こどもたちに対しても同じで、私が 腹を立てて言い合いになることは全くなくなり、大切だと思うことは、お互いが冷静な時に、静かに話すことを心がけました。
しかし、3年ほど経ったときに、ふと不安になりました。世の中には、少しでもこちらが悪ければ、責める人もいるし、自分が悪くても謝れない人がいる。いつも、私が謝る、相手を責めない事によって、私は夫やこどもたちを、謝る事のできないわがままな人間にしてしまっているのではないかと。
でも、それは取り越し苦労だったような気がします。素直に謝れているかどうかは少し不安ですが、夫もこどもたちも、あまり人を責めない人になったような、そんな気がします。
今、夫が私を責めない事で、ぼけて時々やらかすポカも許されて、どれほど自分がのびのびと 暮らせているかを感じています。
腹が立たない、素直に謝れる毎日は、とても心穏やかで幸せです。
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| 7. 1 |
与えきり
ギブ・アンド・テイクの世界に生きていると、満たされない思いや、不満をもつことがよくあります。私は、これだけのことをしたのに、あの人はしてくれない。ありがとうの言葉もない・・・。そんなことで腹を立てたり、嫌な思いをしたことはありませんか?
こどもに対してでさえ、「あんなにしてやったのに・・・」という言葉を聞くことがあります。その時の心は、こどもに捨てられたような淋しさや、悲しさといった不幸な思いでいっぱいですね。
太陽は私たちに、何も求めません。ただ黙って、光を与え続けてくれています。私たちの生活は、いろいろな人のお世話になって成り立っていますし、誰かがかけてくれた思いやりや気配りに、気づかないことさえあるかもしれません。
ならば・・・自分がかけた思いも与えきりにしませんか?見返りを求めるのではなく、与えたことさえ忘れることができたらいいですね。
風が吹き抜けるように、与えたという思いをそこに留めないことです。
ただただ、与えきる。そして、自分が与えられた愛や、思いやり、気遣いについては、心から感謝をし、忘れないでいることが大切だと思います。
そうして、見返りを求めることなく、あたたかい思いを与え続けていく人が増えていくほど、世の中も愛にあふれた素晴らしいものになっていくと思います。
ノストラダムスが予言したと言われる 1999年7の月がはじまりました。しかし、愛にあふれた人達が多くいる限り、輝かしい2000年が幕を開けることでしょう。
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| 6. 30 |
最高の趣味
シルバー世代をどう生きるかという番組で、ゲストの斎藤茂太さんが、「仕事が趣味などといっていると、とても孤独で淋しい老後になりますよ」とおっしゃいました。趣味があることがどれだけ、現役をリタイアしたあとの人生を豊かにしてくれるかということで、どんな趣味がいいのか・・・と。
一番大切なことは「好奇心」を持って、いろいろなことにチャレンジする気持ちをなくさないこと。
次に、その趣味は 文章・絵・作品と何でも良いのだけれど、形としてのこるものであること。
それから、それを発表する場をもつこと。それを縁に 同じ趣味を持つ人と集う事。
そうした趣味があれば、一生心豊かに、楽しく人生をすごせますよとのことでした。
斎藤さんは、3ケ月かかって奥さまと、船で世界一周をされるそうです。1月につき1冊の手帳には、その日のメニューに、奥さまとのけんかの原因から、仲直りまでの様子などなんでも書き残されるそうで、そんな思い出がいっぱいの手帳をたくさん見せてくれました。
それを聞きながら、ホームページ作りは最高の趣味だなぁと思った。
斎藤さんがおっしゃる条件を満たす上に、「世界中の、いろいろな世代の人と、男女を問わず仲良くなれて、本音が話し合える・・・」なんて素晴らしいおまけがついてくる。
こ〜んな良い事を今からさせてもらっていいんだろうかと、幸せを感じた番組でした。(^_-)
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| 6. 29 |
息子への電話
息子が高校を卒業した頃から、名簿で名前を調べたと思われる人達からの電話が頻繁にかかるようになった。20歳をすぎると、その数は益々増え、親しそうな女の子の声で電話がかかってくる。本人が不在の場合が多く、たまにいたとしても、「そんな人は知らない」と言うので取り次がないままに切る。
先日は、高校時代の同級生だと名乗る、あまり名前に覚えのない男の子から電話があった。携帯の番号を言い、夜11時過ぎに電話がほしいという。息子に伝えたけれど、電話をするようにない。「電話しないの?」「別に用事はない」となんともそっけない。電話を取り次いだ者としては、責任があるような気がして、「でも、用事があるからかけてきたんでしょ?普通かけるよ」と言うと、「俺の方には用事はない。用事があるなら伝言すればいい」と言い張る。う〜ん、私なら電話するけどなぁなんて思いながら、これでいいのかと少し心配になった。
自分が付き合っている友達は、携帯の番号を知っているし、それ以外の人は伝言でいいと思っている様子。そんなものかなぁと考えていて、ふと思い当たった。彼のまわりに、昔の同級生や、友達からの電話で、マルチまがいの商品を買わされたり、断れないで困っている子がいるという話を聞いたこと。これが彼なりの自己防衛なのかな?なんて思った。
今度 電話がかかってきたら、ナント言おう。代わりに用件を聞くと言ったら、相手はなんて言うだろうなんて、少し楽しみな母である。
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| 6. 28 |
幸せになる方法
うれしかったこと、楽しかった事を「聞いて聞いて」と話せる相手はいますか?
そうした話を聞いて、心から「良かったね」と祝福できますか?
友人から、良かった話・楽しかった話・幸せな話を聞いて、心の中が温かくなって、とても幸せな気分になる。そして、気持ちが優しくなって、まわりの人にもっと幸せになってほしいなぁと願う。これは幸福の生産者になる第一歩。
自分がうれしかった話って、なんとなく自慢するみたいで、こんなことを言って、相手はどう思うかなぁなんて心配になることってありません?だから、そうしたことを 喜んで聞いてくれる友人がいてくれることは、とてもうれしい。
逆に、何となく、幸せな話・成功した話をしづらい人もいませんか?楽しかった話をすると、顔が曇ってきて、「良かったわねぇ。私にはそんな余裕はないわ!」なんて言われて、悪いことしたなぁ。次からはうれしかった話をするのはやめようと思ってしまう人。かくして、その人のまわりには暗い話ばかりが集まるようになる。暗い話を聞いて、幸せになれる人はいないから、その人自身も何となく暗くなってしまう。こちらは 不幸の生産者への第一歩。
私は、幸福の生産者として生きていきたい。だから時々自分でチェックしてみる。自分の周りに幸せな話が集まってくるかどうか。もちろん、悩みの相談をうけることもあるし、辛く、悲しい話を聞くこともある。しかし、うれしい話・幸せな話が誰からも されないとしたら、ひょっとすると自分がそうした話を聞きたくないと、心のそこで思ってはいないかと、ふりかえってみる。
人の幸せを心から祝福することは、自分が幸せになることだということを心にしっかりと留めて。
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| 6. 27 |
気づきのメッセージ
久しぶりに、海の上で波の音を聞きながら、本を読み、眠くなると眠ってというとても贅沢な時間を過ごした。私が手にしていたのは、鈴木秀子著「愛と癒しのコミュニオン」
最初から、ゆっくりと自分を見つめながら読んでいく。共感する事が多く、とても心地よい時間。
最近、やっとできるようになったことがこの本の中で言われている「ビーイング」であることに少し驚いた。
たとえばこどもに対する愛情でも、「頑張ったら愛する」「能力があったら愛する」という条件付の愛が「ドゥーイング」。これに対して、すべてをありのままに、条件もなにもなく受け入れ愛することを「ビーイング」と呼び、このビーイングの世界に触れる時「人はすべて、一つにつながっている」ということを実感として、受け入れてくれるであろうと書かれていた。
縁ある全ての人を、自分におきてくる全てのことをありのままに受け入れようと、心に決めた時から、イヤだと思う人がいなくなり、耐えられないと思う出来事は、私にはなくなった。これもビーイングの世界に生きるということなのだろうか。
コミュニオン(無条件の愛の絆)が与えてくれる知恵は私たちを苦しみから自由にし、その知恵を身につけるためには、さまざまな気づきを得ることが必要だと書かれていた。そのスタートラインとなるコミュニオンの根幹をなす気づきのメッセージとは、いつも私が、皆に、伝えたいと願っていることだった。これを読んでくださっている皆さんに贈ります。
- あなたは愛されています。大切な、かけがえのない尊い存在として、あなたは深く愛されています
- あなたは許されています。あなたが後悔や自己嫌悪で自分を苦しめている時も、あなたは許され、温かく見守られています
- あなたには価値があります。たとえ自分には何もできず、何の価値もないと思っていても、あなたには生きている価値があります
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| 6. 26 |
受けとめる
幸福か不幸かを 決めるのは、現実そのものではなく、その現実をどう見るかという心だ。言葉についても、同じだと思う。言葉は難しいものだからと、どのように話すか、何に配慮するべきかと、話すほうばかりに気を取られがちだ。しかし、そうして気をつけて話しても、こちらの思いがうまく伝わらなかったり、遠慮しながら話した言葉が誤解されたりと、悩むことも多い。
「言葉」が原因で関係が悪くなってしまった場合、その責任は 全て言葉を発した側にあるのだろうか。悪意に満ちた言葉は別として、受け手が どんな心でそれをとらえ、どう感じるかで、随分違ってくるのではないか。
同じ言葉を聞いても、自分の心の状態によって、全く気にならなかったり、すごくこだわったりすることがある。また同じ言葉が人を励まし、喜ばせることもあれば、傷つけ、怒らせることもある。
ならば、自分の心をコントロールすることによって、常に言葉を良きものとしてとらえ、傷つかず、幸福に生きていくための原動力にしていくこともできるのではないか。
人を傷つけてうれしい人はいない。もしそうした人がいたとしたら、それは、その人自身が幸せではないのだと思うし、そうした人の為に自分が傷つき、不幸になるのは、不幸の生産者になっているようなもの。
自分に投げかけられた言葉の中で、魂の糧となるものは生かし、自分を害すると思うものは、水に流そう。宙にとばしてしまおう。
言葉の毒をまともに受けて、自分を追いつめたり、不幸にしたりしない心を育てようね。
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| 6. 25 |
聞く
友人が、鈴木 秀子さんの「愛と癒しのコミュニオン」という、とても素敵な本を送ってくれた。
この人の本には、長男が思春期に足を踏み入れ、彼の心が見えなくなって、どうしたらいいのかと悩んでいた頃に出会って、こどもたちとの関係のあり方や、接し方を学ばせてもらった。相手のありのままの姿を受け入れる。それが、できるようになったのも この人の本の影響が大きい。「話してくれない時は、こちらが聞く耳を持っていない時ですよ」という精神科医の言葉に納得したのも、その頃のことだった。
「コミュニケーションで心がけなければいけないのは、相手の心を理解する聞き方、そして相手の心に伝わる話し方なのだ」という 鈴木秀子さんの言葉は、大切なことを思い出させてくれた。私は今、結構自然体で毎日を過ごしている。誰に対しても、心を開いて、相手の心に届く言葉を話したいとも思っている。しかし、「相手の心を理解する聞き方」ができていただろうかと反省した。
苦しんでほしくなくて、心穏やかで、幸せな気持ちで毎日を過ごして欲しくて、つい「こうした方がいいかもしれないね」「こんな考え方や、感じ方もあるよ」と言ってしまうけれど、そのことによって、相手に心を閉ざさせてしまっていたのではないかと・・・。
話す前に、聞くことがあったんだと、そんな当たり前のことに気づかせてくれた。心を開いて、信頼して本音を話してもらえる・・・そのためには、「聞き方の練習」も大切ですよと教えてもらった。
素晴らしい本をありがとう。
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| 6. 24 |
発想の転換
「はこもの」は文化か、無駄か!がテーマの番組だったが、東京都の美術館は、入場料金による収入よりもはるかに多くの維持費がかかり、毎年かなりの赤字だという。電気の節約や、人員削減によって節約できた金額が、10億円というから、一体いくらの税金が維持費として使われているのか心配になる。美術館だけでなく、博物館その他 日本全国にこうした赤字の文化施設は多い。
ニューヨークの美術館は、赤字どころか 毎年黒字で、累積黒字が10億にのぼるそうだが、この違いは一体何なのか。入場料は任意で、目安として、大人4ドルと書かれてあっても、実際には1セントでもいいというのにだ。
ニューヨークでは、寄付金を集め、その額が収入の4分の1を占めるという。そして美術館は、市民に還元する事を心がけ、週末にはコンサートをしたり、ドリンク付きのパーティーを企画したりして、皆に楽しんでもらう。それに市民が喜んで参加し、結果スポンサーが増えて、寄付金がさらに集まる。
なんと見事な発想だろう。美術館でパーティーなんて 企画を出しただけで、怒鳴られボツにされそうな日本となんという違い!!この柔軟な発想がアメリカという国をここまで発展させてきたのだろうなぁと思う。
お役所に限らず、日本人は新し発想を受け入れることが苦手なようだ。前例がない、慣例に従ってという言葉が大好きで、昔むかしの古いやり方がまかり通っているおかしな国だ。
でも、これからの時代はこれでは生き残れない。まず、どうあるのがベストかという、理想の状態を想定して、それを実現させるための方法を考え出す。悪しき慣習は排除し、良きものはどんどん取りいれる。新しい時代を生き抜いていくには、新しい発想と智慧が重要だと思う。
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| 6. 23 |
任せて育てる
松下幸之助さんは、人を育てることが素晴らしく上手な人だったと思います。生前よく言われていた事は、「自分は、身体が弱く、学歴もなかった為に、多くの人達に仕事をしていただいて、そのお陰で今の松下があります」ということでした。
一般に、自分に自信があり仕事のできる人ほど、人に任せることをしないで自分でやってしまう傾向があります。しかし、上司が全ての仕事を仕切って 部下は指示通りに動くだけという部署では 人は育たず、そうした会社は発展も望めません。ひとりの人間にできる仕事は限られていますが、その人が部下を育て、自分と同じ仕事をできる人が増えれば、何倍もの仕事ができて、結果会社は発展していくのです。
家庭においても、親がなんでもしてしまうのではなく、こどもの成長に合わせて、こども自身に任せることをタイミングよくしていく必要があると思います。もちろん、失敗することもあるでしょうし、時間もかかるでしょう。しかし、それをじっと見守って、成功すれば誉め、失敗したら その失敗の生かし方を教えていけばいいのです。
自分の判断で、自分の力で何かを成し遂げたという経験は、人を大きく成長させ、そこで得られた自信は、素晴らしい財産になります。
「信じて任せることのできる人」「信じて任せてもらえる人」になりたいと思います。
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| 6. 22 |
パートナー
スポーツを通して学ばせてもらえることは、本当に多い。自分が実際にやる場合だけでなく、観戦し、解説者のコメントや、選手へのインタビュー等から 選手達の生き様について知った時にも、感じること、考えることは限りなくある。
「全米オープンゴルフ」で、ペイン・スチュワートが昨年の雪辱を晴らして、劇的な優勝を飾った。キャディーと抱き合って、全身で喜びをあらわす彼の姿は、とてもまぶしくて、キャディーも心から幸せそうだった。主従の関係ではなく、パートナーとしての姿がそこにあった。
ゴルフにおける、キャディーは よく女房にたとえられる。プレイヤーが主人で、キャディーが女房。
「キャディーは黙ってクラブだけ運んでいればいい」「女は黙ってろ」なんてことを言っているプレイヤーや、ご主人はあまり成功しない。ビジネスや、その他 どんなパートナーに対しても、それは同じだ。
パートナーというのは、対等の立場で、お互いに相手を補い合うのが 理想ではないかなぁと思う。相手を尊重して、どんな言葉にも耳を傾け、どんな思いも理解しようとつとめ、お互いを高め合う。お互いがいたからこそ、より大きな力を発揮できるような、そんなパートナーが素晴らしい。
二人が同じである必要はない。むしろ違った方が、より大きな仕事ができる。
お互いを信頼し、相手に対して、しっかりと自分の意見を言えること、相手の意見をしっかり受け止め、理解し、より良い方向へ向かっていくための提案ができること。
そんな、ベストパートナーとなれることを目指したい。
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