毎日の生活の中で思い浮かんだ さまざまな事の中から・・・ since'99 2. 7

     
                                                                       
5.27 カミオカンデを支えた人たち
昨年「ニュートリノの発見」で一躍有名になった「カミオカンデ」。同じ岐阜県に住みながら、よく知らないまま世間で騒がれていく様子を傍観していました。今晩 放映された「プロジェクトX」 で、この巨大施設を作った人達の苦労、挑戦を知り、改めて、一人の人間の「熱意」が 多くの人の心を動かし、大きな仕事をして、たくさんの人を幸せにすることを実感しました。
ノーベル賞を受賞した小柴教授は、子供の頃に突然「小児麻痺」にかかり、得意の剣道ができなくなったばかりか、半身に麻痺が残って、これから先、どうやって生きていったら良いのか悩んだ結果、「学問で身を立てよう」と決意。筋力のおちた右手に鉛筆をもち 一心に勉強されたそうです。もし、小児麻痺にかかることなく、予定通り軍人学校に入っていたなら、カミオカンデが作られることなく、戦争で命を落としていたかもしれないと思うと、人生というのは、本当に見事なまでに、本来の道が開かれていくものだなと感じます。小柴教授は、ニュートリノを発見する為に、コンクリートの10倍もの硬度のある石でできた鉱山を1000メートルも掘ったところに、巨大な空間を作り、そこにわずかな光をもキャッチできる直径50センチものガラス球を使った装置をたくさんつけるという、とてつもない計画をたてました。世界のあちこちで巨額の国家予算を使って 巨大な施設がつくられていった時代に、日本から与えられたのは、そのわずか何分の1かの予算。自分達で、交渉をして、その計画が進められていったのです。30年間の掘削の技術をもってしても難航した地下1000メートルの掘削。ベテランガラス職人のカンと業は、苦労の末、15キロもの材料で50センチの球を作ることに成功しました。そして、400年に一度の新星の爆発は、見事に小柴教授達のチームに捉えられ、幸運をもたらしました。「世界中に同じようにニュートリノは届いていたのに、それをキャッチするだけの準備があったから良かったということだけだ」と ひたすら幸運だったといわれる小柴教授。小柴教授の人生をわずか1時間かいまみただけでも、実に多くのことを学ばせていただきました。ともすれば、受賞した人だけが取り上げられる中で、その功績を支えた人たちのことを見事に描き出してくれた番組に心から感謝します。
5.26 生きる力
最近、インターネットで知り合った若い人達が集団自殺をする事件が相次ぎました。希望に満ちた未来があるはずなのに、何故 自らその命を捨ててしまうのでしょう。大切に育ててくれた人たちの愛や悲しみより、それまで会ったこともない人達とのつながり?を 選択してしまう心の中に、いったい何があるというのでしょうか。
私は、どんな人生であったとしても、誰とも交換することのできないかけがえのない人生だと思っています。たとえ、才能や能力の差、性格や環境によって 様々な違いがあったとしても、それは 魂の個性としてとらえればよいのであって、自分の存在を否定する理由にはなりません。お釈迦様は、「生きとし生けるすべての存在のなかに、仏性が宿る」と説かれました。「人間は、神の子である。」と説く宗教家も多くいます。時代が違い、地域が違って発生した宗教の中で、同じ意味のことが言われているのは、それこそが「不変の真理」だからではないでしょうか。私達は、「死んだら終わり」というようなはかない存在ではありません。生きるために必要な力も才能もすべて備えている、尊い存在です。たとえ目の前にあらわれているのが、不完全な自分であったとしても、その自分をも許すことです。私達は、その可能性において、限りなく仏神に近付いていくことのできる存在ではありますが、この地上において 完璧な人生を送ることを求められてはいません。何度も何度も失敗をくり返し、確かな宝を握りしめて あの世に還る。そして、さらなる魂修行の為に、あらたな問題集をもって この地上に生まれてくる……。それが 私達の人生の真実なのではないでしょうか。
生きてください。どんなことがあったとしても、自分の寿命を生ききってください。目の前に立ちはだかる問題は、自分を磨く最高の砥石だと、逃げないで立ち向かってください。自ら 命を断とうとしている人がいたら、抱きしめて、この世に引き止めてあげてください。それが 私達人間に与えられた大いなる愛の仕事だと思います。「なんびとをも殺すなかれ」という歴代の宗教家達の教えは、他の人だけでなく、自分自身をも殺してはいけないということなのです。自分を愛し、自分を許し、他の人を愛し、他の人をも許していく……。
一人でも多くの方が、自らの心の中にある「生きる力」に気づいてくださることを祈ります。
5.25
情熱と愛
人の熱意、情熱というのは まわりの人をも変えていく力をもつものです。私の近くにも、確固たる信念をもち、ただひたすらに歩んでいくその姿をもって、私達まわりにいる者の心をも熱くさせる素敵な人たちがたくさんいます。薄れることのないその情熱が、一体どこからわいてくるのか。そして、熱くい続けられる秘訣は何なのだろうかと、考えてみました。誰にでも、瞬間湯沸し器のように、一時熱くなる体験はあると思います。しかしそれも、いつの日にか薄れ、まわりの人に影響を与えることもなく消えてしまうことが多いのではないでしょうか。「仕方ないよ。熱なんていつか冷めるものさ」という人もいますが、私は、そこに「他者への愛」があるかどうかが 分かれ目ではないかと思います。人間というのは、本当に素晴らしい存在です。自分の名誉や欲求を満たす為に出てきた情熱は、他に魅力的なことが出てくると一気に冷めてしまいます。しかし、その信念を貫くことが 他の人を幸福にする時、その心が他の人への愛に満ちている時には、熱意は冷めるどころか、益々熱くなっていくようにみえるのです。他の人の幸福を願うというその「与える愛」の実践をしている時には、きっと、多くの天使の愛がその人自身に注がれているのですね。だからこそ、その人は、相手から感謝されなくても、いいえ、愛を与えていることにさえ気づいてくれなくても 心はあたたかくなり、愛が満ち、さらに熱意が高まっていくのではないでしょうか。
自分の中で熱意が薄れてきたと感じた時には、自らの心の中に愛の思いがあるかどうか。自分のことばかりを考えているのではないかということを振り返ってみたいと思います。信念を現実化するための一番の力は、「熱意」。そして、その熱意は、自らの愛の拡大に比例して、高まっていく。その結果、三次元においても現実化が進み、さらに信念がゆるぎないものになる。信念現実化は、愛の力によって 善の循環を始め、さらに早く、大きなスケールで成就していくのではないかと思います。
1.1
2003年 あけましておめでとうございます。
日本全国 快晴に恵まれ、素晴らしい年明けとなりました。
皆様 いかがお過ごしでしょうか。
今年が、希望に満ちた輝かしい年となりますように。

皆様にとって、素晴らしい年となりますように。本年もどうぞよろしくお願い致します。
昨年は、お正月の四国に始まって、南は湯布院から北は青森まで。驚くほど、遠出をしました。やるべきこともたくさんあって 自分が3人も4人もほしい日が続きました。でも、今にして思うと、やはり時間の使い方が下手だったなぁと思います。ある時、「いつも、時間がないと言っている人は、『時間貧乏』なのですよ。」と話されたことを聞いて、ハッとしました。(そっかぁ。私はいつも忙しくしていることがいいと思っていたけど、実は 時間に貧乏だったのね。)これは新しい発見でした。心の豊かさが生み出す本当の豊かさを求めてはいたけれど、時間に豊かってどういうことを言うのだろうと初めて考えました。一日24時間。誰にも平等に与えられている時間。その中で 何もしないから時間があるというのは、本当の豊かさではないはず。なすべきことを きちんとした上で、心を見つめる時間的ゆとりもある……。そんな暮らしを 時間に豊かというのかな?「宇宙には無限の豊かさが満ちている。」とは 巷の成功法則の本にも出てくる言葉ですが、何故 宇宙には豊かさが満ちているのか。「豊かであれ」という眼に見えない世界の意志が そこにあるのではないのだろうか。今年は、「豊かさ」ということについて、いろいろと考えてみたいと思います。そして、様々な形で、その豊かさを具体的に顕していきたいと思います。この地上が、豊かな人で満ちる日がくることを願って。
7. 29

素晴らしき出会い
東京にいる娘が、滋賀県野洲町で開催された「セブンイレブンズカップ」に出場。土曜日の四試合目 準決勝で負けた為に、日曜日には 急遽 福井の海に行くことになりました。それぞれの選手が自由解散した後、娘が一番慕っていた先輩と娘をホテルに迎えにいき海へ……。その先輩というのは、日本を代表する卓球選手の一人なのですが、とにかく純粋に卓球が好きで その探究心と、向上することへのあくなき情熱、素直な心と、頑張り抜く精神には 感動を覚えるほどでした。現在はプロとして多方面に活躍しているのですが、最高の指導者に出会えたと ここ1年半ほどの話をしてくれました。師に対して、心からの尊敬を抱き、与えられた環境で全力を尽くしてきた彼女。さらに伸びていきたいと強く願った時には、次のステージへと上がれる力を 確実に育ててくれる師に出会い、それをサポートする最高の練習相手にまで出会っていました。聞けば聞くほど、人の思い、心の力というのは かくも見事に人との出会いを演出してくれるのかと感動し、彼女が 夢に向かって羽ばたきつづけていくことが確信できました。思えば、娘が 彼女や卓球部の人たちと出会い、素晴らしい時間を過ごせたのも、娘自身が それを強く望んでいたからでした。今は少し目的を見失っているようですが……。よく 友達やまわりにいる人をみれば その人がわかると言いますが、私達自身の心が呼ぶわけですから、それも当然なのですね。何を思い、どのような未来を創っていきたいと願っているか。そこが一番大切です。心の力は、貴人との出会い、数多くの素晴らしい人との出会いを 約束してくれることでしょう。自らを生かしきっていく 本当の成功への道を 歩んでいきたいものですね。(彼女のことは、最新刊のターザンという男性雑誌に「身体をつくる」というテーマ特集で紹介されています)
7. 1 介護
私のまわりには、ヘルパーや、ケアマネージャーとして介護に携わっている人達がたくさんいます。介護保険制度ができて、大騒ぎの後導入された介護。本当に必要な人に、必要なサービスがされているのか。その内容、ヘルパーの役割、理想の介護のあり方とは……。など、知りたいこと、考えていきたいことがたくさんあります。世の中には、介護を必要とする人達が確実に増えているのに、その制度と人材の育成がついていっていない。そんな気がします。
縁あって、雑誌の一企画に携われることになり、この介護の問題を取り上げたいと意欲を燃やしています。今はまだ介護とは縁がないと思っている人達にも、身近な問題として考えてもらえるような、そんな企画を練りあげ、皆さんにもご紹介できるように頑張ります。(^-^)v
少子化と核家族化らよって、家庭で介護をするということが現実的にも難しくなってきた現代社会。社会福祉といえば、いかにサービスのゆきとどいた施設や介護会社をつくり、社会全体で面倒を見ていくかが主流の考え方のようですが、ここで忘れてはならないのは、やはり家族との関係。心のケアは、ヘルパーではできませんし、ヘルパーの介入によって 家族関係が希薄になるようなことがあっては、本末転倒です。ヘルパーの手を借りて、心や時間にゆとりをもち、改めて家族の良い関係をつくり保っていく。そうしたお役に立てることをヘルパー自身も一番望んでいるのではないかと思っています。この企画は まだスタートしたばかり。私自身、まだわからないことがたくさんありますし、思い違いをしていることもあるかもしれません。時々、ここでご紹介しながら、共に介護について考えていけたならと思います。ご意見、ご感想がありましたら、是非お寄せください。
6.30 サッカーワールドカップ終了!
日本中をわかせたワールドカップがとうとう終わりました。決勝戦は、プラジル対ドイツ。鉄壁の守りでチームをリードし、予想をはるかに上回る力を発揮させたドイツチーム、ゴールキーパーのカーン。4年前の無念さを吹き飛ばす快進撃で、得点王に一番近いところにいた ブラジルのロナウド。この二人の対決は やはり見ごたえがありました。1点はカーンのミスで。1点は完璧なゴールをロナウドが決めて、ブラジルが優勝しました。試合終了後、しばらくゴールポストにもたれかかるようにして、一歩も動かなかったカーン。彼のそばに行って、一言ふたこと声をかけるチームメイト達。全身に喜びを溢れさせ、抱き合い、走り回るブラジル選手達。勝者と敗者の対照的な様子は、勝負の世界の厳しさを感じさせ、少し辛い気がしましたが、表彰台に立ったドイツチームの選手達は、心からブラジルを祝福し、ブラジルの人達の喜びをさらに輝かせているようで、うれしくなりました。多くの選手達が、力いっぱい戦い、私達の心に 熱いメッセージを残してくれました。開催国のひとつであった日本は、選手の受け入れによる地元の人達とのふれ合いを通しても、たくさんの幸せと気付きを与えてくれました。心から感謝です。
優勝チームはひとつしかないけれど、それぞれの人達が心に金メダルをもって帰ってくれたならいいなぁと思いました。特に今回感動したのは、挫折を味わった人達が、その辛い時期を耐え、大きく成長したその晴れ姿を 見せてくれたことでした。ロナウドもベッカーも、他にも まだまだ知らないドラマがあったに違いありません。
どんな時も 決して絶望しないで、未来を信じて一歩一歩進んでいくこと。苦難の時にこそ、自らの魂が試され、鍛えられているのだと信じ、精一杯の努力をしていけば、必ず大きく成長して再び大きな舞台に上がれる日がくる。そんなことを 改めて確信し、勇気が出てきました。世界規模の大きなイベントを無事終えたことで、国も、地域も個人も、一段と成長していたらいいなと思います。
6.23 トワイスボーン
今日は、私にとって記念すべき第二の誕生日です。というのも、15年ほど前、私は、人は何をするためにこの世に生まれてきたのか。どう生きていくことが 人としての正しい道なのか。人間は、どこから来て、どこへ行く存在なのか。神と呼ばれる存在はあるのか……。などということを 子ども達にきちんと答えてあげたくて、当時出ていたスビリチュアリズムの書籍や、前世を記憶している子ども達、前世療法に始まって、スウェーデンボルグやエドガーケイシー等の霊界探訪記、宗教書、哲学書をたくさん読みました。そしてその中で、人として生まれてきた目的とその使命、仏神の存在等について 明確に答えてくれている書籍に出会いました。そして、「生涯を通して、『正しき心の探求』をしていきます」という決意に満ちた入会願書を書き、合格を許されたのが、1987年の6月23日だったのです。
以来、人間は自らの心に描いたとおりの人生を生きていくこと。その心の力の素晴らしさ、無限の可能性、仏神の存在、天上界のご支援等、本当に多くのことを学んできました。そして今では、人間が一生かかっても 学び切れないほどの教えが、現在進行形で降ろされていることや、真理を学び 本来の自分の素晴らしさに気付くことが 本当の幸福をつかんで生きていく最大の秘訣であることを 一人でも多くの人に知らせたい。幸福なひとで この地を満たしたいという思いで 日々暮らしています。
そんな私にとっての大切な記念日。空は青く晴れわたり、天上界では雲をつくる芸術大会が開かれているのではないかと思う程たくさんの美しい雲を見ることができました。その上、夕方には 雨も降っていないのに、眩しく輝く太陽のすぐ近くの雲が虹色に輝き、天上界が喜び、祝福しているような、そんな幸せな気もちに満たされました。
人は、幸せに生きる義務があります。何故なら、仏は 私達仏の子達が、様々な人生の問題集を見事にといて、魂の実力をあげ、自らが幸せになり、より多くの人を幸せにして還ってくることを願って 私達を創られたからです。私達は、自らが仏の一部であり、本来病もない霊的存在で、どんなに苦難困難と見えることも、私達を苦しめるために存在しているのではないと知れば、感謝に満ちた幸せな人生を送ることができます。また そう生きていくことが第二の誕生日を迎えることのできた私の務めでもあると思っています。
過去の選択の結果が現在の環境をつくり、現在の心境、思い描く理想が 未来の人生を創っていくことを心して、これから先も 幸福な人生を歩んでいきたいと思いました。改めて、私を真理に導いてくださった守護霊に、心から感謝致します。
6.13 世も末か?
久しぶりに会った友人と話をしていたら、「最近は、本当にいやな事件が多いね。政治家は悪いことばかりしているし、食品会社も信用できないし、世の中暗くなるばかり。こんなことじゃ 世も末ね」と うんざりしたような顔をしました。「そうかなぁ。私は少し違う感じがするよ」と答えた私の顔を不思議そうに見る友人。「逆に明るくなってきていると思う。政治家や食品会社の不正は今に始まったことじゃない。今までは ただバレなかっただけでしょう?光が射してきて明るくなったからこそ、今まで隠していたことが 明るみに出てきたんじゃないかしら。今までの世の中は、『正直者が馬鹿を見る』とか、『ばれないように うまくやった会社が発展する』なんて思う人も多かったと思うけれど、『やっぱり誠実で正直が一番だ』って 思い始めてきたんじゃないかしら。これって いいことだと思わない?」そう話すと、「そうかぁ。そう思えば 気持ちも明るくなるわ」と ほっとしたように笑顔になりました。
ものは考えようとは 本当によく言ったものです。次々と露見する悪事に、政治家不信だの、正義が失われたなどと騒いでも、世の中は決して良くはなりません。逆に、今まで隠し通せたことが隠せなくなって、真実を語り、誠実に生きてきた人が 脚光をあびる社会になることを歓迎していけば、未来が明るいものになっていくのではないでしょうか。自社の利益、自分の利益だけを考える人が生きにくくなり、他の人の幸せを願い、社会に貢献することをもって 使命を果たしていこうとする個人や会社が 発展していく社会。そんな社会に変わっていくといいなと思います。そして私自身も、限りなく発展・繁栄していくことで 「正しい念いの力」を証明できるような、そんな生き方をしていきたいと思います。
6.10 サッカーが生んだドラマ
ワールドガップが始まり、今まで サッカーに興味がなかった人をも巻き込んで、日本国中、サッカーの話題が溢れています。日本も初戦のベルギー戦を引き分けて、その勢いに乗ったのか、今度は ロシアを破って日本中をわかせてくれました。「勝ってほしい、必ず勝てる!」と奇跡を祈るサポーター達の祈りが、選手たちに力を与えたようにも感じる劇的な瞬間でした。いつもは あまり表情が変わらないトルシエ監督の喜び溢れる笑顔が、選手達を大切に育ててきた彼の心情を表しているようにも見え、新聞で、トルシエが 監督に就任してからの四年間、彼らを「私の息子達」と呼び、体当たりでぶつかってきたことを知り、外国からきた監督が、彼らを愛し、育ててきた日々に胸が熱くなりました。また、ベルギー戦、ロシア戦共にポイントゲッターとなり、早くも ラッキーボーイと呼ばれ始めた稲本。サッカー界のエリートとして順調に成長してきた彼が 初めて味わった挫折の日々を見事に耐え、これほどまでに大きく花開いたことに 私個人しては、心からの拍手を贈りたいと思います。人間の生き様というのは、どんなに優れた文学作品よりも 人の心を動かすものですね。ワールドカップも まだ始まったばかり。これから先、さまざまなドラマが生まれてくることでしょう。勝つチームがあれば、負けるチームも。そこで展開される壮大なドラマが、多くの人に生きる喜びと勇気、感動、そして多くの学びを与えてくれることを願っています。
6.9 人のことだと腹が立つぅ(>_<)
ここ数年というもの、自分に向けられた言動に対して、「腹が立つ」という感覚を忘れかけている私です。というのも、人にはいろいろな事情があることや、自分の知らないところで 皆がどれほど素晴らしい生き方をしているかを知り、どんなことも 丸ごと受け止められるようになってきたからです。だから、仮に、どこかで自分のことを悪く言う人がいると聞いても、(そっかぁ。そんな風に思われていたんだ)と思い自分を省りみることはあっても、その相手を 憎らしいとも、許せないと思うこともなくなっていました。これは 奇麗事ではなくて、常に 相手の気持ちを理解したいと思い始めたら、本当にそう思えるようになったのですから、不思議です。
しかし……。今日は、人のことだと腹が立つ自分を発見しました。ある会議で、「〇〇さんが これだけの目標を達成すると決意されました」と伝えた途端、「ふふん!」と鼻で笑うようにして、「あの人は いつも口だけなの。」と大勢の前で言い放つ人がいました。その言葉には愛情どころか、むしろ ライバル意識のようなものを感じ、それを聞いた途端に(そんなことないよ。あなたは知らないかもしれないけれど、彼女 いつも頑張ってるよ。)と心の中からわきあがるものがありました。だってね、そう言い放ったご本人も、宣言しておきながら、実際にはやらないことなんて いつものことなのです。私の目から見たら、どっちもどっち。そりゃあ、人間、一度決めたことは必ずやり遂げると思っても、できないこともあります。でも、だからと言って、本人がいないところで そんな言い方はないんじゃないのか!と思ったら、腹がたってきました。「今度の目標だけは きっちりやりとげるんだよ」と 友人にエール送り、気持ちを切り替えましたが、人のことだとまだまだ腹が立つんだなと改めて発見。人のことであっても、「腹が立つ」って やっぱりいけないことなんだろうか。(^^;)
6.8 神様は全てお見通し
ここ最近のニュースを聞いていると、何故 そんなことができるのだろうと不思議に思うことばかり。たとえば、政治家の裏金の話。また、食品業界では、添加物にからんでの肉まん騒動。使用が認められていない材料で香料を製造していた会社……。雪印の件で、あれだけ大騒ぎをしたのが ついこの前だと言うのに、なぜ これほどまでに 後から後から悪事が露見してくるのか。まだ わかっていないことを含めると、世の中で一体 どれほどの不正が行われているのかと 少し不安になってしまいます。特に今回の肉まん騒動では、ミスタードーナッツの親会社であるダスキンの経営理念が素晴らしいと創業者を尊敬し、信頼していた会社だった故に、「ダスキンよお前もか……。」と残念。企業が大きくなると、経営者の理念が末端まで行き届かなくなることも多いので、トップとしては不本意なこともあると思いますが、それでも企業の責任はトップにあります。大きくなったら、なったなりの問題点も見越して きちんとしてほしかったと思いました。
しかし、世の中の人は、本当に「バレなければいい」と思って悪事をおかし、また それを隠し通せると思っているのでしょうか。仮に隠し通せたとして、自分の良心を どう誤魔化すのでしょうか。その良心も咎めないほどに、心が硬くなってしまっているのでしょうか……。だとしたら、本当に悲しいことです。
私達には「良心」があります。それことが、私達が仏神の子であることの証明なのです。また、神様が 全てをお見通しだということも本当です。あの世の霊人であれば、この地上界のことは全てわかるそうですから、私達の魂の親である神様なら なおさらです。だから、自分を本当に大切に思うのなら、悪いことなんて 絶対にできないはずなのです。少しばかりのお金や名誉の為に、嘘をつき、人を騙して 良心を曇らせていくなんて、絶対にしちゃいけないと そう思います。ふらっと 悪い心に負けそうになったら、「神様は全てお見通し。良い心で生きることこそが 神様を喜ばせ、そのご加護を受けて、本当に幸せになる道を歩んでいけるのだ」と思い直し、良心に従って生きていきたいと思います。また 世の中に、そう生きる人が増えてくることを 心から願っています。
6.7 正見
自分自身のこと、組織の状況について 冷静に分析し、正しく見ようとする「客観的視点」をもっているでしょうか。正しく見るということは、なかなか難しいことですが、発展しつづけていく為には、避けることのできない大切なことなのではないかなと思います。
以前 流行していた 「動物占い」のサイトで、久しぶりに「ペガサス」の性格を読んで 思わず笑ってしまいました。しばらく忘れていましたが、当たっているんですねぇ。もちろん 私も少しは成長しているので?、改善途中の短所はありますが……。楽しくなって、友人の動物占いをやってみたら これがやっぱり!ピッタリ!!。でも、そのご本人は「全然当たっていない」と言うのです。(@_@)う〜ん、何なのでしょう。それで思ったのです。正しく見ることの難しさ。そこでひとつやってみると面白いかなと思うことを考え付きました。
動物占いのそれぞれの特徴を書き出したものを見て、まず自分自身が何に当たると思うか選んでみる。そして 友達にも選んでもらう。それが一致していればまあ そんなものかなと。思いがけず、人が自分の違った面を見つけてくれていたり、自分の現在の性格が、生まれ持っていたものからかなり変化してきているな〜んて 発見もあるかもしれませんね。
性格に限らず、現状を客観的に見る。そして、その自分の判断が正しいかどうかを、信頼する第三者の意見も聞きながら、確認していく……。そんな時間をもつことで、分析する正しい目や、人のアドバイスを素直に聞き入れる心が養われ、より素晴らしい発展が望めるのではないかなと思います。
6.6 銀婚式
今日は、25周年の結婚記念日。銀婚式でした。20歳で結婚し、成人した子どもが二人、今も 夫婦一緒に行動することの多い私達。もう25年もたったなんて、まるで夢のようです。両親と過ごした年月より、5年も長く共に過ごしている夫。これから先の年月を思うと、夫婦の縁というのは、本当にすごいものだなぁと思います。「夫婦、子どもは天上界で約束をして生まれてくる」ということを私は素直に信じることができます。逆に、そうとでも思わなければ、何故 これほど多くの人の中から、たった一人を選べるのか。そちらの方が不思議です。とは言っても、生まれる前の約束など忘れてしまうのが人間ですし、成長してくる過程でいろいろな影響を受けて、その運命が変わってしまうこともあるかもしれません。また 時には間違えて相手を選んでしまうこともあるようですよ。そんな訳で、全ての人が たった一人と添い遂げるわけでもありませんし、離婚、再婚を通して 多くの学びを得て 魂が輝くこともあるのが、人間の魂修行の神秘だと思います。何はともあれ、初対面の時の印象を覚えている運命の人?と めでたく結婚できた私は、25年の間に 本当に多くのことを経験させてもらい、夫と共に成長してくることができたと思います。いろいろとガマンをしてくれていたことも多いと思いますが、夫には 心から感謝しています。
結婚して一番気をつけていたこと。それは、「素直な心」。「ありがとう。ごめんね。」を素直に言える様に、相手の話に素直に耳を傾け、自分の気持ちを素直に話すように 心がけました。よく「性格の不一致」と言われますが、夫婦は違うからおもしろい。考え方や、感情が違うからこそ、お互いに成長できるのだと思います。「結婚してよかった。幸せ」と思った結婚式の時の初心を忘れないで、これからも お互いを生かしあいながら、仲良く生きてゆきたいと思います。思いがけず、息子の申し出で 二人で知り合いのフランス料理店にディナーにいけることになって、最高にハッピーな結婚記念日でした。思春期には、父親と口も聞かなかった息子からのプレゼント。彼の成長ぶりが本当にうれしかったです。心からありがとう。
6.5 リーダーの資質
リーダーというと どんな人を想像しますか?颯爽としていてカッコよく、何でもできて、強いリーダーシップをもって ぐいぐいと人をひっぱっていくような人でしょうか。それとも、細かいことはとっても苦手なのだけれど、その情熱がダントツに熱くて、ハラハラしながらも、その魅力に皆がついていくような人でしょうか。いろいろなタイプがあると思いますが、会社や組織において リーダーの果たす役割というのは、本当に大きなものがありますね。リーダーが判断を間違うと、雪印のように 会社の存続自体が危うくなることもありますから、自分はリーダーであると自覚したなら リーダーとしてのあるべき姿を学び、限りなくそこに近づく努力をしていくことが大切ではないかと思います。
私が魅力的だなぁと思うリーダーは、まず、「大局観」が優れていて 小さなことに一喜一憂せず、ど〜んと不動心でいてくれる人です。うわぁ〜どうしよう!とあせるようなことでも、「大丈夫だよ」と受け止めて、早急に必要な手をうってくれる人。こんな人がリーダーなら 安心していろいろなことに挑戦できそうですね。また、人の悲しみ喜びに共感できる感性の豊かな人がいいなと思います。いくら理路整然と 正しいことばかり言っていても、その感情が あたたかなものでなければ、やはり人はついていけないのではないでしょうか。何が大切なことかをしっかりと見極めることができ、常に人に関心をもち、真の意味での生かす愛を発揮できるリーダーが 世の中に溢れてくることを願うと同時に、私もまた目指していきたい思います。
6.4 未来を創る必然
私は、「どんなことにも偶然はない」と信じることができますが、最近は、他の人の幸せを願い、自然体でいると、本当に最適な状態に導かれていくのだなと実感しています。昨日、今日と急遽5人で行動する機会があり、そのどちらもが、普段では考えにくい初めての組み合わせだった上に、「本当にこれでいいのだろうか」と一瞬迷うようなこともあったのですが、後になって考えてみると、「このメンバーだったから良かったんだな」と思えてきました。天の計らいというのは、本当にありがたいものです。
「一体 何が言いたいんだ」と聞こえてきそうですが、つまり、どんな出来事も偶然ではなく、それを私達自身が肯定的に受け入れることによって、素晴らしい未来が創られていくのではないかということです。まず最初に「思い」があって、その後にいろいろな環境が整ってきて ことが運んでいくわけですが、自分の思い、願いをハッキリと天上界に向かって発信し、「最高の形で成就しますように」と祈ると、その願いがかなうような状況が与えられてきます。それは人との出会いだったり、新しいチャンスの到来だったり、思いがけない展開だったりはしますが、何らかの形で願いが聞き届けられたなと感じる状況が現われてきます。時には、自分が考えていた状況と違って戸惑うこともありますが、その時に「自分が願った状況ではない」と否定するか、「きっと何か意味があるに違いない」と素直にその状況を受け入れるかで、未来が大きく変わってくるような気がします。人の想念、言葉というものは 私達が思っている以上に創化力があります。ですから、使わなくてはもったいない!運命論的な必然ではなく、自らの思いによって最高の必然を呼び寄せ、輝く未来を創りあげていっていきたいですね。
6.3 病の時の祈り
皆さんもご存じのように、「病気」とは、「気を病む」と書きます。気持ちの上でも何らかの要因があると、身体に変調をきたし、病気になると弱気になるのが人間の常ですね。これは、真理を学んでいて、「病気の時には学ぶことも多い」と知っているはずの人であっても、思いのほか症状が悪くなっていくと、つい、もうだめなのかなぁなどというマイナスの思いが出てきてしまうようです。そんな時に、お見舞いに行った人に、「大変ね。いろいろと気がかりなことも多いでしょう」などと言われて、益々「本当に大変なことになってしまった」と不安が募ってきたり……。ですから、お見舞の時には、安易な言葉はかけない、心配波動を出さないというような配慮も大切だなと感じます。
どんな病気であっても、やはり原因はあるわけですから、まずその原因を探求することは大切です。しかし、それが「自分の心の傾向性」にあったといって、いつまでも、原因を作った自分を責めていては、治る病気も治らなくなってしまいます。ですから、気づいて反省をしたら、あとは未来に希望をもって祈ってほしいと思います。その場合、ただ「治して下さい」と祈っていても 多分心は安らがず 治りそうな気にもならないのではないでしょうか。なぜなら、そこにあるのが、「生への執着」という自我だけであることを、自分自身が知っているからではないかなと思います。ですから、是非「私は、もっと世の中の役に立ちたい。皆を幸せにしたい。私自身のためでなく、多くの人のために、我を生かしたまえ」と祈ってほしいと思うのです。そこには、多くの人の為にという利他の思いがありますから、心もおだやかになります。そして何よりも、その愛の波動に天使が感応し 癒しの光を降り注いでくれるようになります。自我の祈りと恐怖は魔を呼び、愛の祈りは天使を呼ぶ。病の時こそ、祈りを大切にしてほしいと心から願っています。
6.2
微速前進
一年ぶりに夫と海に出かけました。青い空に浮かぶ、絵に書いたような白い雲。青い海に残る真っ白の水しぶき。爽やかな風を感じ 天国って こんな風なのかしらと、思わず天を見上げてしまいました。釣りをしている夫の代わりに、運転を交代して気づいたことがあります。ボートのギアはとても単純で、前に倒せば前進。後ろにひけばバック。倒す度合いによって スピードが上がります。そして、ニュートラルというギアの入っていない状態があります。エンジン音も静かなので、ニュートラルにしたまま海に浮かんでいたのですが、風でボートの向きが少し変わった時、波を横から受けて、いきなり大きく揺れ始めてビックリしました。船は木の葉のように、大きく左右にゆれて、今にもひっくり返りそうです。ペットボトルは落ちてくるし、船のコントロールができなくて、一体どうすればいいのだろう!とあせりました。しばらく足を踏ん張って 左右の揺れに耐えていると、船は風でまた向きを変え、揺れもおさまりました。「ニュートラルはハンドルがきかないんだぞ」と夫が一言。船には 微速前進という、動いているかどうかわからないほどの進み方がありますが、これをしていると、驚くほど波の影響を受けないですみます。ふと、(人生と同じかな?)と思いました。夢や目標に向かって努力している時というのは、その歩みが遅くても、人は流されないものですが、夢も目標ももたず、自分の人生についても考えることなく、日々を過ごしていると(ニュートラル状態)簡単に流されてしまいます。地道に努力し、前進しつづけるということは 大切なことなのだなぁと思います。また、「波には正面から向かえ!」ということも感じました。波が来るとおっかなくて、つい逃げたくなるし、斜めから受けたいと思ったりもするけれど、正面から波に向かって進んでいくのが一番安定しているのです。人生の荒波を乗り越えていくコツは、問題が出てきたら逃げずに正面から取り組む。そして 日々少しずつでも前進し続けるということではないかしらと思いました。自分自身の人生航路。ゆっくりでもいい。確実に、仏の許へとすすんでいきたいですね。
6.1 体験という宝
信じられないほど間があいた……。と書いたその日から、あっという間に3ケ月がたちました。やっとこうして、Cross my mind を再開できますことに、心から感謝致します。書きたいことが山のようにありながら、いざ書いてみようと思うと 思うように言葉が出てこない。以前のように軽快に書けるようになるのには、今しばらく時間がかかりそうですが、ぼちぼちと、お付き合いくださいませ。
思えば、エッセィ集を出版したいと大きな夢をぶち上げて、皆さんの御協力を得て、ネット出版局に作品を公開し、わくわくしながら支持者の方達の人数が増えていくのを眺めていたのは、昨年7月。夏休みを控えた頃でした。その直後に、所属している団体の婦人部代表という大きなお役目の話が出て、それまでほとんど考えていなかったことだっただけに正直困惑しました。ものすごく大きなチャンス、大舞台を準備してくださったことはわかっていましたが、その時は、出版という夢の扉を開きたいという自分の思いがありました。そのお役目を受けたいという思いと、自分にできるだろうかという少しの不安。私らしくもないと言われるかもしれませんが、先頭に立つよりも、一番後ろから 守っていきたいと 最初はお断りをしました。しかし、その真意に「自己保身」があると気づき、たとえ自信がなくとも、できると見込まれたなら、「ならばやりましょう」といえる自分でいたかったのではないかと自分自身を叱咤激励し、「やらせていただきます」と返事をしたのが、始まりでした。それからの約10ケ月。特殊な事情もあって、一生のうちで一番忙しい時を過ごしたのではないかと思うような日々も続きました。あまりにも 突っ走ってきた為に、大切なことを見落としたこともあったと思います。それでも 気づきと学びの多さといったら、今までの何年分かを一度に体験したように思います。そして、どんなことであっても、その全てが宝であると実感しています。
怖れることなかれ。自己保身を考えることなかれ。大きな舞台に招かれたなら、勇気をもって上がってみることだ。たとえどんな結果になろうとも、私心なく、全力を尽くした者に後悔はない。逆に、舞台に上がらなかったという後悔は一生残るだろう。全ての体験は宝であるということを、どうか知って欲しい。これが、この10ケ月で確信した教訓です。
*幸福の科学出版 月刊リバティ7月号に、私の10ケ月の結果が掲載されています。私もちっちゃく載ってます。
  もちろん書店にもありますが、ご希望の方にはお送りいたしますのでご連絡ください。
3.1 生きていくことは辛いのか……。
信じられないほど間があいてしまいました。でも いつも心の中にはCross my mindがあって、何か思うと すぐに「あぁ、書きたいなぁ」と思う毎日でした。わずか2ケ月の間に、政界、経済界が大きく動きました。昨日は、戸塚ヨットスクールの最高裁の結審がおりて 教育界にも波紋をなげかけているのかもしれません。それぞれの事件や、大きな動きの蔭で、苦悩する人、涙する人達が多くいると思うと、生きていくということは 本当に大変なことだと思います。伏魔殿といわれた外務省。言った言わないの「藪の中」状態で、田中真紀子さんが外務大臣の座を追われました。してやったりと思ったかどうか、一時は勝ったと思ったであろう鈴木宗男氏も 今までの悪行?が露呈され始めて、少し立場が危うくなっています。牛肉の不当表示で税金を搾取したことが判明した雪印は、あっという間に 食肉部だけでなく、雪印というプランドそのものを消滅させることになりました。体罰、スパルタ教育を肯定した戸塚ヨットスクールの校長は、その主張を認めらず、その刑に服することになるのでしょう。わずかの間におきた数々の大事件。そのどれもが、「ばれなければいい」「自分達さえよければいい」という思いがひきおこしたことのような気がします。
政界で、嘘は日常茶飯事。どれだけ 人の目を欺いて、うまく立ち回るかが、出世の鍵だと本気で思っている人もいるようです。チーズや乳製品のラベルの張替えも 多分他のメーカーでもしていた業界の常識だったのかもしれません。体罰という愛情のない行為を スパルタ教育という名前に変えて正当化するのも 昔からあったことでした。しかし……。やはり間違いは間違いなのです。普遍の真理を知るものならば、決してできないこと。してはいけないことをしていた人達が、当然の結果を迎えただけなのだと 私には思えます。正直者が馬鹿を見ることは決してなく、誰もがしているからと自らの良心に羞じることを してしまう自分の甘さが、辛い人生につながるのでしょう。無明の中を生きることは苦である。しかし、真理を知り、明るいところを歩んだならば、人生は宝の山であり、素晴らしい天国への道へと続くのだということを 多くの人達が気づいてくれるといいなと思います。
1. 11 中学二年生の奇跡
昨日のテレビ番組で、現在20歳の子どもたちが、中学二年生の時に運動会の大縄跳び競技への参加、練習を通して体験した 素晴らしい奇跡を見ました。この話は、取材をしたライターによって 本になっていましたが、なかなか皆と一緒に飛べない一人の男子生徒を中心とした 生徒達の心の葛藤が 実感として伝わってきて、ティッシュ片手に……。今 学校では、連帯責任ということがよく言われているようです。当番を誰かが忘れても、グループの責任とされる為に それが原因でイジメにあったりして 学校にいけなくなる子もいると聞いています。彼らの体験も 運動があまりできない子を特別扱いにして 優勝を目指すこともできたのに、それをしないで、皆で飛ぶことに心を合わせたからこそ体験できたことでした。できない子を一緒に飛ばせることが優しさなのか。大人でもなかなか 結論が出せない問題です。しかし、彼らは 本人の「みんなと一緒に飛びたい」という言葉を受け入れ、奇跡を起こしました。「とびたい」と 心をひらいていった本人にも、そして 彼の言葉を引き出したクラスの仲間、生徒を信じ、その決定を支持した教師。本当に誰もが素晴らしくて、こうした経験ができた子達は幸せだなぁと思いました。子ども達だけでなく 今の大人社会もいろいろなことがあって 大変です。でも どんなことがあったとしても、人を信じ、本当の優しさ、愛の思いから出た行為というのは 奇跡を起こし、結果が気にならないほどの 最高の体験をプレゼントしてくれるのだということを もっともっと多くの人に知って欲しいと思いました。
愛の心が起こす奇跡、貴方も体験してみませんか?
1. 4 結果主義とプロセス主義
年末のテレビだったと思いますが、いろいろな分野の人が集まって、「日本人らしさって何だろうと」いうようなテーマで話し合い、一般の人にアンケートを取りながら、日本人らしさを探っていく番組がありました。その中で、「アメリカは結果主義」という発言に対して、ケント・ギルバード氏は、「日本こそが結果主義で、アメリカはプロセスを大切にする国だ」と反論しました。様々な交渉ごとでもストレートに話すアメリカ。日本のように 根回しとか、調整という言葉が少なく、あくまでも結果を出せる方法を探求していくアメリカは、ともすれば結果主義とも思われがちですが、スポーツ選手の発言を聞いていても、プロセスを大切にする国だということがよくわかります。ベストを尽くすことが一番。その結果 勝ちがあり、負けがある。仮に負けたとしても、相手もそれ以上に努力していたのだから そのことを祝福しようという感じでしょうか。ですから、ここ一番という時に、実力を十ニ分に発揮できる人が多いように思います。反対に、日本では「勝てば官軍」という言葉があるように、結果がよければ そのプロセスは問題ではなく、努力しても 結果が出なければ、認められないというところがあります。ですから、かける言葉も「勝ってこい!」そのプレッシャーで 本番で力を出し切れない人が多いこともあるような気がします。最近では少なくなりましたが ……。私は、プロセスを大切にしたいと思いますが、最初から「結果にはこだわらない」と言うのは 少し違うのではないかなと思っています。目標に対して 良い結果を出すために、全力を尽くし、それでダメだった場合には、その過程から学ぶべき点を見つけ出し、反省し、次につないでいくことが 大切なのだと思います。結果を求めて努力し、結果が出た後には執着しないというスタンスで 物事に向かっていけたらと思います。
1. 3 浄化
昨日夕方から降り始めた雪は、止むことなく降り続き、朝起きたときには、あたり一面の雪景色。日本全国を寒波が覆い、箱根駅伝をしている辺りや、一部の地方を除いて、日本中が真っ白に塗り替えられた感じでした。丁度 故郷からの帰省がピークなるこの日。お正月休みが続く人は、楽しみにしていた旅行に出発する日。大雪で 高速道路は通行止めになり、飛行機は 欠航便が相次ぎ、新幹線は遅れと 大混乱を起こした大雪。これは 宗教的なことなのかもしれませんが、昔から、大雨や 特に大雪が降ると、地上が浄化されると言われているようです。この雪が、みなの心や社会を不安にさせる悪しきことを 一掃し、地上を浄化し、2002年という真っ白なキャンパスに、「希望」という美しい絵を描いていくことができるのなら、大変な思いをされている人には 申し訳ないけれど、大雪も悪くないなと思いました。自然の力の前では 人間は無力です。でも、その自然に感謝し、この地上を善きもので満たしていこうと思えば、自然は また大きな力で私達を守り、導いてくれるのだと思います。太陽に陽のエネルギーがあり、月に陰のエネルギーがあるように、地球には育むエネルギーがあることを忘れず、浄化されたこの地に、幸せの花が咲く愛の種を蒔き続けていけたらと思います。
2002年、素晴らしい年にしていきたいですね。
1. 2 悩みと問題集
「自分のことに精一杯で 人の幸せを願う余裕はないよ」と言う人に、結構出会うことがあります。本当は そんな時こそ、人の幸せを願って毎日を暮らした方が、悩みからも早く抜け出すことができるのですが、なかなか その法則は理解してもらえないようでとても残念。私達は、一冊の問題集をもって この世に魂修行の為に生まれてきたのだそうですが(そう考えると あらゆることを魂の糧とできる)、それがどんな問題集なのか、どんな問題が待ち受けているのわからないから、悩み多き人生を歩んでしまうのですね。でも、自分が悩んでいることの中心となっているものこそが、自分が取りくもうと決めてきた問題だと考えることができたら、一歩前進できる気がしませんか?ご主人や家族のことで 次々と悩みが出てくるようならば、そうした問題集を。経済的なことが いつも悩みの種なら、経済的なことに関する問題集をもって生まれてきたのだと まず認めてしまうことです。たとえ そう思えなかったとしても、大切なことは、その悩みから逃げないこと。何故自分だけが……。といくら嘆いても、他の人を羨んでも 問題を解く方法は見つかりません。その問題から逃げて、来世にそれを持ち越すよりも、真正面から その問題と取り組もうと覚悟を決めることです。その瞬間から、必ず その問題を解くためのあらゆるヒントが与えられてきますから。ただし、本人が目を背け、逃げているうちは ヒントが与えられてもそれに気づかず、悩みをさらに大きく感じるようになってくるからご用心。解けない問題は絶対に持ってはきていないのだと信じて、どうぞ 悩みをノックアウトしていってくださいね。
1. 1 新年あけましておめでとうございます
今年の元旦は、夫と娘、両親と、妹夫婦で四国正心館に新年参拝ができるという とてもうれしい幕開けとなりました。これで 長男が同席していたら 最高なのですが、誘っても「嫌だ!」と平気で言い放つ彼は愛犬とお留守番。留守番をしてくれる人がいるから 私たちも安心して出かけてくることができたのだと 家族で話すひととき。一年の始まりを、心穏やかに家族相和して過ごせる幸せに感謝し、一日一生の思いで生きていくことを誓いました。
21世紀最初の年が終わり、今年はいよいよ2年目。希望に満ちていたはずの2001年は、20世紀の残骸ともいえる問題が噴出しましたが、これからが 新しい世紀、時代に向けての本格的な始まりという気がします。今の現状で、皆が希望に満ちた新年を迎えてはないかもしれないけれど、それでも やはり、明るく希望に満ちた一年にしよう、してみせるという人達が増えていくことが、世の中を明るくしていくことだと思います。集合想念の力は、国だけでなく、地球全体にも影響を与えるのだということを もっと知って欲しいと思います。物事にはすべて両面があり、苦難・困難と思えることが、実は宝の山への入り口をふさぐ障害物に過ぎない事もあります。絶頂の時には次への確実なステップを、試練の時には 魂を鍛える時だと心して、すべてを学びの材料、魂の糧としていけたらいいなと思います。
2002年、天馬の如く駆け回り、さらなる発展に向けて頑張ってこう!
               Happy new year 2003!!
2001年 (46)1.1〜15 (47)1.16〜31 (48)2.1〜15 (49)2.16〜28 (50)3.1〜15 (51)3.16〜31
(52)4.1〜15 (53)4.16〜30 (54)5.1〜15 (55)5.16〜31 (56)6.1〜15 (57)6.16〜30
(58)7.1〜15 (59)7.16〜31 (60)8.1〜15 (61)8.16〜31 (62)9.1〜15 (63)9.16〜30
2000年 (22)1.1〜15 (23)1.16〜31 (24)2.1〜15 (25)2.16〜29 (26)3. 1〜15 (27)3.16〜31
(28)4.1〜15 (29)4.16〜30 (30)5.1〜15 (31)5.16〜31 (32)6.1〜15 (33)6.16〜30
(34)7.1〜15 (35)7.16〜31 (36)8.1〜15 (37)8.16〜31 (38)9.1〜15 (39)9.16〜30
(40)10.1〜15 (41)10.16〜31 (42)11.1〜15 (43)11.15〜30 (44)12.1〜15 (45)12.16〜31
T2.7〜21 U 2.22〜3.6 V 3.7〜21 W 3.22〜4.6 X4.7〜21 Y 4.22〜5.6 Z 5.7〜21
[ 5.22〜6.6 \ 6.7〜21 ] 6.22〜7.6 J 7.7〜.21 K 7.22〜8.6 L 8.7〜21 M8.22〜9.6
N 9.7〜21 O9.22〜10.6 P10.7〜21 Q 10.22〜11.6 R11.7〜21 S11.22〜12.6 (21)12.7〜31


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